クリフォード・M・ウィル著(松田卓也、二間瀬敏史訳)『アインシュタインは正しかったか?』第10章から引用して説明します。ただし、かなり改変しています。元原稿はこちらをご覧下さい。
引用文献の文字サイズを本文の文字サイズに調整したバージョンはこちらです。
(文献1.p202より)
[補足説明1] (文献2.p110〜112より)
(Susan Jocelyn Bell Burnell、旧姓:Susan Jocelyn Bell、1943年- )と、その指導教官アントニー・ヒューイッシュ(Antony
Hewish、1924-)
上図アンテナの別角度からの写真1、写真2。。ちなみに、上記のパルサーは後に PSR B1919+21 と命名される。これは赤経19時19分、赤緯+21°の位置にある事を意味する。
ジョスリン・ベル自身によるパルサー発見の話が下記URLにあります。英文ですがとても興味深い内容ですので是非御覧下さい。
http://www.bigear.org/CSMO/HTML/CS01/cs01all.htm#cs01p16 ダウンロードファイルはこちらを参照
Hewish, A.; Bell, S. J.; Pilkington, J. D. H.; Scott, P. F.; Collins, R.
A. ; “Observation of a Rapidly Pulsating Radio Source”. Nature 217, p709〜713, 1968年.
Pilkington, J. D. H.; Hewish, A.; Bell, S. J.; Cole, T. W. ; “Observations
of some further Pulsed Radio Sources”. Nature 218, 1968年.
[補足説明2] パルス発生のメカニズム(文献2.p112〜114より、少し改変)
(文献2.p114〜117より、少し改変)
今日では、すでに数千個のパルサーが発見されている。もちろん銀河系内での発見ですが。
アレシボ電波望遠鏡は1963年に完成した。観測波長は3cm〜1mです。
反射球面の直径は305mで、受信機の高さは150mと言うことです。球面鏡の焦点距離は球面半径の半分だから、反射球面の半径は300mと言うことになります。つまり写真の反射面の直径程度の高さの所に球面の中心があり、写真の受信機は、その半分程度の高さに吊り下げられていると言うことです。
この電波望遠鏡の反射面は(放物面ではなくて)球面です。球面鏡の焦点は球体半径の半分程度の距離にありますが鏡面の半径が大きいので、反射電波が1点に集まるわけではありません。そのため受信部もある形状の広がりを持ちます。
電波の集光点の位置を移動させることにより、天頂を中心としたある円形領域を観測できます。この電波望遠鏡は天頂を中心に±20°の円形領域の視野をカバーしている。もちろん地球自転に伴って観測可能の円形領域は移動していきます。
次の写真は受信方向を±20°範囲で観測する為の、受信部移動装置です。
プエルトルコのアレシボ天文台の位置は北緯=18°20’、西経=66°45’ ですから、赤緯18°を中心に南北40°の範囲の電波源を観測できることになります。
ちなみに1974年の夏にハルスが発見した連星パルサーPSR B1913+16は“わし座”にあり、赤経=19h 13m、赤緯=+16°06′ です。 記号PSR1913+16のPSRはパルサーを、1913+16はパルサーの天球上の座標値(赤経19時13分、赤緯+16°)を意味する。
そのため視野の真ん中当たりを移動していきますので、このパルサーは 24時間×(40°/360°)〜2.5時間程度 連続的に観測することができた。
下図は天頂から20°離れた電波源からの集光の様子を示しています。球面鏡なので当然一点に集光しません。又位相もかなり変動します。その為上写真の様なドーム状の集光部となるのだろう。観測波長は3cm〜1mということですから、おそらく電波の反射方向と位相差を考慮して受信ドームの形状が決められているはずです。
下図の状況では、左側球面からの反射電波の方向はかなりずれますので、この部分からの反射電波は利用できないでしょう。反射方向の偏向具合から察するに、実際に観測に使えるのは直径305mの反射球面の中で、電波受信中心を真ん中とした直径270m程度の円形領域のようです。
[2020年12月追記]
12月1日に上記アレシボ電波望遠鏡(1963年完成)の電波受信部を吊り下げていたワイヤーが破断して、受信装置・可動装置(約900トン)が落下して崩壊しました。老朽化による崩壊は予想されていたことなので、立ち入り禁止となっていました。幸いけが人はなかったのですが、数々の大発見を成し遂げた望遠鏡が失われてしまったことはとても残念なことです。
(文献1.p203〜206より)
1968年にラブラスたちによる“かにパルサー”のパルス周期(33 ms)の発見は、超新星爆発によって中性子星が生じて、それが確かに存在するという最初の確固とした証拠を提供した。かに星雲の中心部に見出されたパルサーは光学的に星雲の中心星と同定され,可視光およびX線でも同期のパルスを出している。
上述の様に、“かにパルサー”は、パルサーの正体が中性子星である事を示す重要な証拠を提出したのですが、その事に付いては[補足説明2]もご覧下さい。
[補足説明1]
パルサーが中性子星である事は、パルサーが超高密度星でなければ回転の遠心力によりバラバラになってしまう事から予想される。
実際、“かにパルサー”の回転周期 T=33ミリ秒 で見積ってみる。星の“表面重力”が“遠心力”よりも大きくなければならないので、高校物理で習う様に
となる。これは白色矮星の密度(〜1×109kg/m3)よりも遙かに高密度ですから、白色矮星だったらこの回転速度ではバラバラになってしまいます。
普通の原子の塊の密度は (例えば金属の鉄)=8g/cm3=8000kg/m3 程度です。ところで、原子の大きさ 0.1nm=10-10m 程度に対して原子核の大きさは 0.00001nm=10-14m 程度ですから、原子核の密度は鉄の密度の(104)3=1012倍程度、すなわち 8×1015kg/m3 程度となります。
だから、パルサーの密度は原子核程度はあるだろうと推察された。もちろん、その事を確証するには、何らかの方法でこれらの星の実際の大きさと質量を測定する必要があります。
質量に関しては、後で説明する連星をなすパルサーの発見によって可能になった。
しかし、中性子星の大きさ(半径)を直接測定する方法は今までのところ存在しない。多くの教科書で取り上げている半径10〜20km程度という予想値は、連星パルサーの観測から判明した質量値に原子核から予想される密度を仮定して、逆に大きさを計算した値のようです。原子核の密度は素粒子の散乱断面積の測定実験からかなり正確に測定できる。
ところが最近、中性子星の半径の見積に重力波が利用できるのではないかと考えられています。2017年8月17日に米国の重力波検出器LIGOおよび欧州のVirgoによって観測された重力波[GW170817]の合体直前の重力波データデータを利用して、中性子星の半径=12〜13.5kmという見積がなされた。GW170817は、観測史上6例目となる重力波ですが、ブラックホールではなく連星中性子星の合体にともなって発生したと考えられる重力波としては史上初の事例です。
[補足説明2]
“かにパルサー”に付いての補足説明です。
佐藤文隆、R・ルフィーニ共著「ブラックホール(一般相対論と星の終末)」中央公論社自然選書(1976年刊)p135〜136より引用。
ジェームズ・B・ハートル著(牧野伸義訳)「重力」日本評論社(原本は2002年刊、訳本は2016年刊)第24章§24.5より引用。
下記の中性子星表面における電磁場の境界条件については別稿「光の圧力」2.(2)を参照。
次文が上記の5.5節相対論的ビーミング効果の説明ですが、上記の説明では実際にどの様な回転ビームが放射されるのか今一つ理解できません。
なお下記の相対論的ドップラー偏移の公式(5.73)式は別稿「特殊相対性理論」3.(2)2.をご覧下さい。
(文献1.p206〜211より、前節1.(3)引用文の続きです) 発見当時の様子はハルスのノーベル賞講演を参照。
地球が1時間自転すると天空の走査角度は360°÷24=15°ですが、上記の様に長さ3°の領域を観測するとなっているのは同じ領域を時間をかけて観測しながら、次の領域へ移動すると言うことなのだろう。
2-1-04 下記ページの青波線記述については2.(2)[補足説明7]の末尾と[補足説明8]を参照されたし。
天頂付近では2.66時間程度(角度幅で40°程度)観測できますが、天頂から南北に±20°程度離れた位置に近付くについて継続観測時間はかなり短くなりますから、2時間程度と言っている。
アレシボ電波望遠鏡(天文台の位置は北緯=18°20’)の可動域は天頂を中心にして±20°範囲です。問題のパルサーは天頂を通過する位置に近い(赤緯+16°)為に、連続観測し続けることができる時間幅は 24h×(40°/360°)=2.66h 程度ありました。つまり図10.2の様にハルスは毎日2.5時間程度問題のパルサーのパルス信号を追跡観測することができた。
図10.2のグラフを1日経過につき45分ずつずらしながら重ねてみれば上記の意味が良く解る。
[補足説明1]
上図の縦軸は周期が1回経過した後の次の周期値の減少量(単位はμs)です。
2.(2)[補足説明2]で説明する手順で計算すれば、このデータから1975年のハルス・テーラーの論文に掲載されている《視線速度変化グラフ》が導けます。
すなわち、《視線速度変化グラフ》は、上記のグラフを縦軸方向に (光速度÷平均周期)倍=(c/T)倍 したものです。上記の部分はハルス・テーラー論文のグラフのPhase=0.5〜Phase=1.0の部分になります。
実際上記のグラフの最大変化幅0.00008秒に(c/T)=300000000m/s÷0.059秒を乗じるとハルス・テーラー論文のグラフの最大変化幅400km/sが得られます。これは近星点と遠星点での視線速度の差を表しています。
2-1-08
この当たりのもう少し詳しい説明はハルスのノーベル賞講演をご覧下さい。
[補足説明2]
先ほどの図について、さらに補足します。
縦軸のパルス受信の1周期経過後の周期の減少分を、パルサーの公転周期の半分の時間(3.875h×60×60=13950秒)の回転数分、すなわち、(1/0.059)回/秒×13950秒=2364401回 だけ積算する。これは、下図横軸の時間軸に沿ってグラフを積分した下図薄赤色着色部分の面期の(1/0.059)倍に相当します。このとき 0.059s はパルサーの自転周期ですから(1/0.059)はパルサーの1秒当たりの回転数です。
ところで、下図の空色部分と薄赤着色部分を合計した面積の(1/0.059)倍は、約0.00008秒×13950秒×(1/0.059)回/秒=18.9秒となります。
だから、その値を図の面積比で分割すると、薄赤色部分の面積に相当する分は約3.7秒になります。この積分値は、2.(2)[補足説明5]で説明する《パルス信号の到着時間変動グラフ》の1975年報告の最大変化幅3.7秒に相当します。
しかし、上図 と 図11.10の1975年のグラフ
との対応関係を説明するには少し準備がいります。
後で何度も注意する様に、1975年の連星パルサーの状態は、その長軸が地球からの視線に対してほぼ垂直な方向を向いています。その為、本来ならばこの節で取り上げている図の周期の変動は正にも負にも成るはずです。所が、本文の説明と図10.2から明らかな様に、図のPhase範囲では周期の変動は常に負の方向しか有りません。それは、この連星系が全体として地球に対して運動しているかも知れず、連星系の中心の運動が静止している場合に観測されるパルス周期の平均値がどの様な値になるのか解らないからです。つまりパルス系全体としての運動状態が解らないと、真のパルス周期の平均値は判別しない。
その為パルス周期の増減の基準になる周期が解らないのです。それで、先ほどから論じている図の縦軸の目盛りを次図の様に引き直します。これは観測から得られる見かけのバルス周期の平均値を原点として、その値からの増減で、周期の変動をグラフ化したものです。
グラフ縦軸の0点を上図の薄赤着色部と空色着色部の面積が等しくなる様に取ります。これは、上図の黄色着色部と空色部の面積が等しくなる様に分割すると言うことであり、上図の薄赤着色部と黄色着色部の面積が等しいと言うことでもあります。
何故そうしたかと言いますと、先に述べた様に、1975年の連星パルサーの状態は、その長軸が地球からの視線に対してほぼ垂直な方向を向いているからです。このことの意味はその内解ります。
今はその様に座標を取り直した上図と、先ほどの図11.10との関係を説明します。つまり上図の薄赤色着色部の面積が下図のBC長に相当し、上図の空色着色部の面積が下図のDE長になります。
下図のグラフを時間軸に沿ってA→Bまで定積分していくとき増えていく面積が、上図の曲線A→Cのグラフ値に成る。逆に言えば、上図のA→Cの曲線の勾配が下図グラフのA’→Bまでの曲線値になる。
同様に、下図のグラフを時間軸に沿ってC→Dまで定積分していくとき増えていく面積が、上図の曲線C→Eのグラフ値に成る。逆に言えば、上図のC→Eの曲線の勾配が下図グラフのC→D’までの曲線値になる。
ここでついでに、図11.10の1993年のデータ曲線から逆に、上図に相当する1993年のグラフがどの様になるか考えて見て下さい。
さらに補足します。図11.10で BC長=DE長 が成り立ち、上図の薄赤色着色部の面積は先ほどの図の黄色着色部の面積と等しい。そのため、最初に示した図のうす赤色着色部の面積から3.7秒が得られます。
(文献1.p212〜215より)
[補足説明1]
上記の推定値を計算で確認してみる。簡単化するためにパルサーの軌道は円形とし、その軌道面はパルサーと観測者(地球)を結ぶ方向に接していると仮定する。
別稿「特殊相対性理論」3.(2)2.で求めた結論を利用すると、光(電波)の“相対論的ドップラー効果”はパルサーと観測者を結ぶ線分とパルサーの運動方向とのなす角をφとすると
となる。ただし、ν’は観測される振動数、νはパルサーの静止系における振動数(パルサーの回転数)。
ここで、観測されるパルス周期の最大値をTmax、最小値をTmin、パルサー静止系における周期をT0とする。周期の最大値はφ=πで、最小値はφ=0で生じるので、公転速度はおよそ
となる。
パルサーの 公転速度=v〜2.0×105m/s と 公転周期=7.75時間=7.75×60×60=2.79×104s を考慮すると、公転半径はおよそ
[補足説明2]
パルスの受信間隔からも求まる受信周波数に“ドップラー公式をそのまま適用して、視線方向の速度“視線速度”(radial velocity)を求め、その時間的変化の様子をそのままグラフ表示したのが下図Fig12です。この図はハルス・テーラーの論文から引用した。
強い重力場の中で発生した光(電波)を観測するのですが、今の場合のドップラー遷移には一般相対性理論による重力場中の時間の遅れの効果は関係ありません。また、波源が高速で移動する為に生じる波源における時間の遅れの効果(特殊相対性理論による)も関係ありません。そのため、このグラフを描くには高校物理で習うドップラー公式をそのまま利用できます。
すなわち
を利用して得られる v のグラフを描けば良い。
実際、パルス間隔の平均値 T=0.059s と、先ほどの観測値グラフから得られるパルス間隔の最大変動幅 ΔT=80μs=0.00008s を代入すると、下図の最大速度変化幅400km/sが得られます。
この《視線速度グラフ》は下向きが地球に向かう視線速度を、上向きが地球から離れる方向の視線速度を表しています。視線速度の0点は地球に対するドップラー偏移がゼロの時を示しています。そのとき、連星系が全体として地球に対して固有運動をしていて地球に対する視線方向の速度成分を持っているかも知れませんので、ドップラー遷移がゼロのパルス振動数は決めようが有りません。実際、本文の説明と図10.2から明らかな様にパルサーの真の自転周期は知りようがありません。解るのはあくまで、パルス周期の観測値から求まる見かけの平均値です。
そのため、視線速度の0点は、グラフの薄赤色部分の面積と、空色部分の面積が等しくなる様に調整して決めているのだと思います。このことの意味は[補足説明7]を参照して下さい。
また、横軸の軌道位相(PHASE)は近星点を出発する時を0として描かれています。グラフ曲線の上でどこがPHASE=0の点かを決めるには、近星点経度ωと軌道離心率eの値を様々変えてグラフを描いてみて、ピッタリ一致するグラフからωとeを求めて定めるのでしょう。ここは[補足説明7]を参照されて下さい。より詳しくは別稿「連星の軌道決定法」3.をご覧下さい。
後で詳しく説明しますが、ハルスとテーラーがこの連星パルサーを見つけたとき、パルサーの楕円軌道の長軸の向きは、たまたま地球からの視線方向に垂直の方向を向いていました。
そのため図のPhase= 0 or 1 付近の時間帯では近星点付近を通過中の為に視線速度の絶対値が大きくなり、Phase=0.5付近の時間帯では遠星点付近を運動中の為に視線速度の絶対値が小さくなっています。そして、視線速度の変化グラフの形は、Phase=0.5を中心として左右対称の形になっています。別稿「連星の軌道決定法」3.(3)[補足説明1]の図を参照。そこの図の二番目で公転の向きが逆の場合です。
次で詳しく説明しますが、この図から、以下の様な軌道に付いての情報を引き出すことができます。
相手のパルサーの運動状態が見えれば、別稿「コンパクト星発見物語」2.[補足説明2]の手順で個々の中性子星の質量が解ります。しかしこの連星系の場合、相手の運動状態が見えない(つまり相手星のパルス放射が地球の方を向いていない)ため上記の情報からでは、個々の中性子星の質量を決定できません。
この当たりの事情については順次[補足説明]の中で説明します。
[補足説明3]
まず、中性子星の様に重くてコンパクトな天体の回転周期は外部からの攪乱に対して非常に安定していることに注目して下さい。そのため長期間にわたってパルサーの到着時間を測定してその平均を取れば、極めて高精度にその回転周期を決定できます。先に説明した様に、この連星系の地球に対する固有運動が決定されないと真の回転周期は解りません。
例えば、1984年7月7日において
Prot=0.059029997929613 ± 0.000000000000007秒 【この驚くべき測定精度に注目】
でした(今後中性子星の回転周期を Prot と表し、中性子星がもう一つの中性子星の周りを回る軌道運動の公転周期を Pb と表す事にします。添字のbはbinary star(二重星)の頭文字です)。
しかしながら、周期は少しずつ増加しています。その増加率は上記の日付の時点で、1秒経過するごとの増加率は
dProt/dt=8.62713×10-18
でした。
何故回転がゆっくりになる(周期Protが増大する)のかというと、磁化された星の磁場が回転することで電磁波を放出して回転のエネルギーを失っていくからです。
このことに付いて、1.(3)[補足説明1]で説明したカニ星雲パルサーを例示すると、パルサーの回転速度の減少率からそのエネルギー減少率は4.7×1031W程度であり、地球で観測されるパルス電波強度から予想されるカニバルサーの電磁波エネルギー放射量は5×1031W程度であることが解りますが、両者はほぼ一致します。
この例から解る様に、パルサーの回転エネルギーを放射エネルギーに変換して放出する量は、太陽光度の10万倍程度に相当します。驚くべきエネルギー放射量ですが、それだからこそパルサーの存在を地球からでも観測できるのでしょうね。
ここで注意して欲しい事は、中性子星の自転回転では重力波は放出され無い事です。そのため、重力波放出による自転速度の減少はありません。
重力波を周囲に放出することでエネルギーを失うメカニズムが働くのは、連星をなしている二つの中性子星が互いの周りを回る公転回転によってです。この公転回転は周囲に重力波を放出します。その為に連星系はエネルギー失って、公転周期は少しずつ短くなり、互いの距離も少しずつ減少していきます。
そのとき、公転回転に伴う電磁波の放出はほとんどありません。その事によるエネルギー損失は無視できます。
いずれにしても、パルスの放出周期(パルサーの自転周期と言っても良い)は、極めて正確でしかも極めて高精度で測定できます。そのとき、上記の様にその値は少しずつ変化してゆきますので、特定の時刻の周期値に拘泥しても意味はありません。その変化していく様子が極めて高精度で観測できることが重要なのです。
[補足説明4]
前記のパルス間隔の驚くべき正確さの為に、《パルス周期のドップラー偏移》が精度良く観測できます。つまり、パルサーが楕円軌道を公転しているとき我々の方に近づいている時と遠ざかっている時のパルス間隔が異なります。その異なる量を測定することでパルサーの視線方向の速度が極めて正確に測定できるのです。[補足説明2]のFig12は1974年の発見当初の視線速度の観測データを示しています。
視線方向の速度を1公転する間で積算することで、 公転軌道を地球からの視線に射影した距離 a・sin i の値を求める事ができます。この量は下の図5・4中の赤縦矢印の半分の距離に相当します。ただし、 i は“軌道面傾斜角”です。
パルサーの楕円軌道は近星点移動をしていますので、近星点が地球からの視線方向で最も遠い地点になり、遠星点が視線方向で最も近い地点になる状況(図中のωがπ/2)のときの赤矢印が2・a・sin i と言うことです。aは楕円軌道の長軸半径です。それ以外の状況の時には観測値から計算によってそれを求めなければ成りません。その当たりについては[補足説明7]でもう少し詳しく説明します。より一般的な場合は[補足説明8]をご覧下さい。
このとき注意して欲しい事はバルス周期のドップラー偏移の観測データからは a・sin i の積の値しか得られないことです。つまり a と i を別々に決定することはできません。
さらに、補足します。上図の近星点Πと遠星点Π’の間をパルサーが移動するときの視線速度の変化の様子を解析すれば、パルサーが楕円軌道上を公転するときの公転速度の変化の様子を知ることができます。これは楕円軌道の離心率eと密接に関係しますので、1周期中の《視線速度変化パターン》を解析することにより、軌道離心率 e を決定できます。このことについても[補足説明7]をご覧下さい。より一般的な場合は[補足説明8]をご覧下さい。
[補足説明5]
次に、《パルス信号の到着時間の変動》の観測データについて説明します。
まず《パルス信号の到着時間の変動》とは何を意味するのか上の図5・4で説明します。図中の近星点Πから地球に届くパルス波は図中の遠星点Π’の地点から地球に届くパルスよりも図中に赤矢印⇔で示した距離だけ余分に進まなければ成りませんから地球に少し遅れて届きます。
つまり、地球で観測するパルスの到着時間は等間隔ではなくて、その間隔が詰まったり、広がったりするのです。すなわち《パルス信号の到着時間の変動》とはパルス信号の到着時間が本来の到着時間の前後に変化するその変動量のことで、これは前述の《パルス周期のドップラー偏移》とは異なりますが、どちらもパルスの到着時間そのもの測定から得られるデータです。しかし、2.(1)[補足説明1] と 2.(1)[補足説明2]で説明した様に、そのデータの処理の仕方が両者で違いますので両グラフの意味を混同しないで下さい。
実際のその観測データの例を次の図11.10に示しています。この中の1975年の観測値のグラフは前述のFig12の1975年の《視線方向の速度変化のグラフ》(つまりパルス周期のドップラー偏移量に比例)と同時期のデータですが、両方のグラフの形は全く異なっていることに注意して下さい。縦軸の量も違います。
上の図11.10について以下の事に注意して下さい。
1975年の1公転周期で現れる遅延時間の変動幅(約3.7秒)は、前の図5.4中に赤縦矢印で表した2・a・sin i の距離を光(電波)が進むのに要する時間を表しています(ただし、1975年時点では、2・a・sin i ではなく2・b・sin i です)。つまり
となります。2.(2)[補足説明7]および、2.(3)[補足説明2]まで読み進まれれば、この値は《視線速度変化グラフ》から求めた値と一致することが解ります。
これは太陽の直径1.39×109m程度の距離です。軌道面傾斜角 i が解らない事による不確かさは有りますが、このパルサーは太陽直径程度の大きさの軌道を公転していることが解ります。いずれにしても遅延時間の変化幅からも a・sin i が決定できる。
そのとき、パルサーの楕円軌道は近星点移動の為に回転していきますから a・sin i の値も時と共に増減するはずです。その最大値を取ったときのa値が楕円軌道の長軸半径になる。そしてこれが最小の時のa値が楕円軌道の短軸半径になります。この両者の値を用いれば楕円軌道の離心率eを決定できます。
さらに、1975年の遅延時間変動パターは1周期の間にかなり歪んだ変動パターンを示しています。これは公転軌道が楕円であることと、1975年当時にはバルサー公転軌道の長軸がほぼ地球からの視線方向と垂直な方向を向いていたことに由来します。そのめた、このゆがみのパターンを解析すれば、楕円軌道の離心率eを決定できます。この当たりは[補足説明7]を参照して下さい。より一般的な場合は[補足説明8]をご覧下さい。
つまり、先に述べた《パルス周期のドップラー偏移》から2・a・sin i と離心率eの値を求めことができたのと同様に、この《遅延時間変動パターン》からも a・sin i と離心率eの値を求めることができる。当然のことですが、両方の観測データから求めた値は互いに一致します。
そのとき、電波パルスの到着時刻の測定値はドップラー偏移の測定よりもより直接的に利用できますから、《遅延時間変動パターン》の解析から極めて高精度の値が得られます。
すなわち
パルサーの公転周期 Pb=27906.980895±0.000002秒 (約7.75時間)
パルサーの離心率 e=0.617132±0.00003 (水星軌道で0.20563ですから、かなり潰れた楕円です)
a・sin i =2.34176±0.00001光秒 (これに光速度をかければ実際の距離になります)
などの値が得られている。
[補足説明6]
さらに重要な事は、ハルスとテーラーは《視線速度変動グラフ》や《遅延時間変動グラフ》が時間が経つにつれて変化していくことを発見したことです。彼らは、この変化は一般相対性理論の効果に基づくパルサー公転軌道の近星点移動を表しているとすぐに気付きます。
これは太陽系での水星近日点移動に相当しますが、今は太陽に対する近日点ではなく伴星に対する近星点ですから、“近星点移動”と言います。
このことの意味を《遅延時間変動グラフ》図11.10で説明します。この図には1975年と1993年の観測値が例として示されていますが、1993年の遅延時間の変動幅は1975年の変動幅約3.7秒に比べて4.7秒へと1秒近く増大しています。これはパルス信号が楕円軌道を横切る時間が長くなった事を意味します。つまり楕円軌道の長軸の向きが1975年では地球からの視線方向に垂直だったのに対して、1993年には視線方向にほぼ並行になったのです。
2.(2)[補足説明7]まで読み進まれれば解りますが、遅延時間変動幅の比(3.7秒/4.7秒=0.79)は短軸半径bと長軸半径aの比(b/a=0.79)の値にほぼ一致します。
実際、1975年のグラフはPhase=0.5を中心にして正負が反転した左右反対称でかなり歪んでいますが、1993年のグラフはPhase=0.5を中心にしてほぼ左右対称になっています。Phaseの値はどちらも近星点から測り初めている事を考慮して、このことの意味を検討すれば上記の状況が確認できます。
《遅延時間変動グラフ》のカーブは下側が地球に近い位置を、上側が遠い位置を表しており、視線方向の地球からの距離の変化に対応します。しかし、縦軸の遅延時間の0点は、それぞれの年度ごとのグラフについて薄赤色部分の面積と、空色部分の面積が等しくなる様に調整して描かれていますから、年度が異なるグラフのその位置関係は実際の位置関係とは異なります。またいずれの年度のグラフも軌道位相は近星点を出発する時刻を0として描かれています。
そのため1975年から1993年までの 18年間 で 約90°近く近星点が回転したことを表している。
すなわち、《視線速度変化グラフ》や《パルス信号の到着時間変動グラフ》の形の変化を時間を追って解析すれば、近星点移動の角速度が正確に割り出せる。
実際、彼らの当初の計算結果は4.0°/年というものでした。これは水星の近日点移動角速度(0.43”/年)の約4万倍(4.0×60×60”÷0.43”≒33500倍)に相当します。
これは大発見です。この観測をもっと時間をかけて行えば、近星点移動の角速度が極めて正確に測定できる事を意味します。その後の観測で積み重ねたデータを用いると
近星点移動角速度=4.2263±0.0003°/年
が得られています。
この値を用いれば、Einsteinの一般相対性理論の正当性を極めて厳密に検証できます。ただし、二つの中性子星の質量と公転半径が正確に割り出せればの話です。
二つの中性子星の質量とその間の距離を観測値から直接求めることはできませんので、実際の展開はその逆に進みます。その事は2.(3)[補足説明1]で説明します。
[補足説明7]
[補足説明4]で述べた a・sin i を求める方法について補足します。
[補足説明2]で引用したハルスとテーラーの“視線速度”(radial velocity)のグラフを取り上げます。以下は、そのグラフの横軸の単位を phase ではなく時間(秒)に、縦軸の速度の単位を(m/s)に修正しています。この図を今後
Fig 12' と呼ぶことにします。
まず注意して欲しい事は、上図を phase=0.5 を中心にして左右を反転させてみるとほぼ重なる(つまり左右対称)と言うことです。厳密に言うと少しずれていますが、理解しやすくするためにそのズレは無視します。
この事実はハルスとテーラーがこの連星パルサーを発見した1974年当時、パルサーの楕円軌道の長軸が地球からの視線に対してほぼ垂直だった事を意味します。
すなわち、下図の(a)か(b)のいずれかだった。もちろん最初の段階では軌道面傾斜角 i に付いては観測データからは解りませんから、適当に仮定しています。[拡大図はこちら]
(a)と(b)とでは、パルサーの公転する方向と近星点・遠星点の位置が逆転していますが、(a)と(b)どちらの状況であるかは地球からの観測では判別できません。実際、本文中の図10.3は上図の(a)と(b)の両方を図示しています。
しかし、以下の議論の結論は(a)と(b)のどちらの場合でも適用できますので、今後は(a)の場合(図10.3の左側の状況)で話を進めます。すなわち
となります。[拡大図はこちら]
任意の近星点経度ωの場合の図は[こちらの(a’)]と[こちらの(a”)]をご覧下さい。
本稿の楕円軌道図の焦点は連星の相方星ではなくて、“共通重心”にしてあります。なぜなら、本稿の様に分光連星のドップラー偏移から求まるのは、相方星に対する相対運動の視線速度ではなくて、共通重心に対する実際の軌道運動の視線速度ですから。
《 Fig12'と(a)図の対応》
最初に、Fig12’と(a)図の対応関係を説明します。(a)図の近星点を時刻t=0に出発したバルサーは近地点(地球からみて最も近い場所)に向かって進みます。Fig12’の速度値が負の値になっているのは地球に近付く部分だからです。また t=0 における視線速度は負で最大値を示しているのは近星点(パルサーが伴星に最も近づいた位置)を通過中だからです。
パルサーはやがて近地点に到達します。ここでは地球から見た視線速度はゼロとなります。
近地点を過ぎて、やがて t=13954秒 に遠星点(パルサーが伴星から最も離れる位置)に到着します。ここでは公転速度が最も遅くなります。しかし、Fig12’から明らかな様に近地点通過以後正値で0から増大していた視線方向速度は遠星点を通過時に極大値を取ります。
遠星点を通過したパルサーはやがて遠地点(地球から見て最も遠い場所)に到着します。ここでは地球から見た視線速度はゼロとなります。
遠地点を通過したパルサーの視線速度は0値から段々負の値の方向に増加していきます。そして近星点で最大値(負値だから最小値ですがその絶対値が最大)に成ります。
《 2b・sin i の決定》
高等学校数学の『定積分』で、横軸時間、縦軸速度の直交座標上に描かれたv(t)グラフを任意の時間幅t1→t2の間で定積分したときの値は、t1→t2の間に進んだ距離を表す事を習います。それと同じでして、Fig12’の時間軸に沿って視線速度曲線を積分した値(それは図中に空色あるいは薄赤色で着色した部分の面積に相当する)は視線方向に進んだ距離を表します。
つまり、Fig12’の薄赤色着色部分の面積は、パルサーが近地点から遠地点まで進んだとき、地球から遠ざかった距離(図(a)中の縦上向きの赤矢印の長さ)に相当します。
また、Fig12’の空色着色部分の面積は、パルサーが遠地点から近地点まで進んだとき、地球に近付いた距離(図(a)中の縦下向きの青矢印の長さ)に相当します。
そのとき、図(a)中の赤矢印と青矢印の長さは等しくなりますから、Fig12’中の薄赤色着色部分の面積は空色着色部分の面積と等しくなります。
図(a)中の赤矢印あるいは青矢印の長さ(Fig12’中の薄赤色着色部分の面積あるいは空色着色部分の面積)で示される距離は、実際のパルサー軌道の遠地点と近地点の間の距離(楕円の短軸半径bの2倍)にsin i を乗じた値になります。この i は図(a)中に示されている軌道面傾斜角です。
すなわち、Fig12’の着色部分の面積から 2b・sin i を求める事ができる。このことは2.(3)[補足説明2]で実際に計算して見ます。
《 軌道離心率 e の決定》
近星点でのパルサーの移動速度と遠星点でのパルサーの移動速度は軌道の離心率eと密接に関係しています。その事から楕円軌道の離心率eが決定できます。
近星点でのパルサーの移動速度をv1、遠星点での移動速度をv2とする。また伴星と近星点との距離をr1、伴星と遠星点との距離をr2とします。さらに、パルサーの質量をmpとします。
近星点と遠星点での速度ベクトルは公転中心からの方向に対して垂直です。そのため“角運動量保存則(面積速度一定の法則)”を用いると
となる。
このとき、別稿「コンパクト星発見物語」2.[補足説明2]で用いた、それぞれの地点で“万有引力”と“遠心力”が釣り合っていると言う条件は楕円軌道では使えません。これは円軌道の場合に言える事です。
ここで楕円軌道の長軸半径a、短軸半径b、そしてc、r1、r2、楕円離心率e、等々・・・の間には以下の関係式が成り立ちます。
これらの関係式を用いると
となります。所で v2/v1 の比は sin i が共通ですから、遠星点と近星点での視線速度の比で代用できます。つまり、Fig12’の観測値からパルサーの楕円軌道の離心率 e が決定できます。
実際、Fig12’の観測データは、図5・4の“近星点経度”ωがほぼ 0(あるいはπ) の状態であるとみなせますので、極小値の視線速度−3.25×105m/s は (近星点速度v1)×sin i であり、Fig12’の極大値の視線速度0.78×105m/s は (遠星点速度v2)×sin i であるとみなせます。
そのため
が得られます。これは文献値 e=0.617132・・・にほぼ一致します。
《 2a・sin i の決定》
以上の様にして 2b・sin i と 離心率e が決定できれば、それらの値から下記の様にして 2a・sin i が決定できます。
このようにして決定できた 2a・sin i から、軌道面傾斜角 i を求める方法については2.(3)[補足説明2]をご覧下さい。
《一般的な場合についての補足》
以上は、ニュートン力学で計算しましたが、この連星パルサー系の様にまだ互いの公転距離が十分離れている場合にはニュートン近似で十分正確な議論ができます。
上記は1974年の軌道の楕円長軸が地球からの視線方向に垂直であると近似して計算しましたが、実際には少し傾いています。つまり、近星点経度ωが0あるいはπではありません。ハルスとテーラーはその傾きの度合い(近星点経度ω)を考慮して計算しています。
その傾きの度合い(近星点経度ω)を知るにはその回転角ωと軌道離心率eを様々仮定して視線速度グラフを描いてみます。観測値グラフと最も良く一致するグラフからその傾き角(近星点経度ω)を知り、その傾いた軌道について上記の計算をすれば良い。
実際、Fig12’のphase=0の位置は視線速度の最小極値の位置から少し左にずれて描かれていますから、ハルスとテーラーはその傾きの度合いを考慮して計算したことが解ります。詳細は文献4.をご覧下さい。
ところで、この連星系の場合、古くから知られている“分光連星”の状況と同じですから、分光連星のスベクトル線のドップラー偏移の時間的な変化のグラフから軌道要素や連星の質量値を計算する方法が使えます。先に引用した本文の説明はこのことを言っています。
このことは次の[補足説明8]で詳しく説明します。
[補足説明8]
“分光連星”の軌道要素決定法ですが、別稿「コンパクト星発見物語」2.[補足説明1]で小平圭一編『現代天文学講座6 恒星の世界』から引用したNo.1、No.2、No.3、No.4を参考にして説明します。ただしNo.1プリントの図5・4の楕円軌道焦点を連星の相方星ではなく、“共通重心”に変換します。そうするのは、分光連星のドップラー偏移から観測されるのは、相方星に対する相対運動の視線速度ではなくて、共通重心に対する実際の軌道運動の視線速度だからです。No.2やNo.3の図の軌道焦点も“共通重心”に読み替えて下さい。
連星系の共通重心のまわりを公転している主星と伴星のスペクトルを観測すると、視線方向の速度が公転運動のために周期的に変化するのが観測される。
まず、連星系の軌道要素の復習から始めます。
上図につきましては[こちらの(a’)]と[こちらの(a”)]もご覧下さい。
分光連星には伴星が暗いため一方の星のスペクトル線しか見えない場合と、両星のスペクトル線が見える場合がありますが、本稿の場合は一方しか見えない場合です。
分光連星の場合は視線速度の観測しかできないので、昇交点位置角Ωが決まりません。また軌道面傾斜角 i と軌道長半径 a を別々に決めることはできません。その事情は本稿の場合も同じです。
連星系の共通重心から見た時の主星S1の軌道長半径 a1 、近星点経度 ω 、真近点離角 v1 とすれば、主星S1 の(基準面からの)視線方向距離 z1 と動径ベクトル r1 は
となる。(10)式は図より明らか。(11)式はこちらを参照されたし。
時刻 t と真近点離角 v1 の関係は、周期 P 、近星点通過時刻 T 、離心近点離角 E1 、平均近点離角 2π(t−T)/P とすると
で関係付けられる。(11)’式はこちらの(2)式を、(12)式はこちらの(5)式を、(13)式はこちらの(6)式を参照。そこの“θ”がここの“v1”で、“u”がここの“E1”で、そこの“n”がここの“2π/P”です。(13)式は“ケプラー方程式”と言われる重要な関係式です。
z1の時間的変化が主星S1の視線速度V1です。それは上記(10)式と(11)式の関係を用いると以下の様に表される。
が成り立つので、上記の式は
となる。このとき、γは共通重心も空間を等速度で移動しているので、その事も考慮して付け加えてある。
そのとき、本稿の様にパルサー周期のドップラー偏移からは、真のパルサー周期が解らないので(14)のγを決定する事はできませんので、本稿の様な場合、すでに述べた様に別な方法でゼロ点を決めています。
ただし、分光連星の場合には、あらかじめ波長(振動数)の解っている特殊なスペクトル線の偏移を用いますので、γを値を正確に知ることができます。この当たりは下図の例を参照されて下さい。ただし、下図の横軸は位相(Phase)では無くて時刻(t−T)です。位相に関係する量がv1ですから、時刻(t−T)を位相になおすには上記(13)式→(12)式を用いて変換すれば良い。
ここで、K1は主星S1の視線速度振幅と呼ばれ、V1の最大値と最小値の差の半分です。
このとき、伴星S2のスペクトル線も観測できる場合には、上述の式の添字1を2に置き換えれば、同じ式がそのまま伴星についても成り立つ。
視線速度-時間(位相)のグラフから真軌道楕円の離心率e、近星点経度ω、視線速度振幅K1、周期Pを求める事ができます。
それを下図5・6(横軸はtimeではなくて位相phaseにしている)の例で説明する。図中のAとBはそれぞれ、γより視線速度が大きい部分と小さい部分の視線速度の最大変化幅です。そのとき、AとBによって分けられる面積部分をC、D、C’、D’ とすると [Cの面積]=[C’の面積] 、 [Dの面積]=[D’の面積] となる。つまり、γの横軸は下図の[C+Dの部分の面積]=[C’+D’の部分の面積]となる様に引いた線分だと言うことです。そのような線分が引けることは視線速度曲線の意味を考えれば了解できます。このことについては別稿「連星の軌道決定法」3.(2)をご覧し下さい。
正方向と負方向の視線速度の極値AとB、及び視線速度変化曲線グラフ中の面積値C、Dは、e、ωと次の関係式(22)式を満たす。
また、A、BとK1は次の関係を満たす。
これらの関係式は証明が必要です。証明は別稿「連星の軌道決定法」3.(2)をご覧下さい。
観測によって視線速度A、視線速度B、面積C、面積Dを求めて(22)式に代入する。これを未知数が e と ω の連立方程式と見なして解けば e と ω が求まる。
同じく、(22’)式に観測値 A と B を代入すれば K1 が求まる。
公転周期 P は視線速度変化グラフの繰り返しパターンから直ちに求まる。
次に、ケプラーの第三法則は、主星、伴星の質量をそれぞれM1、M2とすれば、別ページあるいは別稿「二体問題」2.で説明する様に
と表される。ここでaは一般の場合で証明される様にa=a1+a2の長半径の和です
さらに、M1とM2の共通重心の位置は両者の質量の逆比に内分する点であるから
である。
それでは、視線速度観測値グラフから軌道要素を求める。
まず最初に注意して欲しい事は、視線速度観測値からはa1とsin i を別々に求める事はできずにa1・sin i の積が求まるだけです。
それは、(15)式からただちに求まる。
が求まります。
ここで、長さをkm、速度をkm/s、周期を日で測った場合(18)式は
となります。
次に、星の質量を求めるが、この場合も M1・(sin i )3 の様な積の形で求める事ができるだけです。
が求まります。ケプラーの第三法則から 質量・sin3i が求まったことに注意されたし。
ここで、質量を太陽質量を単位として、長さをkm、速度をkm/s、周期を日で測った場合(19)式は
となります。このことについては別稿「二体問題」2.(3)2.もご覧下さい。そちらの説明のほうが解りやすいです。
ところで、伴星S2のスペクトル線が見えない場合は、K2が求められないので、 M1・(sin i )3 の形の質量は求められません。下記の形の質量関数が得られるだけです。すなわち
となる。
ここで、質量を太陽質量を単位として、長さをkm、速度をkm/s、周期を日で測った場合(21)式は
となります。
左辺は未知の量(各星の質量と軌道面傾斜角)であり、右辺は既知の量(定数と公転周期、視線速度振幅、軌道離心率)なので、これは未知の量の間の関係にある種の制約を与える式です。そのため、これをf(M)と記して質量関数と呼びます。
関係式(21)’は、史上初めて“恒星質量ブラックホール”であると認定された、“白鳥座X-1”の質量を見積るのに使われた。実際どの様に使うかは文献9.福江純著「1.恒星ブラックホール」をご覧下さい。とても解りやすく説明されています。別稿「ブラックホール質量の決定法」1.(3)ではさらに解りやすく説明しています。
(文献1.p215〜222より)
実際のところ、白色矮星→中性子星→ブラックホール のおよその大きさは、白色矮星、中性子星がそれぞれ太陽質量程度とすると、白色矮星の大きさは地球程度であり、中性子星は20km程度となる。ブラックホールは超新星爆発前のもとの星がもっと重くないとブラックホールにはなれませんが、仮にできたブラックホール天体が太陽質量の10倍程度ならそのシュワルツシルド半径は数十km程度となります。
ここで発見されたものは、太陽質量程度で、大きさが20km程度の二つの中性子星が、太陽の大きさ程度の軌道を8時間程度で互いの周りを公転していることになる。つまり連星を構成する中性子星は互いの極めて強力な重力場内を高速で移動している。
近日点移動量を表す式についてはEinstein1915年11/18論文で導かれていますが、そこの式は水星の質量が作り出す時空の歪みを無視できる場合の計算です。
連星中性子の場合の近日点移動は、自分自身が作り出す時空の歪みの効果を無視することはできません。そのため、両方の質量に関係することになります。その事を考慮して計算式の導出をやり直おすと、近日点移動量は二つの星の総質量によることが導けるそうです。こういった2体問題について、重力場方程式を厳密に解くのは難しいが、おそらく近似的に解くことができるのだろう。
[補足説明1]
上記ページの赤囲み記事の内容の補足です。
Einsteinの理論が正しいと仮定します。そうすると一般相対性理論の“重力場の方程式”と“測地線方程式”を解くことによって近星点移動角速度を求める事ができます。私どもは連星系の場合の実際の計算式の展開をチェックしていないのですが、おそらく別稿で説明した様な近似計算を行うのでしょう。そうして得られた結果はEinsteinの1915年11/18論文の結果の太陽質量Mを連星系の二つの中性子星の質量和Mtotに置き換えたものになる。つまり
となる。ここで、離心率eは観測結果から決定できていることに注意。
同じく、別稿で導いたケプラーの第三法則から
が言えます。その中の公転周期Pbは観測から決定済みです。
普通の惑星系に付いてのケプラーの第三法則のMは中心星(太陽)の質量ですが、今の様に連星系の場合には両星の総質量Mtotになります。そのことについて、連星系の公転軌道が互いに円形の場合は高校物理のレベルで証明できます。楕円軌道の一般的な場合は別稿「二体問題」2.をご覧下さい。
ここで注意して欲しい事は、“ケプラーの第三法則”は惑星に働く力が中心力でしかも距離の逆二乗法則に従う場合に成り立つ。しかし、一般相対性理論によると太陽の重力場により時空間が歪みます。その効果は見かけ上、万有引力の法則が距離の逆二乗法則から少しずれる事を意味します。近日点移動が生じるのもそのためです。そのため一般相対性理論ではケプラーの第三法則は厳密には成り立ちません。だから、ここでは近似的に成り立つので、連立方程式の片割れとして利用するのでしょう。
もう少し補足しますと、近日点移動が生じる為に有界の軌道が閉じることはないのですが、有界な軌跡が閉じる様になる中心力場はたった二つだけ存在します。それは力が逆二乗法則に比例する場合(∝1/r2)と距離に比例する場合(∝r)です(ランダウ・リフシュツ『力学』§14参照)。
そのとき、力が距離に比例する場合に、逆二乗法則の場合の“ケプラーの第三法則”に相当する法則は“等時性の法則”です(このことは別稿「運動の法則」3.(4)で説明した。)。このことからも解る様に、力の法則が逆二乗法則でなくなると、たとえ中心力であっても“ケプラーの第三法則”は成り立たなくなります。
前記(A)式と(B)式は、二つの未知数 a と Mtot に対する連立方程式とみなせます。そのためこれを解けば a と Mtot が求まる。すなわち
となる。これが、様々な文献で紹介されている、この連星系の総質量です。
上記で求めたパルサーの軌道の大きさと太陽の大きさの比較はこちらの図をご覧下さい。そこのNOW図が、離心率e=c/a=0.617・・・、短軸半径/長軸半径=b/a=0.79 の楕円軌道を表しています。
[補足説明2]
上で求まった a の値を a・sin i の観測値に代入すると sin i が求まります。
ここでは a・sin i の観測値を求めるのに、Fig12’の観測データ(このデータは図5・4の“近星点経度”ωがほぼ 0(あるいはπ) の状態とみなせる)の近地点から遠地点までの視線速度の観測値を用いましょう。
下図の様にメッシュで分割して数値的に面積比を求める。四角の部分と赤着色部分の比率は約 60:40 になります。
所で、四角で囲った部分の面積は 1.0×105m/s×27908s=2.7908×109m ですから、その40%は 1.11632×109m となります。この値が赤着色部分の面積であり、 2b・sin i に相当します。この値は、当然のことですが、2.(2)[補足説明5]で《パルス信号の到着時間変動幅》から求めた値と一致します。
この値を、2.(2)[補足説明7]で求めた式に代入すると
が得られます。
これは文献8.(ハートル教科書)のp293に与えられている a・sin i の値を用いた計算値と一致します。
ただし、テーラー、ワイスバーグの文献では a・sin i の値は、この倍の 0.72 となっています。すなわち i =46°となります。何故本稿の計算値と異なるのか良く解りません。
i の定義に関して何か勘違いしているのでしょうか?
[補足説明3]
上記ページの赤囲み記事の内容の補足です。
(3)[補足説明1]で説明した様に、一般相対性理論が正しいと仮定できれば、“近星点移動量”から連星系の総質量(パルサーと伴星の質量和)が求まります。それは太陽質量の2.828倍であると言うものでした。下図の左上から右下に向っている斜めの直線はその事を表しています。
しかし、その総質量が二つの中性子星にどの様に分配されているのかを、“近星点移動量”から割り出すことはできません。それを知る別の手がかりが必要です。それが上記で説明されていますが、以下の現象の解析から得られる。
パルサーが地球からみて、伴星の向こう側にいるとき、それから発せられたパルス信号が地球に届くに際して、その電波はパルサーの軌道分を余分に横切らなければ成らないので、到着時間に遅れが生じる事を以前説明しました。
そのとき、パルス信号は伴星の作る重力場とパルサー自身が作る重力場の中を伝播してきます。そのため、伴星及びパルサー自身の影響で歪んだ時空間を通過するために時間の延びと空間の縮小の影響でさらに遅延効果が付け加わった遅れで地球に到達します。これは別稿「一般相対性理論の古典的検証と歪んだ時空」3−5で説明されている“シャピロ遅延”です。ただし、今の場合はパルス電波を発生するパルサーも高密度の中性子星なので、時空の歪みに関与してきます。その時間的遅れに、伴星とパルサー自身の両方の質量が関係してくると言うことです。
“シャピロ遅延”の遅れの効果だけを観測データの遅延時間の中から分離することができます。そして、その分離された時間的遅れを説明する為にはパルサーと伴星の質量の割合比が下図の左下から右上に向かう直線で表される関係でなければ成らないと言うことです。
つまり、この効果は近星点移動を説明する為の質量条件とは異なった条件を連星系の質量関係に課します。
そのため、両方の関係式のグラフ交点から、二つの中性子星の質量が別々に決定できる事になります。
上図の引用元(Living Rev, Relativity, 17,(2014),4 は
Will2014_Article_TheConfrontationBetweenGeneral.pdf
のp70です。同じ内容のhtmlのURLは下記です。
https://link.springer.com/article/10.12942/lrr-2014-4
観山正見、野本憲一、二間瀬敏史 編 「シリーズ現代の天文学12 天体物理学の基礎U」日本評論社(2008年刊) 1.3.6.“一般相対性理論の検証実験”のp91〜93もご覧下さい。
[補足説明4]
文献7.によると、この連星中性子星までの距離は2万1千光年(6.6kpc)と見積もられています。ちなみに、銀河円盤の直径は10万光年程度です。
幾つかのパルサーについてはVLBI(Very Long Baseline Interferometry 超長基線電波干渉法)により、精密に距離と固有運動が測定されています。
基本的には、VLBIを用いて年周視差を測定して距離を測り、天球座標上での移動から固有運動を測定するのだと思います。その結果わかったことですが、パルサーは極めて大きな固有運動速度を持っているものが多いと言うことです。
その移動速度は300〜1000km/s程度で銀河の回転速度よりも大きい。このように大きな速度を持つているのは、超新星爆発時の非対称性(Pulsar-kick)によるものと考えられています。
バルサーの年齢は、現時点でのバルサー回転速度と、現在観測される回転速度減少率から見積もるのだろう。
(文献1.p223〜226より)
重力波に付いてのEinsteinの1916年論文(全A26)と、1918年論文([A8])は別稿で引用しています。また1937年のRosen との共著論文についてはPais「神は老獪にして・・・」邦訳版の p367 及び p659 や、文献2.の第4章などをご覧下さい。1937年共著論文の邦訳版は共立出版社「アインシュタイン選集 第2巻」[A9]としてあります。
また、アインシュタインの公式のミス(エディントンが指摘した二倍の誤り)に付いてはこちらの説明をご覧下さい。また四重極公式を再導出したエディントンの論文はこちらです。
(文献1.p226〜228より)
下記のグラフの意味は解りにくいが、連星パルサーが公転することで重力波を周囲に放出していくことが確認できる。
重力波にはエネルギーの移動が伴っているので連星パルサー系のエネルギーは失われていく。それは互いの公転半径の縮小と回転周期の減少(1年につき75μ秒)となって現れる。
つまり、連星の距離が近付き、回転の速度が速まる。このことが近星点から次の近星点までの時間を早める。その早まる時間が積み重なったものが下記のグラフで表されるということです。
下図のパルサーの現在の軌道の形状(図のNOWと記されているもの)は、今まで述べてきたドップラー効果の時間的変化の様子から求められたものです。相手の星(companion star)は見えませんが、両星の共通回転中心(+で示されている)を中心としての軌道の形状を示しています。
一般相対性理論にもとずく重力波理論が正しいとすると、PSR1913+16連星中性子星は重力波放出によりエネルギーを失って、互いの距離は次第に近付き、公転周期は減少していきます。そして互いの軌道は円軌道に近付いていく。そして今から3億年後には互いに合体して一つになると予想されています。
別稿で述べた様に3億年後まで人類が生き残る可能性はありませんが、とにかくそうなるでしょう。
以下は平川浩正著「相対論(第2版)」共立出版より引用。初版は1971年刊ですが、第2版は1986年刊なので以下の記述が追記されています。
上記(6・113)式についてはこちらを参照。
観山正見、野本憲一、二間瀬敏史 編 「シリーズ現代の天文学12 天体物理学の基礎U」日本評論社(2008年刊) 1.3.6.“一般相対性理論の検証実験”のp91〜93もご覧下さい。
(文献2.p122〜126より)
上記『ネイチャー』の論文は下記です。
Taylor, J. H., Fowler, L. A., and McCulloch, P. M. ,“Measurements of general
relativistic effects in the binary pulsar PSR 1913 + 16”, Nature, 277, 437〜440, 1979年
シャピロ遅延については別稿「一般相対性理論の古典的検証と歪んだ時空」3-5を、あるいは文献1.第6章をご覧下さい。
PSR J0737-3039 は赤経7h37m、赤緯-30°39’である南天に位置する。
この連星パルサーについての説明を文献7.安東正樹「重力波とはなにか」より追加引用。
ダブルパルサーによる一般相対性理論の検証(Science 321, 104-107 2008年 より)
上図中の様々な観測方法から求まる質量関係の条件式を連立させると、二つのパルサーの質量の絶対的な値を決定することができます。すべての観測値の二本曲線の交差点が指し示すのは、質量がそれぞれ太陽質量の1.338倍と1.249倍の値です。
そのとき、この連星パルサーの場合には、両パルサーの運動状態を直接観測できるため、二つのパルサーの質量比を直接決定できるところが重要です。また軌道半径や周期も観測から決定できますから、両パルサーの質量を直接決定できる。
つまり観測値から連星パルサーの質量を直接計算できるので、近星点移動量を直接計算できることになる。そのため、一般相対性理論を検証する非常によい「実験場」になる。
歳差運動のメカニズムについては別稿「ブラッドリーが光行差を見付けた方法」6.(1)をご覧下さい。
このパルサーの位置は 赤経19h6m、赤緯+7°46’ です。
(この項は、文献7.p217〜220より引用)
2017年8月17日にアメリカの2台(ワシントン州ハンフォード と ルイジアナ州リビングトン)の重力波検出器“Advanced LIGO(ライゴ)”(Laser Interferometer Gravitational Observatory)と欧州重力波観測所の重力波検出器(イタリアのピサ近郊)“Advanced Virgo(ヴィルゴ)”が、連星中性子星が合体するときの重力波信号GW170817をとらえた。
この観測は連星中性子星が重力波放出により、そのエネルギーを失って最終的に合体する最終段階の重力波を観測史上初めて直接捉えたものです。
補足しますと、連星ブラックホール合体に伴う重力波は、2015年9月14日の最初の観測(GW150914)以来それまでに5例観測されていました。このことは次項3.(4)2.で説明する。
合体時の波形の時間的変化から、一般相対性理論に基づく重力波理論により、合体中性子星の質量情報が得られる。
二つの星の質量m1、 m2 として,まず重力波の時間変化を決定づける チャープ質量 Mc≡(m1 m2)3/5 (m1+m2)−1/5 =0.188×太陽質量 が高い精度で決定された。
さらに、二つの星の全質量m1+m2 は 2.73〜3.29×太陽質量、それぞれの星の質量は、一方が 1.36〜2.26×太陽質量 、もう一方が 0.86〜1.36×太陽質量と推定された。
このイベントは中性子星合体のために、X線、紫外線、可視光線、赤外線、電波などの放射も伴っており、それらの追跡観測から重力波発生源が正確に突き止められた初めての重力波イベントです。この合体は地球から1億3000万光年(40Mpc pcと光年の換算表)離れたうみへび座の 銀河NGC 4993 の中で起こった。
GW170817 は同一の現象を電磁波・重力波の両方で観測できた初めてのケースであり、重力波とγ線の到達時間の違い(γ線は重力波の1.7秒後に到来した)から重力波と光の速度差に強い制限が与えられ、重力波と光が同じ速度で伝播すると予想する一般相対性理論に重要な実験的検証を与えた。
さらに、連星中性子星合体が生じた銀河の後退速度は光学的に観測されるが、重力波の検出強度からその銀河までの距離1億3000万光年(40Mpc)が直接推定できる。この両者からハッブル定数の値 H0=70±10(km/s)/Mpc も得られた。つまり、天文学で言う“距離の梯子”を用いないで直接銀河までの距離を測定することによる、ハップル定数を見積る新しい方法を提供する。
合体直前の重力波波形の解析から、今まで直接見積もる方法がなかった中性子星の大きさ(半径)を知ることができるかも知れない。
詳細は 初観測連星中性子星合体重力波、 中性子連星の姿、 LIGOのPressRelease、 Physical_Rev_Lett_119、などをご覧下さい。
【重力波望遠鏡で観測された重力波イベントのブラックホール】
連星中性子星合体重力波の検出以前に、2015年9月14日の最初の観測(GW150914)以来それまでに5例の連星ブラックホールの合体時に放出される重力波が検出されていました。下図に示すものがそれです。
イベント記号の最初のGWは重力波(Gravitational Wave)である事を示し、続く6桁の数字はイベントを観測した 〔西暦年下2桁〕+〔月〕+〔日〕 を表している。
SNRは、簡単に言えばシグナルとノイズの比のことですが、単純な振幅比では有りません。この定義は込み入っていますので適当な解説ページを参照されてください。いずれにしても、この値が大きいほど信頼性が高いイベントです。この値が10以上でないと重力波と同定するのは難しい様です。
上記の LVT151012(2015年10月12日)イベントは、23×太陽質量と13×太陽質量のブラックホールの合体と考えられているが、SNRが10を下まわっているため信頼性が低くく、重力波検出の宣言には至っていない。この期間に、重力波ではないかと推察されるイベントが、これ以外にさらに数例観測されている様ですがいずれも宣言に至っていない。
【観測された重力波の波形】
重力波は上図の0sec.以前から続いているのですが、SNRが小さいためその波形の特定が難しいから記されていないのでしょう。要するに、SNRが閾値(しきいち SNR>10)を超えてからの波形が示されているのだろう。
【2018年8月までに報告された重力波イベント】
次表は2018年8月までに観測された重力波イベントの一覧表です。
[疑問?] 上記一覧表についての疑問です。
[GW170817]の連星中性子星の合体で生じたものが2.74太陽質量の中性子星なのか、それともブラックホールなのか? もし中性子星だとしたら、中性子星の質量限界が2.01太陽質量よりもより重い方に伸ばされたということか?
LIGO(ライゴ)グループはそれまでに2回の観測期間を実施していた。連続的に継続観測できなかったのは、途中で観測装置の感度・精度の改良や、データの分析・解析技術の改良などを行った為です。
第1回は2015年 9月12日〜2016年 1月19日(約3ヶ月間)
第2回は2016年11月30日〜2017年 8月25日(約9ヶ月間)
第2回の最後の2週間にはVirgo(ヴィルゴ)グループが参加した。
上表最後の二つのイベントについては、Virgoの稼働が間に合ったので3箇所態勢で重力波が観測でき、重力波の到来した方向をかなり正確に決定することができています。
それ以前のイベントについては2箇所の観測データしか有りませんでしたので、重力波発生源の方向に関して推定するのが難しかった。ただし、重力波波源までの距離は到達重力波の振幅から推定できています。
特に最後に記されているGW170817(2017年8月17日)は、(4)1.で説明した中性子連星の合体に伴うイベントです。このときVirgoの参加による観測データが重力波源の方向の算出に大いに役だった。
波源の方向が正確に割り出せたことにより、重力波波源が特定できて、中性子連星合体に伴うγ線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、電波などの放射も同時に観測できた。そのため恒星天文学に関して重要な成果を上げることができた。
上表から解る様に、ブラックホール連星の合体に伴う重力波ならば、銀河系から半径10億光年(300Mpc pcと光年の換算表)程度の領域内でのイベントについて現在の技術で観測可能です。この領域内で数ヶ月に1度くらいの割合で生じていることになる。このことからブラックホール連星の存在数を見積ることができる。
実際、太陽質量の30倍程度のブラックホール連星の合体は地球から50億光年の範囲で年間70〜150回程度起きているかもしれないという見積りもあるようです。
最後の中性子連星の合体は距離が1億3000万光年(40Mpc)離れた領域で生じたものです。中性子連星合体の重力波信号はブラックホール連星の合体信号に比べて弱いのですが、このイベントは比較的近傍(それ以前の1/10程度の距離)で生じたので、高いSNR比が得られて検出できた。
こういったイベントがさらに近傍の銀河で生じることが待たれます。ちなみに、天の川銀河とアンドロメダ銀河の距離は250万光年で、天の川銀河の大きさは8〜10万光年です。
【2018年8月以後の検出イベントについてはLIGOの広報ページをご覧下さい】
2019年4月25日(GW190425)観測史上最も重い連星中性子星か?
https://www.ligo.org/science/Publication-GW190425/translations/science-summary-japanese.pdf
2019年5月21日(GW190521)に米国のLIGOとイタリアのVirgoが観測したイベントが注目されています。
これは、太陽質量の66倍と85倍のブラックホールが合体して、太陽質量の142倍の質量を持つブラックホールを形成したもので、太陽質量の約8倍のエネルギーが重力波の形で放射されたと考えられています。このイベントが生じたのは70億光年離れた場所(つまり70億年前)です。
このブラックホール合体は、人類がまだ観測できていなかった、太陽質量の100〜10万倍の中間質量ブラックホールの存在を実証するものであると言う意味で、とても注目されています。
Published in Phys. Rev. Lett. 125, 101102 (2020)
現在稼働している〔重力波検出器〕はいずれも、マイケルソン・モーリーの実験で用いられた干渉計と同じ原理のレーザー干渉計型です。
この観測装置の概念は1960年〜1970年第初頭に提案され、2000年代初期に完成した(日本のTAMA、ドイツのGEO600、アメリカのLIGO、イタリアのVirgo など)。
これらは2002年〜2010年にかけて共同観測を行ったが、感度不足とノイズ処理技術の未熟のため、重力波は検出できなかった。
そのためLIGO検出器は5年にわたる改良工事で大幅に性能アップされ、2015年から“Asvanced LIGO”として稼働を開始した。Virgoも2017年から“Advanced
Virgo”として稼働を開始している。
一方、一般相対性理論に基づく〔重力波理論〕については、1970年代後半から1980年代にかけての重力波の存在証明に続いて、観測装置の発展に呼応して発展した。
特に連星合体最終期の重力波形状に関係した数値的計算法が高度に発展した。この理論的な進歩は、連星中性子星の存在やブラックホール天体の存在を明らかにしてきた天文学の進歩に関係している。
これらのことから、中性子連星やブラックホール連星が重力波放出によりエネルギー失い最終的に回転合体するとき放出する重力波が最も観測の可能性が高いイベントであると考えられる様になってきた。そのため、理論もそのイベントを検出し、そして解析することを目標にして発展してきた。
もちろん、理論的解析から最終段階で予想される重力波の強度や振動数も予測できますから、観測装置やデータ解析方法(特にノイズの中からその信号を見つける方法)もそのことを念頭に置いて発展・改良されてきた。
下図は最初に観測された実際の重力波イベントの観測波形ですが、このような形になることは当初から予想されていたことです。(下図の引用元はこちらです。)
【GW150814の検出データ】
次の例が示すように、実際に観測されるデータはノイズに埋もれています。これはSNR=13のイベント(GW151226)ですが、グラフの様子からSNRが信号とノイズの単なる振幅比ではないことが解る。また、この中から重力波成分を判別・抽出するには高度な解析技術が必要なことが解る。
図の左辺のStrain(10-21)は、4kmの2本のレーザー干渉計の腕の長さが相対的な比率で10-21だけ変化する大きさ、つまり4×10-18mの微小な変位を意味する。
(上図の引用元はこちらです。)
そのため、最初は重力波波形と似た波形パターンを、正確なモデルなしで迅速に探します。信号が得られて数分以内に連続的に解析されていく(“低遅延サーチ”)。そのとき、連携している複数台の検出器にほぼ同時刻(波源方向から干渉計に到達する時間差以内)に同様なイベントが得られたら、重力波である可能性が高くなる。
そして、有力な重力波信号の候補が見つかると、もとの信号から“ホワイトニング”という雑音除去作業を行って、下図の様な重力波イベントの信号を確定します。(下図の引用元はこちらです。)
上図は最初に検出された重力波イベントGW190914の波形ですが、2つの干渉計からの波形を7msずらすと綺麗に重なっていることを示している。30Hz付近のインスパイラル波形が0.2秒間に10サイクル程度見られる。
重力波イベント候補の信号が確定されると、理論的に予測された様々な波形と比較されて、データと最も良く合う波形が探される。これは“マッチド・フィルタリング”と言われる手法です。
このやり方は、あらかじめ様々な質量を持つ連星系を仮定して、一般相対性理論に基づいてコンピュータを用いて数値的に解き、そのとき発生する空間の歪み(重力波の波形)を計算しておきます。
連星の2つの質量の仮定について膨大な数の組み合わせについて解いておくことはもちろんですが、個々の星の自転角運動量や、回転面の傾斜角についてもすべての可能性を計算しておきます。
そのとき、実際に膨大な数の組み合わせについて解いてみると、その連星系の総質量や、二つの星の質量比の違いにより、重力波の波形が異なってくることが解ってきます。もちろん重力波として周囲に放出するエネルギー量の違いや、合体後に生成する星(ブラックホールを含む)の質量なども重力波波形の違いとなって現れることが解ります。
このとき、実際に一般相対性理論の予想結果とマッチする波形である事が解ると、逆にアインシュタインの重力場方程式の正しさが検証された事になる。今までのところ、アインシュタインの重力場方程式はそういった検証に対してすべて合格している。
M1とM2の膨大な数の組み合わせについて事前に準備された前述の波形(テンプレート)と観測波形が最もマッチするものを探すわけです。膨大な数のテンプレートとのマッチングを調べないといけませんので、もちろんコンピュータを用いて自動的に判定していきます。
いずれにしても、その様にしてマッチングするテンプレートを探し出して観測されたイベントを生じた連星の質量を決定します。
GW150914イベントについては、太陽の質量の約36倍と29倍の2つのブラックホールが合体して太陽の質量の約62倍のブラックホールが生成される場合の波形テンプレートが最も良くマッチしたのです。
このようにしてGW150914イベントを生じた連星ブラックホールの質量が解りますと、一般相対性理論の計算により、実際に発生する時空の歪みの大きさも計算できます。その歪みが発生源から離れるに従ってどのように減衰していくかも一般相対性理論により予測できますので、地球で実際に観測された空間の歪み量から、重力波の発生源までの距離が判明します。その解析結果から、GW150914は地球から13億光年離れたところで起こったイベントであることが解った。もちろん、この値はEinsteinの重力場方程式(及びそれから導かれる重力波方程式)が正しいと仮定した上での推定値です。
ただし、初期の2台の観測態勢では正確な方向を決めるのは難しかった。LIGOとVirgoの3台の観測態勢が実現されて初めて高精度の方角推定できる様になります。このことについては、3.(4)2.表の(Δθ)2欄を参照されたし。
合体の前と後のブラックホールの質量を比較することで、この合体により太陽の約3倍の質量(または、またはほぼ600万兆兆キログラム=6×1030kg)が重力波エネルギーに変換され、そのほとんどが一瞬にして放出されたことがわかる。
ちなみに、太陽が電磁波として毎秒放射しているエネルギーを質量に換算すると3.87×1026J/c2=4×109kgに相当します。
太陽質量3個分が1秒程度の間にエネルギー波となって放出されたと仮定してこの値と比較すると、太陽の放射エネルギーパワーの1.5×1021倍のパワーとなります。
この値を全宇宙の星の数の見積値(〜1022個程度)と比較すると、GW150914によって放射された重力波のパワーは、観測可能な宇宙の全ての星や銀河による光学パワーにせまる大きさだったことになる。
それだからこそ、13億光年離れた所で生じたイベントが検出できたとも言えます。
このとき注意して欲しいのですが、前述のグラフの下段に書かれている〔ブラックホール間の距離〕や、〔相対速度〕が推移する様子のグラフは、上段の波形グラフから直接求められたものではないと思います。
“マッチド・フィルタリング”で得られた、ブラックホール質量のデータを用いて一般相対性理論で計算された合体過程の計算結果をグラフ化したものでしょう。
詳細は、連星ブラックホール合体からの重力波の観測、 重力波の観測とデータ解析、 重力波の直接検出とデータ解析、 ブラックホールと重力波、など参照されて下さい。
この稿を作るに当たって、下記文献を参考にしました。感謝!
参考文献の追記(2022年6月)