「黒体の総放射(すべての振動数を含む)エネルギーは絶対温度Tの4乗に比例する」という法則。シュテファン(J.Stefan 1839-93)が1879年に実験的に見出し、弟子のボルツマン(Ludwig
Boltzmann 1844-1906)が1884年に熱力学の理論からこれを導いた。この法則により、黒体の単位表面積から単位時間に半空間に放射される放射エネルギーSはS=σT4で与えられる。この比例定数σ=5.67×10-8W/m2・K4をシュテファン‐ボルツマン定数と言う。
ボルツマンは空洞に閉じこめられた輻射場について熱力学的な考察をする極めて巧妙な方法で、この法則を導いたのですが、そのとき必要になるのが輻射場の圧力の概念ですので、これから始めます。
輻射を完全に反射する完全導体の壁で囲まれた空洞が輻射で満たされているとき、輻射が壁に及ぼす圧力pは、空洞内の単位体積当たりの電磁場の持つエネルギー密度uと
の関係で結びつけられる。これは別稿「光の圧力[輻射圧]」で証明したので、ここではその結論を用いる。
以下では真空の部屋の中に置かれたシリンダーを考える。シリンダー壁は輻射を完全に反射するものとする。シリンダー内に摩擦無しに自由に動かせるピストンが挿入されている。ピストン面も輻射を完全に反射するとする。シリンダーの底は固定された黒体の壁からできており、その温度Tは外から自由に調節できるとする。シリンダー内部は真空だが輻射で満たされている。
ピストンは静止し、黒体壁が一定の温度に保たれた一定時間後にはシリンダー内の空間は全ての方向に一様な黒体輻射で満たされていると考えることができる。別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」で証明したように、輻射の輝度Kおよび輻射のエネルギー密度uは平衡時の黒体の温度Tのみに依存し、真空の体積(シリンダーの内容積)V、従ってピストンの位置には依存しない。
ピストンを下に動かすと、輻射は前より小さな空間に圧縮され、ピストンを上に動かすと輻射はより大きな空間に膨張する。同時に、そこの黒体の温度Tも熱浴から熱を取り入れたり外へ取り出すことにより自由に変えられる。そこの温度を一定に保っておくと、ピストンを上げたときには黒体は新しくできた空間が前と同じ輻射密度でみたされるまで、吸収より放出を強く行うだろうし、逆にピストンを下げたときには、黒体は温度Tに対応するはじめの輻射密度にもどるまで余分の輻射を吸収するだろう。以上の過程がゆっくり行われる場合には、真空中の輻射状態は常に熱力学的な平衡状態にあると言って良い。
空洞内部の輻射が外部から受ける影響は、一部は力学的なもの(錘を載せたピストンの変位)であり、一部は熱的なもの(黒体壁表面への輻射の入射、又は黒体壁からシリンダー内への輻射の放出)であるから、この系(シリンダー内の空間)は物質的なものではなくエネルギー的なものであるが熱力学的な考察が可能である。
輻射は有限の速度で伝播するという事実から輻射を含む空洞には一定のエネルギーが存在することを別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」で示した。そのエネルギーをUとすると
である。ここでuは輻射エネルギーの空間密度であるが、「キルヒホフの法則」により底の黒体壁の温度Tのみに依存する。
空洞の体積VがdVだけ増えるとき、系によって外からの圧力に抗してなされる仕事はp・dVである。ここでpはMaxwellの輻射圧を表す。今d’Qを力学的単位で測った無限小の熱量(輻射のエネルギー流量)で、底の黒体からシリンダー内の輻射場へ放出されるものとする。放射は電磁波としてなされるのであるが、黒体壁へ熱浴からの移動は熱伝導の形でなされるので空間への輻射を熱の流入と見なすことができる。いまピストン上の錘と無限小の圧力差でもって黒体壁と輻射場が熱平衡状態を保ちながら準静的・可逆変化で膨張するとしているので、熱力学第一法則より輻射場の内部エネルギーの変化dUは
と、表される。
熱力学第二法則により、d’Qを完全微分にするための積分因子として導入される絶対温度Tを用いると、d’Q/Tは輻射場の状態量であるエントロピーSの増加分dSを表す。このときのTは当然ピストン底の黒体壁の絶対温度と同じものである。この準静的・可逆変化によって熱浴のエントロピーは
だけ減少する。[この当たりの議論は別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」を参照されたし。]
ここで考察している過程は平衡状態を維持した可逆過程であるから、輻射場と外部の黒体壁、熱浴を含めた系に於いてエントロピーの変化は起こらない。つまりこの可逆変化で黒体壁、熱浴のエントロピー減少分だけ輻射場のエントロピーが増加するだけです。その増加分は熱力学第二法則により
と表される。この式のU、p、V、Sは熱輻射場の状態量であり、それぞれ一定の性質を表し、ある瞬間の輻射場の状態によって完全に決められる。従ってTも輻射場の一定の性質(温度)を表す。すなわち、空洞内の黒体輻射は一定の温度Tをもち、この温度は輻射と熱平衡にある物体の温度です。
このとき輻射場には物質は存在しないので本来温度なるものは定義できないのですが、別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(6)3.で証明したように、輻射場と物質が熱平衡状態にあるとき輻射場の輻射輝度K(あるいはRν)は周囲の物体の温度Tのみできまった。そのため熱力学的平衡にある周囲の物体の温度によって真空(輻射場)の温度を定義することにする。今後輻射場の温度という場合常にそういう意味である。
やがてプランクにより黒体輻射の分布則が導かれるのであるが、周りの物体の温度Tと黒体輻射のエネルギー分布との関係が確立した暁には、黒体輻射の分布とその強度のみから輻射場の温度を定義できることになる。
ちょうど気体分子運動論が確立した後に、理想気体の温度が気体のエネルギー(気体分子1個が持つ平均運動エネルギー)から温度が定義できるように。
ちなみに、宇宙に満ちている背景輻射の温度(現在の値=2.725±0.001 K)はまさにそうやって決められた。
前節最後の式から輻射場の状態(従ってそのエントロピー)は二つの独立変数によって決められる。例えば、その二つの独立変数をVとTとすると、他の量U、p、S等はこの二つの量から決めることができる。
dSが完全微分であることの必要十分条件より
が導かれる。
aは温度によらない定数で、次節2.(3)で示すように a=7.56×10-16J/m3・K4 という値です。輻射場のエネルギー密度uが絶対温度Tの4乗に比例することをボルツマンの法則という。
上記の証明は、文献2.に載っているPlanckの証明です。さすが熱力学の大家によるもので極めて明快です。
[補足説明1]
シュテファン・ボルツマンの法則を学ぶとき最も解りにくいところは、「物質のない真空の輻射場になぜ温度が導入できるのか?」という所です。
[これは簡単に言えば、統計力学に於いて、分子運動論の結論を熱力学の状態方程式に対応させることから、気体分子の運動エネルギーで理想気体の温度が定義できたのと同じです。絶対温度が定義できている黒体壁とのエネルギー交換を通じて、輻射場のエネルギー密度によって輻射場の温度が定義できるということです。]
輻射場を熱力学の体系に取り込むときに、この輻射場と外界(シリンダーと黒体壁・熱浴)を含めた系に対して、黒体壁表面からの電磁波の放射と吸収を熱の移動と見なす。
[黒体表面からの電磁波の放射と吸収を熱の移動とみなして熱力学を適応した所にボルツマンの卓見があります。もちろん直接接触していない物体間で熱が放射により伝わる
(熱輻射) ことは古くから知られていた 《ちなみに、赤外線とその熱作用を発見したのは天文学者のウィリアム・ハーシェル(1800年)です。この事はPais(p79〜80)を参照》 ことではありますが、これを真空の輻射場と物体との間の熱の移動と見なしたのはボルツマンが最初です。]
そして、その熱の移動[輻射の放出・吸収]に対して熱力学第二法則が満足されている(つまり熱は必ず高温から低温にしか移動できない→輻射と黒体が熱平衡にあるときは両者の温度は等しい)として、輻射場に絶対温度TとエントロピーSを導入するのです。
[絶対温度Tはもともと熱力学第二法則に基づいて[ケルビンによって]導入されたものであったことを思い出して下さい。それを積分因子と見なせばよいとしてエントロピーSを導入したのは、後から気付いたことです。そのことに最初に気付いたのは クラウジウス(R.Clausius) です。そして、絶対温度が積分因子であることを、明確に理解し、その事を理論展開の中心に据えて熱力学を展開したのは
プランク(Max.Planck) です。絶対温度Tが積分因子であると言うことの意味は非常に解りにくい所ですが、より良く理解されたい方は別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」7.(4)まとめをお読み下さい。]
黒体表面から輻射場へ放射(あるいは逆に吸収)される輻射のエネルギー流量は、熱の移動量が状態量となり得なかったのと同様に、状態量ではありません。しかし積分因子Tを導入することにより、その移動の結果生じる輻射場の状態変化に対してエントロピーという状態量を定義できるのです。
輻射場の絶対温度Tはまさにこのようにして状態量Sを導入するための積分因子に他なりません。上記の式変形を見れば明らかなようにエントロピーSが状態量だからこそ、状態量であることの数学的必要十分条件から、輻射場のエネルギー密度uと絶対温度Tとを結びつける関係式が導けたのです。
このことに付いては別稿「Clausiusの熱力学第1論文(1850年)」の3.(5)2.[補足説明2]と、3.(6)を是非ご覧下さい。
エントロピー変分の完全微分性を用いるのと同じことですが、カルノーサイクルを用いて証明してみます。必要な前提は
の三つです。
[証明]
空洞輻射場に対して以下のような熱力学サイクル(カルノーサイクル)を考える。
空洞が状態1にあって熱平衡にあるとする。1という状態の温度Tout、体積V1、エネルギー密度u1とする。この完全反射壁で囲まれた空洞を熱浴から切り離して(つまり黒体面を完全反射板でふたをする)、断熱的に徐々に圧縮してエネルギー密度がu2になるまで圧縮を続ける。この状態を2とする。そのときの体積をV2、温度Tin、エネルギー密度u2とする。
次に、状態2の空洞のふたを開けて温度Tinの熱浴(黒体面)に接触させて、体積V3になるまで等温的に膨張させる。このとき空洞に流入する熱量(輻射)をQinとする。この状態3におけるエネルギー密度はキルヒホッフの法則によりu2のままである。
つぎに再びふたによって空洞を熱浴(黒体面)から切り離して、最初のエネルギー密度u1になるまで断熱的に膨張させる。その状態を4とする。そのときの体積はV4とする。そのときの温度はキルヒホッフの法則により、最初の温度Toutに一致する。
そして再び熱浴(黒体面)に接触させて等温的に状態1の体積V1まで圧縮してサイクルを完了する。このとき外部へ流出する熱量をQoutとする。
[断熱変化 1→2]
断熱的な体積変化に伴う輻射のエネルギー密度の変化は外部からなされた仕事に等しい。輻射場の圧力公式を用いると
状態1でu=u1、V=V1より積分定数を定めるとC=u1V14/3だから
となる。
[等温変化 2→3]
この過程で流入する熱量Qinは一部は空洞が膨張するときに外部に対してなされる仕事p(V3−V2)に、一部は空洞のエネルギーの増加u2(V3−V2)によってまかなわれる。そのとき、温度一定のもとでの変化だから、キルヒホッフの法則より輻射のエネルギー密度は一定値(=u2)が保たれる。
[断熱変化 3→4]
断熱的1→2と同様な考察により
となる。
[等温変化 4→1]
この過程で流出する熱量Qoutは一部は空洞が収縮するときに外部からなされる仕事p(V1−V4)により、一部は空洞のエネルギーの減少u1(V1−V4)によってまかなわれる。等温変化2→3と全く同様にして
となる。
以上4っの過程から得られた関係式をカルノーの原理に代入すると
となる。これが任意のV1、V3について成立するためには
が成り立たねばならない。
[証明終わり]
[補足説明1]
これは朝永振一郎著「量子力学T(第2版)」みすず書房(1969年刊)§5(B)で説明されているものです。あるいは、久保亮五偏「大学演習 熱学・統計力学」裳華房(1969年刊)1章演習問題[B][20]の解答を逆に解けば得られるものです。
熱力学第2法則をもう少し前面に出した形で証明すると以下の様になります。
[別証明]
上記の熱力学サイクル(カルノーサイクル)を利用する。この熱力学サイクルを1サイクル行ったとき、その過程で生じる変化はすべて準静的・可逆的過程です。そしてシリンダー内部の状況はサイクル開始前と全く同じ状態に復帰します。
そのとき、“熱力学第2法則”は、基準状態 0 から準静的・可逆的変化で移行しうるすべての状態 a
に対して
で表される状態量(エントロピー)が存在することを示している。
そのとき、上記の様な熱力学サイクル(カルノーサイクル)を1周してもとの状態に復帰したときには、サイクル内のエントロピー値はもとの値に戻らなければならないので、上記のSが状態量でなければ成らないということは
が成り立つことを示していると言っても良い。このとき○を記した積分記号は閉じた径路に付いて1周する径路積分を意味する。
ここでは、(C)式を用いて証明する。すなわち
が成り立つ。
このとき、断熱変化 1→2 において、断熱的な体積変化に伴う輻射のエネルギー密度の変化は外部からなされた仕事に等しい。そのため、輻射場の圧力公式を用いると
全く同様なな考察により、断熱変化 3→4 においても同様な関係
が得られる。
これらの関係式を先ほどの式に代入すると
[別証明終わり]
[補足説明2]
上記の証明で用いた、(A)式、(B)式、(C)式、のいずれもが“熱力学第2法則”の解析的表現であることがお解りですか?ここが熱力学で最も重要な所であり、最も解りにくい所ですので、くどいようですがそこの所をもう一度説明しておきます。
別稿「Clausiusの1850年論文」3.(1)でClausiusが証明したように、熱力学第2法則はカルノーの原理と等価です。カルノーの原理とは、そこで言う
が成り立つ事でした。もっと現代的に言うと別稿「絶対温度とは何か」6.(1)3.あるいは、そこの6.(1)3.[補足説明2]で説明する様なものです。
そのとき、カルノーの原理の説明文の中に出てくる温度という物理量をどの様に定義するかですが、このカルノーの原理を用いて逆に絶対温度という物理量を定義するしか無かったのです。だからこのカルノーの原理は絶対温度を定義する式だと言っても良い。
所が、絶対温度をその様に定義すると、6.(1)3.[補足説明2]を振り返られると解るように、先ほど証明の出発点とした(A)式が成り立つのでした。そして(A)式が成り立てば別稿「絶対温度とは何か」6.(3)で証明したように、d’Q/Tの径路積分値が状態量になる事が言えます。そのため(B)式と(C)式が成り立ちますので、Sが状態量であると言うことを示している(B)式、(C)式が熱力学第2法則の別表現であると言えるのです。
つまり、【《絶対温度》を定義して、しかも更に《エントロピーと言う状態量》を定義することが、熱力学第2法則の解析的な表現に他ならない】のです。
[補足説明3]
以上、シュテファン・ボルツマンの法則の証明として、Planckの証明法2.(2)2.とカルノーの原理による証明法2.(2)3.の二通りを紹介しましたが、ボルツマンのオリジナルな証明法(こちらで紹介)はどちらかというと後者の証明法に近いものです。いずれにしましても、「熱力学」を用いて証明されています。
この法則を最初に習うとき、おそらく面食らわれた方も多いのではないかと推察します。私がそうでした。なぜなら、輻射場のエネルギーは光(電磁波)のエネルギーを取り扱うものですが、なぜ絶対温度が関係してくるのか良く解らなかったのです。電磁場の議論に絶対温度が絡んでくるのがとても不思議でした。その疑問の解答が以下です。
別稿でも説明しているように、【「熱力学」と言う学問分野は《温度》という物理量と《エントロピー》と言う物理量を導入することと等価です】そして、、「熱力学」は、《温度》と《エントロピー》という全く新しい次元をもつ物理量の存在を発見することができなければ説明できない現象・領域を取り扱う学問なのです。
黒体輻射の現象は2.(2)2.[補足説明1]で説明したように、熱輻射場は温度の定義できる黒体に取り囲まれており、輻射場はその黒体と互いにエネルギーのやり取りをして平衡状態を達成しています。だから、光(電磁場)の集合体である熱輻射場に温度が定義できるのです。温度が定義できれば、エントロピーという状態量も定義できます。ならば熱輻射場も「熱力学」で取り扱える現象・領域と言うことになります。
まさに、ボルツマンは“熱輻射場”は「熱力学」の守備範囲の領域である事を発見したのです。それ故、シュテファン・ボルツマンの法則を「熱力学」によって証明することができたのです。H. A. Lorentz はボルツマンのこの証明を“理論物理学の真の真珠”と言って讃えたのですが、宜なるかなです。
別稿で説明しますが、“Planckの熱輻射法則”も「熱力学(それと統計力学)」を用いて証明されたのです。
このため輻射の全エネルギーは
となる。
別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(2)で求めた輻射のエネルギー密度uと輻射の輝度Kの関係を用いると、輻射輝度は
となる。
更に黒体輻射の圧力pは、別稿「光の圧力[輻射圧]」で証明した関係式を用いると
となる。
以上の結論と別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(1)で求めた式
を用いると、温度Tの黒体の面要素dσからdt時間に真空の半空間のあらゆる方向に放射される全放射エネルギーSは
となる。ここでSは絶対温度TK(ケルビン)の黒体表面の1m2から1秒間に真空中に放射される全エネルギーを意味する。輻射場のエントロピーSやポインティングベクトルSと同じ記号を用いていますが、これらと混同しないで下さい。
黒体から放出される輻射の強さSが絶対温度Tの4乗に比例するという事は、最初 Josef Stefan によってかなり粗い測定によって実験的[Wien. Ber. 79, p391, 1879年]に見いだされた。後に Ludwig Boltzmann が上に述べたように熱力学的な基礎の上にMaxwellの輻射圧を適用して理論的に導いた[参考文献1. Wied.
Ann. 22, p291, 1884年]。そのため、上記の式を シュテファン・ボルツマンの法則 といい、比例定数σをシュテファン・ボルツマン定数と言う。
その後、O. Lummer と E. Pringsheim が、100℃と1300℃に於ける輻射強度の精密測定によりT4則が正確に成り立つことを確かめた[Wied. Ann. 63, p395, 1897年、Drudes Ann. 3, p159, 1900年]。
シュテファン・ボルツマン定数 σ は F.Kurlbaum の測定値[Wied. Ann. 65, p746, 1898年]を用いて求めることができる。Kurlbaum は100℃=373Kの黒体放射強度S373と0℃=273Kの黒体放射強度S273の差が7.31×102W/m2であることを測定した。これから
となる。今日のより精密な測定によると σ=5.67×10-8W/m2・K4 である。
今後はこの値を用いることにすると前出の比例定数 a は
となる。
[補足説明1]
比例定数σやaの単位にK4と言う温度の次元が関係してくることに注意して下さい。《温度》は、今までに導入されていた《時間》、《長さ》、《質量》、《電気量》などとは全く異なる新しい次元の物理量だから、比例定数の単位で調整しておかねばなりません。
さらに補足しますと、これらの定数は、実際に絶対温度が測定できる黒体の温度Tと、その黒体と平衡状態にある熱輻射場のエネルギー密度uを測定して定めなければ成りません。天下り的に何かの理論に従って導ける様なものでは無いことに注意して下さい。
[補足説明2]
Pogg. Ann. とはJ. C. Poggendorff が編集長だった時代(1827〜1876年)の Annalen der Physik
und Chemie、
Wied. Ann. とはG. H. Wiedemann が編集長だった時代(1877〜1899年)の Annalen der Physik
und Chemie、
Drudes Ann. とはP. K. L. Drudeが編集長だった時代(1900〜1906年)の Annalen der Physik
のことです。
これらの雑誌に掲載された論文は下記URLに行って検索すると全文を見ることができます。
http://de.wikisource.org/wiki/Annalen_der_Physik
[補足説明3]
上で求めた比例定数 a の値を用いると前記の状態方程式p=(1/3)aT4を用いて輻射場の圧力を計算できます。
温度が103K程度以下では輻射場の圧力は非常に小さいが、星の内部の様に高温度になると輻射圧は極めて大きくなる。実際、星の内部ではT〜107K程度になり、この温度では輻射圧は p〜1012Pa〜107気圧 に達する。
輻射法則を学ぶとき、最も解りにくいのは[輻射場のエネルギー密度u]、[輻射の輝度K]、[輻射の全放射エネルギーS]の間の関係、さらにそれらと[プランクの輻射公式]との関係です。
ここで、絶対温度5800Kの黒体と見なせる太陽を例にとってそれらの関係を説明します。
別稿「温室効果と地球温暖化」1.で説明したように、“プランクの輻射公式”によると、絶対温度5800Kの黒体と輻射平衡にある輻射場[あるいは温度が5800Kの内壁で囲まれた空洞内の輻射場]のエネルギー密度の分布ρλ[本稿のuλ]と、そのλについての積分値であるエネルギー密度ρ[本稿のu]は以下のようなグラフで表せます。本稿ではρλの事をuλと書き表していることに注意して下さい。
ここで c=光速=3.0×108m/s、 h=プランク定数=6.63×10-34J・s、 kB=ボルツマン定数=1.38066×10-23J/K です。
上記の u=0.86[J/m3] は“プランクの輻射公式”によって求めたのですが、もちろん“シュテファン・ボルツマンの法則”に(3)節で求めた a=7.56×10-16J/m3・K4 の値を適用しても求まります。実際、
となります。
上記グラフの縦軸の表示のEλはuやKと
の関係にあります。ここのuやKは前節(3)で説明したものです。
このとき、本によっては、uλではなくてKλを縦軸にした
の形の分布則をプランクの輻射公式としているものもありますので注意して下さい。
このuとKの関係は別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(2)ですでに説明しております。係数4π/cが出てくる理由は解りにくいところですが、そこの説明で確認して下さい。平衡状態にある輻射場のエネルギー密度というのは、あらゆる方向に進む輻射が交差している単位体積中の中に各瞬間に存在するエネルギーのことです。光は速度cで進みながらエネルギーを運んでいるので、あらゆる方向の光が運んでいるエネルギーがある体積中で交差していると考えたときのuがKから計算できるのでした。そのときKはある一つの方向に進んでいる光の強さ[輝度]の事です。つまり光の進行方向に垂直な単位面積を単位時間に通過する光のエネルギーの事です。
ここで特に注意して欲しいことは平衡状態にある輻射場では光の輝度Kはあらゆる方向で等しいと仮定できることです。
シュテファン・ボルツマンの法則で言うところの[全放射エネルギーS]と上記の[輻射輝度K]や[輻射エネルギー密度u]との関係を太陽の例で示すと下記の様になります。
[輻射エネルギー密度u] と [全放射エネルギーS] の関係は解りにくいところですからこの図を良く吟味して下さい。
ここで太陽と地球の距離が1.5×1011[m]であることを利用すると、上記の[太陽が1秒間に放射する全エネルギー量]と[地球軌道上で太陽光線に垂直な単位面積を単位時間に通過する太陽輻射エネルギー=太陽定数1.37×103J/m2s]は
のように関係ずけられる。これで絶対温度5800Kの黒体放射のエネルギー密度uからまさしく太陽定数が導き出されたことになる。
太陽表面の単位面積当たりを出る全輻射エネルギーは半球状の立体角2πに関係したものであったのに、太陽定数は平面を直角に横切る一方向のエネルギー流です。この両者の関係は解りにくいところですので上記の計算過程を十分吟味されて下さい。太陽定数の光線の中には太陽の[地球側]半球面全体からの光線が含まれているのですが、太陽は遠くにあるので一方向のエネルギー流と見なせるのです。
[補足説明1]
地球の位置で太陽光線に垂直な単位面積を通過する太陽輻射エネルギー流である太陽定数は地球上に住む生物に取ってとても重要な値です。また、太陽エネルギーの原因や、地球の気象への影響を考える上でも基本的な値ですから早くから天文学者、物理学者が関心を持っており古くから繰り返し測定されていました[ダンネマン「大自然科学史」三省堂、斉田博「星を近づけた人びと(下)」地人書館、等を参照]。
だから、“シュテファンボルツマンの法則”が発見され、その 比例定数σ が測定されれたとき、直ちに太陽表面温度の見積もりが行われた。
上記の説明を逆にたどれば太陽定数から太陽表面の単位面積当たりの全輻射エネルギーSが求まります。Sが求まればシュテファン・ボルツマンの法則S=σT4をTについて解けば太陽表面温度が決定できます。その様にして決定された太陽表面温度のことを天文学では『有効温度』と呼んでいます。
この時代には、黒体輻射の放射輝度の波長分布の様子は解明されていなかったのですが、後の1900年にマックス・プランクが正しい輻射分布則を発見します(別稿「プランクの熱輻射法則(1900年)」参照)。そうすると太陽光線の輻射強度の波長分布と比較することでも太陽表面温度を決定することができるようになります。その様なやり方で定めたものは『色温度』と呼ばれています。
今日、有効温度と色温度はほぼ同じ値を与えることが解っています。
高校で地学を選択すると、太陽定数を測定する生徒実験をします。それに用いる装置は下図の様なものです。実験の具体的な手順はこちらを参照。
生徒実験の予習で私が測定した値は下記のようになりました。これは、容器に72mlの水を入れて、9月21日の9時20分から10分間の水温上昇を測定したものです。このとき太陽高度は40度でした。
このデータから水が得た熱量を計算して、地上における太陽定数を求めると
となりました。別稿「温室効果と地球温暖化」4.で説明したように太陽光線は大気で反射・散乱・吸収されるため地上に届くのは約半分程度になります。そのことを考慮すると、こんな簡単な実験で上記の値が得られることは驚くべき事です。
この値は大気圏外で測定した正しい値1370W/m2の約半分ですが、シュテファン・ボルツマンの法則はTの4乗に関係するので絶対温度での誤差は小さくなります。ちなみに、これから計算した太陽面温度は約5000Kとなり結構それなりの値が得られます。
この当たりを学んでからは、何気ない日常生活の中で、日陰から日向に出たときに感じる太陽の強烈な輻射エネルギーに感動するようになりました。これだけ強烈なエネルギーが地球に届いているのだと思うと、我々の地球の軌道半径がハビタブルゾーン(habitable zone:生命居住可能領域)の中に収まっている幸運に改めて感謝する気持ちになります。
この当たりの具体的な見積もり計算はこちらをご覧ください。
ここまでの議論では輻射場の圧力は完全反射する完全導体のピストンに働く力として議論されてきた。また別稿「光の圧力[輻射圧]」で証明した輻射エネルギーと圧力の関係も完全導体に働く圧力として計算したものであった。
このとき、ここでの熱力学的な考察を利用すると、輻射場の圧力は完全導体ではなくて任意の壁[例えば黒体壁]に対しても同様な関係式で与えられるべきであることが言える。
今まではシリンダーは固定されており、ピストンだけが動きうるとしていたが、これからはシリンダー壁と黒い底(熱浴も含む)とシリンダー壁にはめ込まれたピストンとその力学的な作用を受け取る機構も含めた容器全体が空間を自由に動けるものとする。この容器全体については外から何ら力が働かないので全体としてニュートンの運動方程式に従ってずっと静止しつづけねばならない。もし何らかの形で動き始めれば第一種の永久機関を作ることができ、熱力学の第一法則に矛盾することになる。そのためピストンに働く圧力と底の黒体壁に働く力が全く同じで反対方向を向いており作用反作用の法則に乗っ取って互いに打ち消し合っている。この事は完全導体であるピストンに働く圧力と黒体壁に働く圧力が全く等しい事を意味する。シリンダーの底を黒体以外の任意の反射状態を示す物体に置き換えても全く同様であるから一般的な法則として、行き交う輻射の圧力は輻射場の性質のみに依存して、それを取り囲む物質の性質には依存しないと言うことができる。
要するに輻射場の壁に対する圧力は[完全に反射する面]、[一部を反射し一部を吸収する面]、[完全に吸収する黒い面]のいずれにも同じように働くと言うことです。これは、[完全に反射する面]では光の反射に伴う運動量の変化に対する反動として、[完全に黒い面]では光の反射は無いが黒体が放射する光の圧力として、[一部を反射し一部を吸収する面]では光の反射と輻射の両方の効果として、結局どの場合にも同じ圧力が働く事を意味する。
別稿「光の圧力[輻射圧]」で証明した輻射場の圧力は完全導体に対するものでしたが、どの様な壁に対しても同様な圧力が働くのです。このことが、これらの圧力が物体壁に対してのみならず輻射場そのものが持つものであると考えて良い理由です。
黒体輻射のエントロピーS は“全微分方程式”
の積分によって求めることができる。
だから、積分値は
となる。
故に黒体輻射のエントロピー空間密度sは
となる。
黒体輻射の[エネルギー密度u]、[エントロピー密度s]、[圧力p]が 絶対温度T だけで完全に定まることは注目に値する。
2.(1)で述べた熱力学系のピストンを移動させて輻射場の状態を変化させたとき、底の黒体の温度が熱浴からの熱の供給によって一定に保たれるのならば、この過程は等温的である。そのときピストンの移動を極めてゆっくりと行えばこの過程は準静的・可逆変化であるといえる。
このとき、輻射場のエネルギー密度uやエントロピー密度sは温度Tだけの関数だから、このような等温・可逆過程では温度Tと同様に、エネルギー密度u、エントロピー密度s、輻射圧pも一定に保たれる。そのため輻射場の全エネルギーはU=uVからU’=uV’に、エントロピーはS=sVからS’=sV’に、体積に比例して増加する。そのとき熱浴から供給される熱量(輻射エネルギー流として供給される)としては
を温度T=一定の条件で積分すればよい。d’Qは全微分ではないので、その積分値は当然積分経路によって変化するが、今は等温変化の経路に沿って積分する。等温変化で流入する熱量は
となる。
このとき、外から供給される熱量は輻射エネルギーの増加量(U’−U)より(1/3)(U’−U)だけ上回ることが解る。この過剰の流入熱は輻射の体積増加に伴って外に対してする仕事についやされたのです。実際その様になっている。
[補足説明1]
高校物理で習うように、理想気体の場合には温度一定で体積が膨張する場合、膨張するにつれて圧力は下がっていき、そのとき外に対してする仕事を補うだけの熱の流入は生じるが、気体の持つ全エネルギーは不変に保たれることを思いだされたし。
一方、輻射場では温度一定で体積が膨張すると、外に対してする仕事分のエネルギー以上に熱(輻射エネルギー)が流入して輻射場の全エネルギーは増大するのです。
今度はピストンとシリンダーの内壁面ばかりでなく底も輻射を完全に反射する(完全に白い)ものと仮定する。別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」2.[補足説明1]で説明したように、完全に反射する面は輻射を放射することも無ければ吸収することもない。そのため、輻射空間の圧縮や膨張に際して輻射場に出入りする熱はQ=0(壁が光を放射や吸収しない)で、断熱的な過程となる。輻射場のエネルギーは外への仕事の量pdVだけ変化する。
ここで有限の断熱過程で輻射があらゆる瞬間に黒体輻射の特性を持つと言うことを確実にするために、真空の空洞内に炭の小片があると仮定する。この小片は、どんな種類(振動数)の輻射線に対してもゼロ以外の吸収能を持つとみなされ、空洞内の輻射の安定な平衡を確立するためにのみ用いられる。小片の持つ熱は輻射エネルギーUに比較して非常に小さいと仮定できるので、その温度がかなり変化してもそれに必要な熱の供給は無視できる。また小片の体積、エネルギー、エントロピーは無視できるが、輻射は空洞内に於かれた炭の小片の温度を持つと言える。
可逆断熱変化の場合には d’Q=0 だから
によって系のエントロピーは一定に保たれる。そのため2.(6)で求めたエントロピーの表現式を用いると
が得られる。すなわち断熱可逆過程では輻射場の温度・輻射圧・体積は上式に従って変化する。
この場合輻射のエネルギーUは
に従って変化する。
例えば断熱圧縮されると、エネルギーUは体積の減少にもかかわらず絶対温度に比例(あるいは体積の立方根に逆比例)して増大する。つまり圧縮のために加えられた仕事分だけ増大する。
[補足説明1]
理想気体の断熱変化の関係式との違いに注意されたし。単原子気体の場合
であるから、上式に対応する理想気体の断熱変化の関係式は
となる。
これらと比較すれば、輻射場の断熱変化の関係式は理想気体の比熱の比Cp/Cv=γ=4/3とおいた場合と同じであることが解る。
[補足説明2]
現在の宇宙を満たしている放射は2.8Kである。宇宙の膨張を断熱過程と見なすことができれば
により、宇宙の体積が小さかったときの温度を計算することができる。
[星が核融合反応の不可逆過程で放出する放射によりエントロピーが生み出されて、宇宙の進化の過程で全エントロピーは増加するが、この不可逆過程によるエントロピー増加は小さいと見なせるようです。]
[補足説明3]
ここで説明した完全に反射する面で囲まれたシリンダー内の輻射場の準静的・可逆断熱変化に於いて、輻射場が常に黒体輻射の状態を維持するように炭の小片を入れたが、実は炭の小片を入れなくても断熱可逆変化の場合には輻射が常に黒体輻射で有り続けることが熱力学的に証明できる。その証明は別稿「ウィーンの変位則」2.で行うのでここでは省略する。
非可逆過程の簡単な例を考察する。周りを完全反射壁で囲まれた体積Vの空洞が黒体輻射で一様に満たされているとする。この空洞の壁に小さな穴を開け、そこを通って輻射が別の同じように完全に反射する固定壁で囲まれた真空の空洞に漏れ出る様にしておく。この場合も変化の途中および最終的に黒体放射の条件が満たされるように炭の小片を空洞内部に入れておくとする。
輻射は途中では不規則な性質を持つだろうが、ある時間の後には定常的な輻射状態が出現し、二つの連結した空間の体積V’を一様に満たす。
この過程では外界と仕事も熱(輻射)もやりとりされる事はないので熱力学第一法則から輻射場の内部エネルギーUは保存される。最終的な内部エネルギーをU’とするとU=U’が成り立つ。そのため
となる。V’>Vであるから、この非可逆過程によって輻射場の温度は低下する。
このとき外部に何の変化も起こすことなく生じた非可逆変化だから、熱力学第二法則により輻射場のエントロピーは増大しているはずである。実際
となるので、その様になっている。
[補足説明1]
高校物理で習うように、理想気体系の拡散による上記と類似の非可逆変化では、外界に対して仕事もせず熱の移動も無いので内部エネルギーは変化しなかった。理想気体の内部エネルギーは温度のみに関係したので理想気体系の拡散による類似の非可逆変化では温度変化は無かったことを思い出されたし。
[補足説明2]
ここで説明したような、完全に反射する固定壁で囲まれた容器内で起こる輻射場の非可逆変化に於いて、その内部に炭の小片を入れていない場合に輻射場が常に黒体輻射の状態を維持できるのであろうか?その当たりについては別稿「ウィーンの変位則」6.(5)5.で説明するので、ここでの議論は省略する。
結論だけ言えば、物体の小片を入れておかなければ非可逆変化に於いては黒体輻射を維持できない。そのため最終状態の輻射場に対して温度を定めることはできない。
“シュテファン・ボルツマンの法則”は有名ですが、それを導いたボルツマンの手順を解りやすく説明している本は少ない。H. A. Lorentz は、Boltzmannの記念講演[Verh, d. Deutschen Physikal. Gesellschaft 1907年]の中でこの法則を“理論物理学の真の真珠”と言って讃えたそうですが、熱力学でこの法則がなぜ導けるのかを知りたくてこのページを作りました。このページの大半は文献2.に依存しており、ほぼそのままの内容です。