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二次元・非圧縮性・完全流体の力学(ラグランジュの渦定理とは何か)

 話を簡単にするために、流体はz方向には一様でx、y平面上でのみ変化する二次元の流体運動を議論する。そのとき流量や運動を支配する力を取り扱うときは、すべてz方向に単位の厚さを持つ流体の部分について考える。二次元流を考えるのは微分方程式の意味が三次元の場合よりも圧倒的に理解しやすいからです。
 さらに、本文中で述べる流線関数Ψ速度ポテンシャルΦの値ををz軸方向に取るとxy平面上での流れの様子を、ΨやΦの曲面の等高線をxy平面上へ射影した曲線を用いて図的・視覚的に解りやすく表現できるからです。
 そしてなにより、現実の流れにおいて二次元の取り扱いで十分その本質を説明できる重要な問題(「カルマン渦列」「二次元翼理論」「二次元表面波」など)がたくさんあるからです。

 また非圧縮性流体を取り扱うのは圧縮性を考慮すると極めて難しく成るからです。水の様な液体の場合は非圧縮性の取り扱いでほぼ間違いないし、気体状流体についても音速よりもはるかに遅い流れにおいては非圧縮性流体の取り扱いで十分議論できるからです。

 内部摩擦(粘性)の無い完全流体とするのは粘性流体の数学的取り扱いが極めて困難なことと、現実の問題で粘性が顕著に表れる物体の後流や物体表面の境界層の近くを除いて粘性がない流体の取り扱いで多くの問題が議論できるからです。
 また渦や境界層の様な粘性が絡む状況を切り離して別に扱うやり方で粘性が絡む重要な流体現象を考察できるからです。

1.流体に着目するか、空間に着目するか

 流体の様に連続的に連らなり分布する物体の力学を論じるときには、二つのやり方がある。
 一つは流体の実質部分に着目して、その実質部分の位置の変化や速度・加速度の変化を追跡して各々の実質部分の歴史を調べるやり方[ラグランジュ形式]
 もう一つは空間に固定した微少体積空間を通過していく流体の速度・加速度を調べて、それらの量の空間的分布や時間的変化を調べるやり方[オイラー形式]である。
 流体力学を学ぶときに最も困惑するのがこの二種類のやり方の違いに伴う数学表現の混乱ですので、まず最初にこの違いを説明します。最近の本はラグランジュ形式の説明を省いているものが多いのですが、両者を学んで初めて流体力学のやり方が良く理解できます。

)ラグランジェ形式

 ラグランジェ形式(1788年「解析力学」)流体を粒子の集まりとみなし、各粒子が時間とともにどう動いていくかを調べる方法です。今時刻t=0に座標(a,b)の点にあった流体粒子が時刻tに占める位置を(x,y)とすれば、x,yはa,b,tの関数になる。

この関数形f1,f2が知れれば、流体の運動は完全に解る。(a,b)を一定に保ち上式をtについて偏微分すれば時刻tにおける流体粒子の速度と加速度が求まる。

.連続の方程式

 連続の方程式質量保存則の別表現である。今時刻t=0に於いて四角形(厚さは単位長)ABCDの中に存在する質量が時刻t=Δtに於いてどのような状況で存在するかと言うと、流体が移動することによる変形した四辺形A'B'C'D'の中に存在すると考えて良いであろう。この変形の意味は3.(1)で詳しく考察する。

このとき次の関係が成り立つ

となる。
 ところで、この平行四辺形(単位の厚さ)に含まれる流体の質量は、流体の密度をρとすると上記の式のρ倍であるが、これはもとの長方形に含まれていた質量ρ0ΔaΔbと等しくなければならないので

となる。これがラグランジュの連続の方程式です。非圧縮性流体の場合は常にρ=ρ0が成り立つので

となる。

[補足説明]
 上記左側の表現は、右側の表現(関数行列式[ヤコビアン])で表される事も多い。更にこれらは三次元に拡張されます。このあたりは解りにくいところですが参考文献1、2、3、8、9などを御覧下さい。

 

.運動方程式

 今は粘性のない完全流体を考えているので境界面を通して流体に働く力は境界面に垂直な圧力のみが存在すると考えればよい。そのため下図の様に時刻tにおいて座標(x,y)に存在する流体の微少部分ΔxΔyに含まれる質量要素ρΔxΔyに対して成り立つ運動方程式は

となる。ここでρは流体の密度、(X,Y)は流体の体積部分に働く力[例えば重力の様なもの]とする。ここは普通、微分積分学における大定理であるガウスの定理(グリーンの定理)を使って導きますが、ここの説明の内容と同じ事です。

補足説明1
 ここでd2/dt2ではなくて∂2/∂t2としているのは独立変数aやbに対する微分ではなくて(a,b)を一定に保った上での時間微分という意味だからです。つまり今は時刻t=0に(x,y)=(a,b)にいた流体要素に特定して議論しているということです。
 ラグランジュ形式の表示において加速度が質点系力学の運動法則のようにd2x/dt2とならないで偏微分になるのは、質点系と違って流体が広がりを持った分布をしているために、その流れの様子を表すためには t 以外に変数(a,b)を導入する必要があるからです

 これが流体の実質部分の運動方程式ですが、ラグランジュの方法では、(a,b,t)を独立変数とするから、それらを独立変数とする微分係数で表し直すと

すなわち

となる。これが完全流体ラグランジュの運動方程式です。これが物理的に何を意味するのか理解するのは容易でないが、後でラグランジュの渦定理を導くとき[3.(3)1.参照]に利用します。
 この中に含まれる独立変数はa,b,tで未知量はx,y,p,ρの四つですが、方程式の数は二つですから、問題を完全に解くにはさらに二つの式が必要です。その内の一つが1.(1)1.で導いた連続の方程式であり、もう一つがρ=f(p)で表される流体の状態方程式です。

補足説明2
 後で利用するために上式をさらに変形する。
 以下の議論は完全流体(粘性が働かない)で、しかも状態方程式がρ=f(p)で与えられる流体[バロトロピー流体]で、かつ流体の体積要素に働く力が保存力(つまりポテンシャル曲面の勾配で表される)である場合についてのものです。
 バロトロピー流体とは密度が圧力のみの関数で、等圧面と等密度面が交差しないで平行になる流体(barotropic[順圧の]fluid)の事ですが、後でもう少し説明します[1.(1)3.参照]。

 バロトロピー流体に対して以下の様に定義される圧力関数P(p)=P(a,b,t)を導入して、圧力項を一つの偏微分に集約することができる。

このような条件を課したのは、圧力項を次に述べる体積力の項と一緒にして一つにまとめるためです。
 体積要素に働く外力がポテンシャルU(a,b,t)から導かれる保存力の場合[重力はこの条件を満足する]には

となる。このとき、加速度成分は

と表されるので、P(a,b,t)+U(a,b,t)=Q(a,b,t)と置くと前記の運動方程式は

となり、力の成分が一つのポテンシャルQの偏微分項に集約された形で表される。このように集約できる場合にはラグランジュの渦定理が成り立つことが証明できる[3.(2)1.参照]。

 

.バロトロピー流体

 前述のバロトロピー流体の補足説明です。一般に流体の状態方程式は密度、圧力、温度の関数でρ=f(p、T)と表されるが、特にρ=f(p)と表される場合をバロトロピックと言う。以下の様な状況は何れもバロトロピックな流体と見なせる。

1.液体(非圧縮性流体)の場合
 非圧縮性流体の場合には常にρ=一定として良いのでバロトロピー流体と見なせる。このとき

と置いて圧力のスケールを1/ρ倍したものを圧力関数Pとすればよい。
 もちろん今は完全流体を考えているので流体の内部摩擦(粘性)に伴う発熱などは存在しないのでρは温度Tに依存しないと見なせる。

2.外部境界の温度が常に一定で、かつ流体の熱伝導が極めて良い場合
 熱伝導性が良く流体が極めてゆっくり流れている場合には等温変化を行うとしてよい。そのときさらに流体が理想気体と見なせる場合には pV=nRT なる状態方程式を満足し、T=一定のとき pV=一定 のボイルの法則が成り立つ。そのため p∝1/V∝ρ となるのでバロトロピー流体となる。このとき圧力関数Pは 1/ρ∝1/p だから

となる。
 しかし、流れている状態で等温度の熱的平衡を達成するのは現実的ではないので、実際には静止した等温状態にある気体の圧力分布の議論などにしか使えない[3.(5)4.参照]。

3.断熱変化の場合
 流体が理想気体と見なせる場合には、 pVγ=一定 が成り立つので p∝1/Vγ∝ργ となり、バロトロピー流体となる。このとき圧力関数Pは

となる[3.(5)3.3.(5)4.を参照]。
 理想気体でない一般の実在気体でも断熱変化(d'q=Tds=0)の場合は熱力学関係式

においてv=1/ρ、ds=0だから

となって、圧力関数はエンタルピーとなるバロトロピー流体です[3.(4)2.[補足説明3]を参照]。
 断熱変化の場合でも流れの圧縮や膨張に伴って流体の温度は変化するのですが、そのとき圧力の変化は密度の変化のみに関係づけることができるので温度を流体の運動を表し・決定する変数として新たに導入する必要が無いと言うことです
 このときもし完全流体でなければ断熱的変化でも流体中での内部摩擦(粘性)による発熱が生じて圧力や密度の変化に関係してきますのでバロトロピックとは言えなくなります。だから実在気体でも完全流体である条件は必要です。完全流体の仮定の中には剪断応力の様な力が発生しないということに加えて、摩擦などのエネルギー散逸過程が存在しないということも含まれています。さらに、外界と熱のやり取りをしない断熱変化でも流体自身の温度は流れとともに変化しますから、上記の議論を完結するためには、隣り合った2点間の熱の交換(熱伝導)がないことも必要です。つまり完全流体の仮定には必然的に断熱的[つまり2点間の熱伝導が無い]である事を仮定しなければなりません
 だから完全流体を仮定する今後の議論は全て断熱[等エントロピー]過程であると言って良い。

 

)オイラー形式

 一般に流体力学では特定の流体素片の運動を知るよりも、空間に固定された点での流動状態やその時間的変化を知る方が重要である場合が多い。そのため、質点系の力学と違って、連続体の力学ではオイラー形式(1755年)が用いられる。このHPの以下大半の議論はその観点で取り扱われる。

.連続の方程式

 下図のような座標(x,y)に固定された空間要素ΔxΔyにおける質量保存則を考える。この内部の質量の時間的変化はその境界面を通して単位時間に流入・流出する質量に等しいので


これが非圧縮性流体オイラーの連続の方程式です。つまり非圧縮性の場合は空間要素ΔxΔyに流入・流出する流量の差し引きがゼロだと言っており、密度が変化する圧縮性流体の場合は、それに密度変化に伴う部分を考慮しなければならないと言っている。

 

.D/Dt(ラグランジュ微分)と∂/∂tの違い

 上の式中に出てきたDρ/Dtについていくつかの注意をする。いま流体の微少実質部分が時刻tにおいて(x,y)にあり(u,v)の速度成分を持っておりそのときの密度をρとする。この実質部分は時刻t+Δtには(x+uΔt,y+vΔt)の位置に移動しており、そのときの密度はρ’に成っているとしよう。ρ’−ρ=Δρとすると

となる。つまり流体の実質部分の密度変化は、固定した空間場所の局所的時間変化部分

定常的流れで(同じ時刻の)場所が異なることによる変化部分

の和で表されると言うのである。

補足説明
 ここで述べた事柄は流体の実質部分に付属する量であれば任意の量について成り立つ。そのためρを実質部分のx方向速度成分uやy方向速度成分vで置きかえると、ある実質部分が時刻tに(x,y)なる場所で持つ加速度成分となる。つまり

と表す事ができる。このときのD/Dtのことを“ラグランジュ微分”という。
 なぜ移動していく流体の実質部分の加速度成分がこんな複雑な表現に成るのかと言うとオイラー形式では変数(x,y)は移動する物体の座標値ではなくて空間に固定された座標系の座標値を意味し、uは移動する実質部分の速度成分u(t)ではなくて時刻tにおいて空間に固定された座標(x,y)にその瞬間にたまたま存在する流体の速度成分u(x,y,t)を表すからです。
 
 ここでラグランジュ微分という名前がついていますがラグランジュ形式とは何ら関係ありません。ラグランジュ形式と関係すると勘違いされる方もおられるかもしれませんので特に注意しておきます。これはオイラー形式で、移動していく流体の実質部分の加速度を、表現するために必要になった微分です。つまり独立変数を(a,b,t)ではなくて(x,y,t)にしたから出てきたのであって、このとき(x,y)が空間に固定された座標値だからこのような表現にせざるを得ないのです。
 リープマンとロシュコは、その著書『気体力学』で、D/Dt微分を“Euler微分”と呼んでいるのですが、こちらの言い方が適切かもしれません。

 

.運動方程式

 今は粘性のない完全流体を考えているので境界面を通して流体に働く力は境界面に垂直な圧力のみが存在すると考えればよい。そのため下図の様な座標(x,y)に固定された空間微少領域ΔxΔyに含まれる質量要素ρΔxΔyに対して成り立つ運動方程式は

となる。ここで左辺が1.(2)2.で説明したラグランジュ微分であることに注意して下さい。こうなることは後の二重囲み記事を参照。これが完全流体オイラーの運動方程式です。
 この中に含まれる独立変数はx,y,tで未知量はu,v,p,ρの四つですが、方程式の数は二つですから、問題を完全に解くにはさらに二つの式が必要です。その内の一つが1.(2)1.で導いた連続の方程式であり、もう一つがρ=f(p)で表される流体の状態方程式です。

補足説明1
 後で利用するために上式をさらに変形する。
 完全流体(粘性が働かない)で、しかも状態方程式がρ=f(p)で与えられるバロトロピー流体で、かつ流体の体積要素に働く力が保存力(つまりポテンシャル曲面の勾配で表される)である場合にはさらに以下のように変形できる。

補足説明2
 ここで注意してほしいことは、固定された空間領域ΔxΔyの中にある瞬間存在する流体の実質部分は次の瞬間には最初の固定空間領域から外れた部分へ移動している事です。移動しているのですが、最初の領域ΔxΔyに含まれている実質部分の加速度を決めているのは最初の固定領域ΔxΔy中に含まれる流体要素に働く力の合力です。だからラグランジュの微分で表された流体の実質部分の加速度(Du/Dt,Dv/Dt)が最初の空間領域ΔxΔyに働く力の合力に関係するのです。
 ラグランジュ形式[1.(1)2.(A)式]とオイラー形式[1.(2)3.(B)式]で運動方程式の右辺は同じ[流体の実質部分に働く力の合力]であり、しかも左辺も同じ移動していく流体の実質部分についての[質量]×[加速度]なのに、なぜ両者で左辺の表現形式が異なるのか?その理由はラグランジュ形式の独立変数が(a,b,t)なのに対してオイラー形式の独立変数が(x,y,t)だからです。それ以外の理由はありません
 オイラー形式の表示において加速度が質点系力学の運動法則のようにdu/dtとならないのは、変数(x,y)が質点系力学やラグランジュ形式の流体力学の様に移動していく実質部分の時刻tにおける位置座標ではなくて、空間に固定された座標系の座標値を意味するからです。uも質点系力学やラグランジュ形式の流体力学では移動中の実質部分の速度成分u(t)ですが、オイラー形式におけるuは空間に固定された座標(x,y)にその瞬間tにたまたま存在する流体の速度成分u(x,y,t)を意味するからです
 世に流布している流体力学の教科書に於けるこの部分の説明は実に曖昧で解りにくいが、上に述べた以上の意味はありません。ここが流体力学で最も解りにくいところですから、式の意味をよく吟味する必要がある。[ランダウの流体力学§2やゾンマーフェルトの§34、プランクの§51〜§53にはちゃんと書いてあるのですが理解できていない我が身には読めども見れずでした]
 [ラグランジュ形式の流体力学]←→[質点系力学]←→[オイラー形式の流体力学]の三者を比較すると、その違いが良く解ります。

 

)ラグランジュ形式とオイラー形式の関係

 ラグランジュ形式とオイラー形式は同じ内容を表しているのですが、両者の式表現が異なっているので、その事を了解するのは難しい。
 “運動方程式”については、最終的な形が



の様に、両形式式でまったく異なる式表現となっていますが、これらは元々まったく同じ状況である1.(1)2.(A)式と1.(2)3.(B)式から出発して導かれたものです。そのため、それぞれの形式に於ける最終的な表現が同等であることは、式変形の段階をそれぞれ逆にたどってもとにもどれば、(A)式=(B)式である事から了解できます。

 ここでは、両者の同等性が解りにくい“連続の方程式”の同等性を証明することにします。

.変数の変換による“連続の方程式”の同等性の証明

 ラグランジュ形式の連続方程式を(a,b,t)ではなくてオイラー形式の空間に固定された座標変数(x,y,t)で表してみると、オイラー形式の連続方程式に一致することが証明でる。

 1.(1)1.の変数を(a,b,t)から空間に固定された座標値(x,y,t)に変換すると、そこの図は下図の様になる。このとき(u,v)は時刻tの瞬間に座標(x,y)にたまたま存在する流体の速度ベクトルを意味する。そして(∂u/∂x)はu(x,y)のx方向の偏導関数、(∂v/∂x)はv(x,y)のx方向の偏導関数です。(∂u/∂y)、(∂v/∂y)も同様なy方向の偏導関数です。

そのため、変数(x,y,t)を用いた変分であらわすと

となる。
 質量保存則から長方形ABCDに含まれる密度ρ0の流体の質量と平行四辺形A'B'C'D'に含まれる密度ρの流体の質量は等しく無ければならないから

が成り立つ。
 ところでρ(x,y,t)を時刻tの瞬間に空間に固定された座標点(x,y)に存在する流体要素の密度とみなせば

のように関係づけられるので、上式は以下の様に変形できて

が言える。

 

.微分形式の変換による“連続の方程式”の同等性の証明

 ラグランジュ形式の連続の方程式は

であるが、この式は左辺が物体の運動に伴って移動しても常に一定に保たれることを示している。そのとき、質量も流体の実質部分に付随した属性だから当然の1.(2)2.で説明したラグランジュ微分を満たす。そのため流体の実質部分に付随する量に対するオイラー形式の時間微分[つまりラグランジュ微分]をこの部分に対して実行すると零になる
 そのため



が言える。

 

)初期条件と境界条件

 実際の問題を解くには[連続の方程式]、[運動方程式]、[状態方程式]だけでは足りません。[初期条件][境界条件]が必要です。

.初期条件

 初期条件とは次の様なもので、個々の問題ごとに異なります。

[ラグランジュ形式]
 t=0における速度成分u0(a,b,0)、v0(a,b,0)と圧力p0(a,b,0)、密度ρ0(a,b,0)が、流体が分布している(a,b)の全初期領域に渡って、与えられている。

[オイラー形式]
 速度成分u0(x,y,0)、v0(x,y,0)と圧力p0(x,y,0)、密度ρ0(x,y,0)が、流体が存在する全空間領域(x,y)に渡って、与えられている。

 

.境界条件

 境界条件に対しては、全ての問題に共通な幾つかの性質がある。
 固体表面上の点Pの速度ベクトルを(u’,v’)、P点に接している流体の実質部分の速度ベクトルを(u,v)とすると、流体は境界表面[二次元の場合は境界線]に沿ってしか動けないので、P点における境界面の法線余弦ベクトルを(l,m)とすると

が成り立つ。
 境界面が空間の中で静止しているときはu’=v’=0だから lu+mv=0となり、流体の速度ベクトルと境界面の法線余弦ベクトルは直交する。

 境界面が時間的に移動し、時刻tにおける境界面[二次元の場合境界線]がF(x,y,t)=0で与えられる場合、時刻t+Δtの境界面は方程式F(x+Δx,y+Δy,t+Δt)=0を満足するので






となります。
 これがF(x,y,t)=0なる曲面[二次元では曲線]が流体の境界面[境界線]であるときに満足しなければならない方程式(境界条件)です。ただし(u,v)は境界面上の流体の速度ベクトルです。

 

)流体力学の数学的難しさ

 ラグランジュ形式あるいはオイラー形式の何れにしろ、連続体の“運動方程式”は[未知関数]や[未知関数の偏微分項]の積の形

になり、方程式が一次の性質を失ってしまう。つまり非線形項を含んだ偏微分方程式となる。そのため解に対して重ね合わせの原理は適用できず、この方程式を解くのは極めて困難です。これはマクスウェルの電磁気学方程式よりもさらに難しい数学問題で、このままで解けるものはほとんど有りません

 そのため、オイラーもこれが解けるのは

“完全微分”になるような特殊な場合だろうと見なしている。(完全微分とは別稿5.(2)や、別稿2.(1)2.および別稿7.(2)、等々・・・で説明する性質の事)
 この微分が完全微分になるのは

の場合で、後で説明する渦無しの流れと言われるものです。実際に有益な結論が導き出される具体的問題の大半は、この条件を満たすものです。そのとき、3.(3)で証明するラグランジュの渦定理が重要な意味を持つ。

補足説明
 ラグランジュとオイラーの二通りのやり方で連続および運動の方程式を導いたが、両者を比較すると明らかなようにラグランジュ形式は複雑で解りにくく、オイラー形式の方がはるかに理解しやすい。またラグランジュ形式では速度場の空間的勾配を直接得ることはできないため理論的解析において極めて不自由です。
 
 そのため、ラグランジュ形式は“ラグランジュの渦定理”の様な一般的な流れの性質の証明や、独立変数がa,tの二つだけの1次元非定常流などの特殊な場合の議論に利用されるだけで、具体的な流れの解析にはもっぱらオイラー形式が用いられる。
 以下の説明において、3.(3)1.以外はすべてはオイラー形式による議論です。

 

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2.連続の方程式と流線関数

)連続の方程式[オイラー形式]

 連続の方程式は1.(2)1.ですでに説明したが、もう一度 二次元・非圧縮性流体 について確認する。
 下図のような立体への流体の出入りを考える。このとき湧出しや吸い込みが無く、流体が非圧縮性の場合、角柱の側面を通して出入りする流量の差を合わせたものは零である。つまりx方向の流量差とy方向の流量差を加えたものは零である。

今、入ってくる流量を正、出て行く流量を負とすると

同様に

となるので

両辺を (−1)・Δx・Δy で割ると

となる。これを非圧縮性流体“連続の方程式”[オイラー形式]と呼ぶ。これはx方向の流量差とy方向の流量差は互いに打ち消し合って零になることを言っており、流体が途中で消えて無くなったり、あるいは湧き出たりすることはなく連続的に繋がって流れていることを示してる

補足説明
 三次元空間の速度ベクトル場vに関してベクトル演算divを施したものをその点における発散と言う。
 (1)式はdiv=0である事を言っており、空間の中に流体が吹き出してくる“湧き出し口”や空間から流体が吸い出されて消滅していく“吸い込み口”が無いことを言っている。

 

)“流線関数”Ψ(x,y)

[流線の定義]
 ある瞬間に流体の微小部分がもつ速度の方向を連ねた曲線を“流線”と言う。だから各瞬間に於ける流体微少部分が持つ速度ベクトルはその点に於ける流線の接線方向である。つまり流線と速度ベクトルは平行で同じ方向を向いている。

 速度ベクトルは流線に沿った線分の方向を向く。二次元流における流線の線分ベクトルを(dx、dy)とすると流線の定義より

が成り立つ。一方連続方程式(1)より

が成り立つ。
  連続の方程式(1’)式が成り立つことは、流線の定義式に関係した (−v)dx+udy なる微分形式が、ある一つの関数Ψ(x,y)の完全微分になるための必要十分条件です。(完全微分については別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」5.(2)や、別稿2.(1)2.および別稿7.(2)、等々・・・を参照)

 そのため、このΨ(x,y,t)はxy平面上の一つの連続な関数曲面z=Ψ(x,y,t)を形づくり

となるので、速度成分(u、-v)はある関数Ψ(x,y)の勾配

で表すことができる。実際(3)式が成り立てば

となって(1’)式が常に満たされていることが解る。
 Ψ(x,y)を用いると流線が満たすべき(2)式は

となる。ところで、dΨ=0の線分ベクトル(dx,dy)の方向は関数曲面Ψ=一定の等高線曲線をxy平面に投影した(等高線)曲線の方向であるから、(4)式は等高線の線分ベクトル(dx,dy)と関数曲面Ψ(x,y,t)の最大勾配の方向ベクトル(∂Ψ/∂x,∂Ψ/∂y)の内積がゼロで互いに直交していることを意味している。
 一方(3)式は

となるので速度ベクトル(u,v)と勾配ベクトル(∂Ψ/∂x,∂Ψ/∂y)の内積がゼロで直交している事を意味している。
 そのため曲面z=Ψ(x,y)の等高線と速度ベクトル(u,v)は平行になり、曲面z=Ψ(x,y)の等高線が流線になる。そのときΨがyの正方向に高くなっていればx方向の速度成分uが正、Ψがxの正方向に高くなっていればy方向の速度成分vが負(つまりy軸の負の向き)となので、流体は常にΨの値の高い所を左に見ながら、等高線に沿って流れる。そして等高線の密集している所[つまり曲面Ψ(x,y)の勾配が大きいところ]ほど高速で流れることを示している。この関数Ψ(x,y,t)のことを“流線関数”(流れ関数)という。

補足説明1
 ここで注意すべきは、流れ関数が一般的に定義できるのは2次元の場合のみで、3次元で定義できるのは、流れが1直線の周りに回転対称であり、かつ回転角方向の速度成分を持たない軸対象流の場合のみであることです。

補足説明2
 流体の運動を規制している最大の制約は“連続の方程式”を満たしていることです。これこそが、流体力学を一つの学問領域として成り立たせている中心原理です。流れが連続の方程式を満たせば、流線はxy平面上のz軸方向に分布する連続でなめらかな関数曲面z=Ψ(x,y)の等高線になる。
 そのときΨの勾配が急な所ほど流れが速いのですが、Ψの勾配が急なところは等高線[流線]が密集している所ですから流れの幅が狭まる所です。つまり、流れの幅が狭まると早く流れなければならいという重要な結論が導ける。
 ここで導入される“流線”こそ流体力学を特徴づける最重要な概念であり、それは連続の方程式と密接に関係している。

 

)流線についての補足

.流線・流跡線・流脈線

 “流線”ある瞬間における流れの場に関するものであるからオイラー形式の幾何学的な表現である。そのとき流線は一般的に時間tとともに変化する。そのとき流線が時間とともに変化しないような流れを“定常流”と言う。

[流跡線の定義]
 各瞬間に定義される流線に対して、流体の微少部分が実際に動いていく軌跡を時間的に追った軌跡“流跡線”と言う。

 当然のことですが各瞬間における色々な場所の流跡線の線要素はその瞬間のその場所における流線の線要素と一致している。だから、ある瞬間の“流線”は、その瞬間に各点に存在する沢山の流体粒子の“流跡線”を連ねた“包絡線”であると言えます。 

 流れの状態が時間的に変化する場合、流体の微少部分が実際に動いていく軌道“流跡線”がある瞬間に描かれた“流線”に沿って動いていくわけではない。つまり流体がその後に動いていく流跡線はある瞬間の流線とは一致しない。流れの状態が時間的に変化しない定常流の場合のみ流線と流体の軌跡(流跡線)は一致する

[流脈線の定義]
 流線や流跡線とは違う“流脈線”というものもある。これは流れの様子を可視化する実験テクニックと関係しています。すなわち、流体中に固定した空間のある一点から着色した色素や微少な泡を連続的に流し続けたとき、その色素や泡の連なりが描くある瞬間の曲線を“流脈線”といいます。

 これは流体の着目する微少質量部分が時間経過とともに描く“流跡線”とは違うし、色々な部分の流跡線の線要素をある瞬間に連ねた“流線”とも違う。

 流れの状態が時間的に変化する場合には、流脈線・流跡線・流線は互いに一致しない。流れの状態が時間的に変化しない定常流の場合のみ三者は一致する

 

.特異点

 流れの中の速度ベクトルは各点において一意に定まるので、流線も流れの中で一意に定まり、2本以上の流線が1点で交わったり枝分かれすることはない
 もしそのような事が起こればその点は下図のように流れの領域外[湧き出しや吸い込みなどの特異点]かあるいは流れの境界[よどみ点の様な速度が零になる特異点]だと考えなければならい。下右図のよどみ点では速度は零に成るので左から近づく流線に沿った流体粒子は無限の時間かかってよどみ点に達し、そこから無限の時間かかって上下に流れ出る。

 

.流線関数と流量

 流線関数の重要な性質として「任意の二点の流線関数値の差は、この二点を結ぶ任意曲線を横切って単位時間に流れる流体の体積に等しい」が成り立つ。
 これを証明するために下図の様な状況を考える。上記の任意の二点がAとBです。

単位の厚さの二次元的な流れを考えているので、Δsを横切って流れる流体の量ΔQは2.(2)の(3)式を用いると

となる。AとBを結ぶ曲線Cを単位時間に横切る流体量Qはdsを曲線Cに沿って足し合わせていけばよいので Q=Ψ(B)−Ψ(A) となる。これもある意味当然のことを言っているにすぎない。

補足説明
 この章を終わるに当たって以下の注意をする。
 xy平面上の流れというのは“連続の方程式”の要請から、任意の連続曲面z=Ψ(x,y,t)の等高線の様な流線を持たねばならないのですが、この要請だけでは、流れに対する制約としてはゆるすぎて現実的にどのような流れが許されるのかについては、意味ある情報は出てこない。
 
 どれが現実に存在できる流れであるかを判別するさらなる制約が必要です。それが次に述べる“渦度”という考え方であり、それは“運動方程式”と深く関係している。

 

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3.運動方程式とラグランジュの渦定理

)流体の変形[ひずみ速度(Δu,Δv)]

 流体内の任意の点A(a,b)or(x,y)における流体実質部分の速度成分を(u,v)とし、これに極めて近い他の任意点C(a+Δa,b+Δb)or(x+Δx,y+Δy)における流体実質部分の速度成分を(u+Δu、v+Δv)とする。

ラグランジュ形式における(x,y)は移動していく流体の実質部分の時刻tにおける位置を表している事を忘れないこと。

オイラー形式の(x,y)は空間に固定された座標系の座標値を表す。
 ラグランュ形式orオイラー形式の何れを用いても同様に議論できるので以下ではオイラー形式で説明する。速度の変分(Δu、Δv)は二次以上の微少量を省略すると以下の様に表せる。オイラー形式の(x,y)は空間に固定された座標系の座標値であることを忘れないで下さい。ラグランジュ形式の(a,b)に相当するものです。

以下で、上記のα、β、h、ζが何を意味するかを見る。

αとβの意味
 αβだけがゼロでなく他は全てゼロ[h=ζ=0]の場合を考える。このとき

であるから

となり、A点における流体の小さな実質部分の体積ΔxΔyが上図の様に膨張(収縮)することを意味する。

hの意味
 だけがゼロでなく他はゼロ[α=β=ζ=0]の場合を考えると

であるから

となる。
 辺ABは(1/2)h[rad/秒]の角速度で左に回転し、辺ADは同じ角速度で右に回転するする。つまり直方体がその体積を一定に保ったまま平行四辺形につぶれていく事を表している。

ζの意味
 ζだけがゼロでなく他はゼロ[α=β=h=0]の場合を考えると

であるから

となる。
 これは直方体ABCDがその形を保ったままあたかも剛体のように角速度(1/2)ζ[rad/秒]で回転している事を意味する。

 結局、上記の三つの変形要素が加えあわされて長方形ABCDが平行四辺形A'B'C'D'に変形する。
 二次元の変形を三次元に拡張すると式は

のように表され、係数の対称性はより明瞭になる。三次元の場合の議論は参考文献1、2、7、8等を御覧下さい。

 このような関係を最初に導いたのはストークスです。[G.G.Stokes, On the Theories of the Internal Friction of Fluids in Motion, and of the Equilibrium and Motion of Elastic Solids, Transactions of the Cambridge Philosophical Society, vol8, p287, 1845, または論文集vol.1, p75-129,特にp80(これはGoogleBooksからダウンロードできます)]
 後に、ヘルムホルツも渦の論文[H.Helmholtz, U¨ber Integrale der hydrodynamischen Gleichungen, welche den Wirbelbewegungen entsprechen, Journal fu¨r die reine und angewandte Mathtmatik, vol.55, p25-55, 1858(これはGoogleBooksからダウンロードできます)]の最初に定理の形で導入して議論の出発点としている。

 

)過度ζとポアソンの方程式

.過度ζ(x,y,t)[オイラー形式]の定義

 次式で定義されるζを点(x,y)における“過度”という。これはある瞬間における速度ベクトルの分布を空間に固定された小さな閉曲線リングに沿って積算すると、あたかも渦を巻くような成分があることを意味する。
 下図のようにxy平面上に存在する速度ベクトルvについて、微少な四角形ΔxΔyの周に沿った成分を積算すると


となる。5.(1)1.で詳しく説明するが閉曲線の経路に沿った方向の速度成分を線積分したものを“循環”という。“過度”は、循環の閉曲線を無限に小さく一点に縮めた場合の値のことです。
 これは図を見れば明らかなように、(x,y)点に小さなサークルを考えてz軸の負から正の方に向かってそのサークルを眺め、そのサークルを右ネジの方向に回って速度ベクトルのサークルに沿った成分を積算したものが正なら過度が正になるように定義されている。積算する微少リングの大きさを無限に小さくすれば流体の各座標点に各瞬間における過度ζ(x,y,t)を定める事ができる。
 このとき前節の[ζの意味]で見たように、時刻tに点(x,y)に存在する流体の実質部分は角速度(1/2)ζ[rad/秒]で回転している。

補足説明
 三次元の場合、同様な議論はyz平面、zx平面についても成り立ち三次元の過度ベクトルωが定義できる。上記のζも、元々は三次元の過度ベクトルω=(ξ,η,ζ)のz成分です。
 過度ベクトルωは三次元の速度ベクトルvベクトル演算rotを施したものω=rotであるが、今は二次元の流れとしているのでx成分ξ=0、y成分η=0となり、z成分ζだけが残っていると考えればよい。

 

.ポアソンの方程式とラプラスの方程式

 前記過度の定義に流線関数Ψで表した速度表現(3)式[2.(2)参照]を代入すると

となる。(6)式は点(x,y)における過度ζは流線関数Ψの点(x,y)に於ける二次微分係数、つまり曲面Ψ(x,y,t)の曲がり具合に関係することを示しており、ポアソンの方程式と言われる。

補足説明
 ある瞬間の流線関数Ψ(x,y,t)が与えられればすべての点に於けるその瞬間の過度ζ(x,y,t)が(6)式により定まる。
 逆に過度ζ(x,y,t)の分布が与えられれば、偏微分方程式(6)を解いて流線関数Ψを求めることができる。

 このとき過度ζ(x,y,t)が至るところゼロである渦無しの流れの場合は

ラプラスの方程式を満たす事になる[4.(2)も参照]。

 

.過度(循環)の有る無し、発散の有る無し

以下の例はバークレー物理学コース2「電磁気学(上)」丸善(1970年刊)P92〜93からの引用です。





補足説明1
 上記の速度ベクトル場に関して速度ポテンシャルΦ(x,y)4.(2)1.で説明する]と流線関数Ψ(x,y)が定義できるかどうか考えてみる。今(x,y)座標を紙面上に取り、それに垂直なz軸の方向にΦとΨの値を取る。
 
 速度ポテンシャル曲面z=Φ(x,y)の等高線が速度ベクトルに直交する方向を連ねたものであり、その等高線間隔の広い・狭いがその位置の速度の大きさの遅い・速いに関係します。上記の全ての例について速度ベクトルの直交する方向を連ねた曲線群を引くことはできるが、その中でrotv≠0のものについては、その等高線間隔がその点の速度の大きさに逆比例する様にはできないことを確かめてください。つまりrotv≠0場合には速度ポテンシャルは定義できないのです。
 
 同様に、流線関数曲面z=Ψ(x,y)の等高線が速度ベクトルの方向を連ねたものであり、その等高線間隔の広い・狭いがその位置での速度の遅い・速いに関係します。全ての例について速度ベクトルの方向を連ねた曲線群を引くことはできるが、その中でdivv≠0のものについては、その等高線間隔がその点の速度の大きさに逆比例する様にはできないことを確かめてください。つまりdivv≠0の場合には、流線関数は定義できないのです。

 

)ラグランジュ(Lagrange)の渦定理

 3.(2)2.[補足説明]で説明した様に、流れの場のあらゆる部分の過度ζが解っていれば流れの様子は決定されます。それでは過度は何が決めているのかと言うと運動方程式が過度の変化の仕方を決めている
 過度の有り様について運動方程式は強い制約をかけており、ここで初めて運動方程式が絡んでくる。それが次に述べる“ラグランジュの渦定理”と言われるもので、これは流体力学で最も重要な定理です!

[ラグランジュの渦定理]
 流体が完全流体[粘性が働かない]で、しかも状態方程式がρ=f(p)で与えられ[バロトロピー流体]、しかも流体の体積要素に働く力が保存力[つまりポテンシャル曲面の勾配で表される]である場合、ある瞬間における任意の流体要素の過度が零(ζ=0)ならその流体要素の過度はその後も零でありつづけ、逆に過度ζ0を持てばその流体要素はその後の任意の時間に於いてζ=(ρ/ρ0)ζ0の過度を持ち続ける

 ここで完全流体・バロトロピー流体・保存力の仮定が必要なのは、証明の過程で運動方程式の右辺を消去できて初めて定理が成り立つことが言えるからです。バロトロピー流体に付いては1.(1)2.[補足説明2]を復習されたし。

.ラクランジュ形式での渦定理の証明

[証明]
 1.(1)2.で説明した【完全流体・バロトロピー流体・ポテンシャル力】“ラグランジュの運動方程式”から


このC(a,b)はt=0における初期条件から決めることができる。すなわち t=0 において x(a,b,0)=a、 y(a,b,0)=b、 u(a,b,0)=u0(a,b)、 v(a,b,0)=v0(a,b) だから

となるので、t=0 に於いて

となる。ζ0 は t=0 における地点(a,b)の過度である。故に前記の式は

となる。
 そのため、もし t=0 の(a,b)点での過度が零(ζ0=0)ならば、t=0 に位置(a,b)を占めていた流体が時刻 t に移動している位置(x,y)における過度も常にゼロ(ζ=0)になる。
[証明終]

[補足説明]
 三次元の場合については参考文献1、2、3、8を御覧下さい。この場合、最後の結論は

となります。これを“Cauchyの積分”と言う。このとき流体が連続的に運動している場合には普通

は有限ですから、もし t=0 において ξ0=η0=ζ0=0 ならば、常に ξ=η=ζ=0 が言える。また、ξ0、η0、ζ0のいずれかがゼロでなければξ、η、ζのうち少なくとも一つはゼロでない。よってラグランジュの渦定理は証明できたことになる。

 この定理は最初ラグランジュにより証明された[Me'moire sur la The'orie du Mouvement des Fluides(1781)]。ただしその証明には不備があり完全な証明を与えたのはコーシー(Cauchy)[Me'moire sur la The'orie des Ondes(1827)]だそうです[参考文献1.P17、P204〜205]。
 キルヒホッフはCauchy積分から出発して、後に述べるヘルムホルツの渦定理ケルビンの循環定理を証明した。[5.(4)1.参照または参考文献1.P204〜205、3.P98〜99、8.P187〜192等参照]。 

 

.オイラー形式での渦定理の証明

 オイラー形式の運動方程式連続の方程式を用いても証明できる。
[証明]
 流体の状態方程式がρ=f(p)[バロトロピー流体]で与えられ、しかも流体の体積要素に働く力が保存力[つまりポテンシャル曲面の勾配で表される]であると仮定しているので、すでに求めたその場合(1.(2)3.[補足説明1])の完全流体[粘性が無い]のオイラーの運動方程式から


 そのため、もしt=0の(x,y)点での過度が零(ζ0=0)ならば、t=0に位置(x,y)を占めていた流体が時刻tに移動している位置(x’,y’)における過度も常に零(ζ=0)になる。
[証明終]

[補足説明1]
 三次元の場合については少し面倒ですが参考文献2.、7.等を御覧下さい。ベクトル表示された三次元のオイラー形式運動方程式の両辺にベクトル演算rotを施して、ベクトル解析の公式(証明は成分表示で行えばすぐにできます)を利用すればエレガントに変形できます。


となる。これをω=(ξ,η,ζ)、=(u,v,w)として成分表示すると

となる。これを“Helmholtzの方程式”と言う。
 このとき、動いている微少実質部分の座標x,y,zは時間tの関数である。同時にu,v,w,ξ,η,ζ,ρも全てtの関数である。故に上式はtの関数であるところの(∂u/∂x)、(∂u/∂y)、(∂u/∂z)、・・・等々を係数として有し、ξ/ρ、η/ρ、ζ/ρを t の関数として決める連立線形一階同次常微分方程式と見なすことができる。このタイプの連立方程式の解は常微分方程式論によると、t=0のときのξ/ρ、η/ρ、ζ/ρの値ξ0/ρ0、η0/ρ0、ζ0/ρ0を用いて次のように表すことができる。

[オイラー形式の証明ではここのところに常微分方程式論の数学テクニックが必要で今一つ解りにくい。ラグランジュ形式を用いた証明の方が直接的で解りやすい。]
 故に、もしもξ0=η0=ζ0=0ならば、つねにξ=η=ζ=0となる。また、ξ0、η0、ζ0のいずれかがゼロでないならばξ、η、ζの内の少なくとも一つはゼロでないものがある。よってラグランジュの渦定理が証明できたことになる。

 この定理を非圧縮性流体の場合について最初に証明したのはHelmholtzやStokesで、一般の圧縮性流体の場合はNansonが証明したそうです[参考文献1.P205〜206]。
 後ほど5.(4)2.で説明するが、オイラー形式の運動方程式からヘルムホルツの渦定理5.(3)で説明]を証明する。[文献7.のP140〜142参照]

[補足説明2]
 ラグランジュの渦定理を簡単に言えば、流体の微少実質部分の運動は実質部分表面に働く圧力と体積要素に働くポテンシャル力に影響されるのだが、完全流体では圧力は表面に垂直に働き、ポテンシャル力も重心に働くので回転のモーメントは発生しないから、流体の微少実質部分が回転していなければいつまでも回転を始めず、最初回転していたらその回転を持続するということです。
 証明の手順も複雑に見えるが、完全・バロトロピー流体にポテンシャル力が働いている事を表す右辺rot演算をしたものがゼロになると言うことはトルクの様な力は働かないことを言っているすぎない。そのため左辺の実質部分の時間変分がゼロになる。ところが左辺もrot演算を施しているので実質部分も過度の時間変分がゼロと言う意味になっているという事です。

 

.ラグランジュの渦定理の重要性

 ラグランジュの渦定理は最初に渦無しの流れであったらその後も常に渦無しの流れであり、もし最初に渦があるとその後の流れにおいても渦が保存される事を示している。これこそ運動方程式連続の方程式から得られる最大の成果です。
 これは質点系の運動の様子を、運動方程式から知ることができるが、それと等価な運動量保存則や角運動量保存則からも知ることができたのと同様な事情です[こちらを参照]。すなわち、流体系の運動方程式に対するラグランジュの渦定理の位置づけは、質点系力学の運動方程式に対する運動量保存則や角運動量保存則に対応するものです。つまり渦無しの流れを議論するときに、渦無しの流れがそれ以後も続くであろう事[または渦の保存則]を保証してくれるところに運動方程式が深く関わっている
 世に流布している流体力学の教科書では非圧縮性・完全流体の二次元・渦無しの流れの説明に於いて複素関数論を使った数学的テクニックのみが強調されて、運動方程式がどのように係わっているのか実に曖昧にしか説明されていない。あたかも圧力方程式[3.(4)5.で説明により圧力を導き出すところにしか運動方程式が関係してこないような印象を受けるが、渦無しの流れが持続するということの中に運動方程式が深く関わっている。ここは見逃しやすいところなので特に注意が必要です。

 最初に渦無しであるという仮定をしてもそれが未来永劫に保証されなければ意味がない。この定理が成り立つからこそ渦無しの流れの仮定に意味がある[参考文献1.P17]。渦無しの過程が成り立てば数学的取り扱いが劇的に簡単になるのですから、この定理の成立は極めて重要です。また渦無しの仮定が適応できる応用範囲は極めて広い。
 例えば、静止した完全流体の中で、ある一つの物体が運動を始めたとすると、そのとき引き起こされる流れは必ず渦無しである。なぜなら最初静止している流体の過度ζは至る所ゼロであるから、ラグランジュの渦定理により渦無しが持続するのです。
 また、完全流体の一様な流れの中に物体が置かれているときの流れも渦無しである。なぜなら、流れのどの部分も上流の渦無しの領域[一様な流れは渦無し]から流れてきたものと考えられるが、この場合もラグランジュの渦定理が言えるからです。
 
 実在の流体は完全流体ではなくて大なり小なり粘性があり、ラグランジュの渦定理は厳密には成り立たない。実際、一様流中に置かれた物体の背後に渦が発生したり、そのようにして生じた渦が下流ではまた消滅してしまう事は日常よく観察する所である。しかし、水や空気のように粘性の小さい流体では、いったん発生した渦はなかなか消えないし、また渦の発生する場所も物体背後の止水域との境界面や物体のごく表面近くの境界層内に限られている。
 そのため実在流体についても、ラグランジュの渦定理は物体に直接接触しなかった流体部分については成り立つものと考えることができ、止水域や境界層の外側では完全流体の渦無し運動を仮定して解析しても実際と良く一致する。この当たりの取り扱いは2次元翼理論ではとても重要です。
 またカルマン渦列の様にある瞬間に存在する渦はそれ以後も存在し続けると仮定し、渦以外の部分は渦無しであり続けるとしてその現象のメカニズムを解析できる。
 このように粘性が顕著に表れて渦が発生する部分と渦無しの部分を分けて考えることによって様々な興味ある問題を解析することができる。1.(5)で注意したように流体力学の運動方程式は非線形偏微分方程式で数学的にそれを解くのが極めて困難なため、そのような取り扱いをせざるを得ない。それ故にラグランジュの渦定理は流体力学に於いて極めて重要な意味を持つ。

 

)運動方程式の積分(ベルヌーイの定理と圧力方程式)

 ここは三次元の方が解りやすいので、三次元ベクトル表示で説明します。そのとき[定常or非定常]、[渦ありor渦無し]、[圧縮性or非圧縮性]の違いがどのような結果を生むのか見極めることが大切。

.完全・バロトロピー流体がポテンシャル力の下にあるときの運動方程式

ベクトル表示の完全流体[粘性なし]のオイラー形式の運動方程式は

となる。ただし外力を(X,Y,Z)で表した。その成分X,Y,Zは座標x,y,zの関数
 ここでさらに、流体の状態方程式がρ=f(p)[バロトロピー流体]で与えられ、しかも流体の体積要素に働く力が保存力[つまりポテンシャルの勾配で表される]である場合には


となる。

 

.定常流の流線に沿った積分[ベルヌーイの定理]

 前記の完全流体・バロトロピー・ポテンシャル力の仮定に付け加えて定常流であるとする。ただし渦無しである必要はない
 このときの運動方程式

流線に沿って積分する。いま一つの流線を考え、その線素dsの成分を(dx,dy,dz)とする。dsの中点における実質部分の持つ速度の大きさをqとすれば、流線の接線の方向余弦は

であるから

となる。これらを運動方程式の第一式に代入すると

がえられる。他の二式からも同様な式が得られて

となる。これは流線sにそって、左辺括弧内の値が変化しない事を意味する。つまり

流線ごとに左辺が一定の値になる事を示している。もちろん流線が異なれば一般には異なった値となる。この関係式を“ベルヌーイの定理”という。

補足説明1
 運動方程式の両辺にdx/ds、・・を乗じてからsで積分して場所的なエネルギー保存則を導いている。初等的な物理学では運動方程式の両辺にdx/dt=vx、・・を乗じてからtで積分して時間的なエネルギー保存則を導いていますが、それと似たやり方です(別稿「エネルギー保存則の証明」4.「調和振動子(自由振動、強制振動、減衰振動、強制減衰振動)」1.など参照)。

 ベクトル表現で説明すると

と変形できるが、空間の各点において定まっている左辺括弧内の量の場所的な変化を見たとき、最大に変化している方向が速度ベクトルに垂直な方向を向いていると言っている。なぜならベクトル[×ω]の方向は速度ベクトルにも、また過度ベクトルωにも垂直な方向なのだから。故に最大変化の方向に垂直な方向つまり速度ベクトルの方向[流線の方向]には、左辺括弧内の量は変化していない事を意味する。
 あるいは、スカラー量の勾配ベクトルのある方向への射影は、その方向の微分を意味するが、速度ベクトルと過度ベクトルωが作る面[これをBernoulli面と言う]に沿った方向への射影はゼロであるから左辺括弧内の量はその方向へは変化しないと言っている。
 つまり、任意の流線とその流線を通る全ての過度ベクトルとによって形成される曲面上において左辺括弧内の値が一定値になると言っている。

 そうは言っても、定常流では流体の実質部分が移動していく方向[流跡線の方向]は流線の方向と一致しているので、流線に沿って一定になる事が特に重要です。

補足説明2
 この定理はダニエル・ベルヌーイ(Daniel Bernoulli)が最初に「流体力学、あるいは流体の力と運動についての覚え書き(1738)」の中で示した。[広重徹著「物理学史T」倍風館P124など参照]
 その内容を今日の言葉で言えば、粘性のない縮まない流体の定常流では、1つの流線に沿って

が成り立つことを言っており、流体運動の流線に沿ったエネルギー保存則を表わしている。
 実際の所、ベルヌーイが得た式はとても素朴な表現でそれから今日のベルヌーイの式を予想するのはとても難しい。微分方程式を積分して今日の形のベルヌーイの式を導いたのはオイラーだそうです。

[補足説明3]
 実際の所、ベルヌーイの定理は、流体中に任意の流管を考え、それにエネルギー保存の原理を適用することによっても得られる。そのやり方は別稿「熱機関の効率(ガス動力サイクル)」1.(4)2.で説明しましたのでそちらを御覧下さい。
 そのとき一つだけ補足をすると、そこでの議論から明らかなように、d’q=d’w=0[流管壁を通して外界と熱や仕事のやり取りが無い]とおける場合には 0=dh+dk.e.+dp.e. となるので、この式を流線に沿って積分して得られる式から解るように圧力関数Pエンタルピーhと同じです。

 ちなみに、ここの議論の元になった先頭の式は定常流れ過程におけるエネルギー保存則の一般表現式ですが、Gustav Zeuner(ドイツの物理学者・技術者1828〜1907年)の熱力学の著作(1859年)に最初に現れる。

[補足説明4] 〔2023年2月追記〕
 ベルヌーイの定理の中に現れる“圧力関数”Pは解りにくい量です。この圧力関数の解りにくさがベルヌーイの定理についての様々な誤解の元になっている様に思います。そのためここでベルヌーイの定理に現れる圧力関数Pに付いて補足します。
 
 ベルヌーイの定理は、結局の所“エネルギー保存則”の一つの表現形式です。いま下図の様な状況を取り上げます。断面Aと断面Bで挟まれる流管内部の流体に付いてのエネルギー保存則を考察します。

 今は簡単のために定常流に付いてのベルヌーイの定理を考えていますので、エネルギー保存則が成り立つためには、断面Aの所で断面Aを通過するエネルギー量と、断面Bの所で断面Bを通過するエネルギー量は等しくなります。
 エネルギーの通過量として丁度流体の質量がMである塊の流入と流出を考えます。断面Aの直前に存在する流体の塊Mと断面Bの直前に存在する流体の塊Mの、それぞれの断面の通過を考えます。つまり質量Mがそれぞれの断面を通過する時間でのエネルギー流入と流出を考えると言うことです
 
 その時間間隔の間に断面Aを流入するエネルギーの内で圧力が行う仕事はPとなります。なぜなら、Pは単位に面積当たりに働く力ですから、それに断面積Sを乗じたPが断面全体に働く力で、それに移動距離Lを乗じたものが、圧力がする仕事になるからです。つまり仕事(エネルギー量)=力×距離=Pとなります。
 同様に、断面Bに於いて圧力Pが外部に対してする仕事(断面Bを流出するエネルギー量の一部)は、Pとなります。
 
 この圧力のする仕事に、その同一時間でそれぞれの断面を通過する運動エネルギーの塊と位置エネルギーの塊を加えたものが、エネルギー保存則の構成要素ですから、

が成り立たねばなりません。
 このとき

ですから

となります。同様のことが断面Bに付いても言えますので

となります。
 これらを先ほどのエネルギー保存則(ベルヌーイの定理)に適用しますと

となり、いわゆる“ベルヌーイの定理”が導けます。これは圧縮性流体についても正しい式です。流て行くにつれて流体塊Mは断熱圧縮あるいは断熱膨張して流体の温度は変化しますが、流体密度ρの変化の中にすべて含まれていますので、流体塊の温度変化(つまり内部エネルギー変化)も含めて正しい式です。
 両辺に圧力Pのみが関係してくるのはとても奇妙ですが、矛盾はありません。式変形を吟味されれば納得して頂けると思います。
 
 流体塊の移動の様子が前図のように見なせるのは、運動方程式から導かれた“ラグランジュの渦定理”からの当然の帰結として、流管中の流れは

の様では無く、必ず

の様に流れる事が保証されているからです。
 このことを含めて、3.(5)1.[補足説明1]をご覧下さい。

 

.渦無しの場合[拡張されたベルヌーイの定理]

 前記の完全流体・バロトロピー・ポテンシャル力の条件に、さらに渦無しの仮定を付け加える。ただし定常流である必要はない
ベクトル表現で説明すると

となる。これを拡張されたベルヌーイの定理という。ここで

と置き直せばF(t)はゼロにできて

となる。
 いずれにしてもF(t)はtのみに依存しx,y,zには依存しないで流体全体に渡って共通な値になる。これはベルヌーイの定理の適応において、渦無しの仮定[ラグランジュの渦定理]の重要性を増すものです。前項2.の場合は流線毎に異なる可能性があったのと対照的です。

 

.渦無し・定常流の場合

 前記の完全流体・バロトロピー・ポテンシャル力の仮定に付け加えて渦無しで且つ定常流である場合

となる。与えられた初期条件・境界条件の下にこの三元連立偏微分方程式を解くことによって、三つの未知関数Φ,p,ρ独立変数x,y,zの関数として決定される。ただし、このままでは簡単には解けないので次節の様にさらに非圧縮性の条件を付け加える。

 

.渦無し・非圧縮性流体の場合[圧力方程式]

前記の完全流体・バロトロピー・ポテンシャル力の仮定に付け加えて渦無しで、さらに流体が非圧縮性の場合には、ρ=一定であるから方程式と未知数が一つずつ減って

となる[非圧縮性流体もバロトロピー流体の一種であることに注意]。
 ここでさらに定常流の場合には、式がもっと簡単になって

となる。このとき連続の方程式から得られた△Φ=0を“ラプラスの方程式”という。
 定常・非定常のいずれも渦無し非圧縮性の場合にはΦ、pに対する連立偏微分方程式は完全に分離されて、単にΦに対するラプラスの方程式を初期条件、境界条件の元に解けば良いことになる。そのとき運動方程式の第一積分は微分方程式ではなくて、単に圧力pを求めるために使用される

そのため特に渦無し縮まない流体の運動方程式の第一積分“圧力方程式”と呼ばれる。

 このとき注意すべきは縮まない流体では定常・非定常にかかわらず連続の方程式には時間tがあらわに含まれていないことです。つまり各瞬間の境界条件が決まれば瞬時に流れの様子は決まり時間的な遅れはないのです。境界条件が時間的に変化する場合のみ流れは時間的に変化するが、縮まない流体の音速は無限に大きいため境界条件の変化は瞬時に流れ全体に伝わり、その瞬間の境界条件で流れが決まるからです。そのため、その瞬間の境界条件が同じなら、その瞬間の速度場は定常であろうと非定常であろうと全く同じになります。ただし圧力場は(∂Φ/∂t)を含むために同じにはなりません。
 上記の事実は、静止している非圧縮性・完全流体中を固体の物体が移動する場合に生じる流れの解析において重要になる。もともと静止していた流体だから渦無しの流れとなり、物体の表面がまさに時間的に変化する境界条件を意味する。そのとき物体の周りの流れはその瞬間の境界にのみ依存する。つまり流れの速度場はその瞬間の物体の速度だけに依存し、その物体が過去にどのような速度であったかには関係しない。物体の過去の速度は物体の加速度に関係するのだから、流れの様子は物体の加速度には依存しないことを言っている。
 このことに関しては別稿「カルマン渦列(動的安定性解析)」3.(1)2.もご覧ください。

補足説明1
 非圧縮性流体で渦無しの流れの場合には、上記の様に【運動方程式の第一積分】【連続の方程式】が完全に分離できて、【連続の方程式】と【初期条件・境界条件】だけから流れの様子が決定される。そのため一見すると流体の運動に運動方程式が全く係わっていない様に見える。
 しかし、連続の方程式中のをgradΦで置き換えてラプラスの方程式にしたところに渦無しの仮定をつかっているので、運動方程式が関係している。なぜなら、3.(3)3.で注意したように、渦無しの流れが持続するということの中にラグランジュの渦定理、すなわち運動方程式が深くかかわっているからです。
 世の中に流布している教科書には、この当たりの説明がなされていないものが多いので、特に注意しておきます。

 

)ベルヌーイの定理の応用

.ベンチュリー管

 今下図の様な管の中を流れる流体を考える。非圧縮性流体の場合、連続の方程式の当然の帰結であるが、管の太い(AやE)ではゆっくり流れ、細い所(C)では早く流れなければならない。
 さらにそのとき運動方程式から導かれた“ラグランジュの渦定理”からの当然の帰結であるが、上流で断面方向で流速が一様に分布していて過度=0ならば下流でも過度=0を満たすために断面方向の流速の分布は一様になるはずです。
 そのため下流で過度=0が満足されない次図の様な流れは決して起こらない。なぜなら、流線に垂直な方向への接線方向速度成分の変化は渦度≠0を意味するからです。

このあたりは3.(2)3.[補足説明1]の速度ポテンシャルが定義できない事情を復習してください。

 連続の方程式運動方程式の当然の帰結として流れは下図のようになる。

この場合は3.(2)3.[補足説明1]【速度ポテンシャル】【流線関数】も定義できます。
 そのとき、この流れの中に微少な流体の実質部分の塊を考えると、それは下図四角形で表されるように変形しながら流れて行くであろう。そして、塊は流れの中で加速されたり減速されたりする。

 このとき、速度変化の様子を運動方程式で解釈する。流体塊はA→B→Cと移動するにつれて加速されねばならないのだから、A〜Cの間は左側ほど圧力は高く右に行くにつれて低圧になる。同様にC→D→Eでは減速されるのだから、左側ほど圧力は低く右に行くほど高圧になるはずだ。
 それは運動方程式の第一積分であるベルヌーイの定理が示す圧力の変化そのものです。

 つまり、ベルヌーイの定理[3.(4)5.の圧力方程式]は、連続方程式とラグランジュの渦定理を満たしている流れの解をもう一度運動方程式で解釈するものです。

補足説明1
 私は、ベルヌーイの定理を初めて習った時、とても困惑しました。壁に物をぶっけると圧力でつぶれる。同様に、流体が広い所から狭い所に押し込まれる場合には狭い所の方が圧力が高く、広がった所の圧力が低くなるように思えたのです。管が細く速度が速いところほど押し込まれているのだから高圧力で、広がって流速が下がると圧力も下がる様に思えたのです。そうではないと言われても、どうしても納得できませんでした。
 今にして思えば、納得できなかったのは(T)運動方程式が何処にどのように働いているのか解らなかったことと、(U)ベルヌーイの定理の圧力関数の意味が正しく理解できていなかったからです。
 
 (T)の運動方程式の働きどころですが、流体力学では運動方程式はラグランジュの渦定理の形で働いている。連続の方程式がラプラスの方程式になった所、つまり上流で渦無しなら下流も渦無しの流れでなければならないという所に働いている。流体運動の中心原理は連続の方程式ラグランジュの渦定理で、これこそが流体力学を一つの学問領域として成り立たせているものです。
 流れが満足しなければならない解は、初期条件・境界条件のもとで、ラグランジュの渦定理を満足する連続の方程式を適用することで導かれる。それで流れの様子は完全に決定されている。
 
 (U)のベルヌーイの定理の圧力関数の意味ですが、流れが定まっていれば、その意味は明瞭です。すでに定まっている流れに運動方程式をもう一度適用する。流れの中の一つ塊に着目すれば、その塊は流れの中で加速されたり減速されたりする。そのとき、運動方程式から、当然のことながらそれらの加速度変化を生み出すために正味の力が流体要素に働かねばならない。その力は定常流では場所的に変化するが時間的には変化しない圧力である。その流体内部の圧力分布がかくあるべきだと言うのがベルヌーイの定理[圧力方程式]の圧力関数です。
 このように考えればベルヌーイの定理[エネルギー保存則]の意味は明瞭で、圧力によってなされる仕事の変化[エンタルピーの変化]が運動エネルギーと位置エネルギーの変化になることを示している。3.(4)2.[補足説明4]を復習されたし。

 ちなみに上図の様な構造の管をベンチュリー(Venturi)管と言い、イタリアの物理学者Giovanni Battista Venturi(1746〜1822年) が発明した。これは断面積の違う二点の圧力差を測定することから流体の速度と、ある断面を単位時間に通過する流体の流量を測定するのに用いることができる。
 上図A点の管断面積をSA、流速をqA、圧力をpA、C点におけるそれらをSc、qc、pcとする。流体は密度ρの非圧縮性流体渦無し・定常流が実現されいるとする。ベンチュリー管について下記の議論が成り立つためには定常流の仮定だけでは足りません。渦無しの仮定で成り立つベルヌーイの定理でなければなりません。単位時間にQの流体がある断面を通過するとして、連続の方程式とベルヌーイの定理を適用すると

となり流量Qが測定できる。このQを(A)、(B)に代入すればqA、qcが求まる。実際には粘性による誤差が出てくるので、あらかじめ実測によって定めた流量の補正係数を上式に乗じたものが用いられる。

補足説明2
 ベンチュリー管は流れを絞ることにより流速を増大させ低い圧力を発生させる機構としても重要です。ガソリンエンジンのキャブレター(気化器)、霧吹き、エアーブラシ等々の重要なパーツを構成する。また、昔は航空機において旋回計や水平儀のような吸引圧力を利用して作動する計器に接続して用いられたり、速度計にも利用されていました。

 

.ピトー管

 ベルヌーイの定理の重要な応用として、流体の中を航行する物体の流体に対する速度を測定するのに用いるピトー(Pitot)管がある。これは 1732年にフランスの物理学者 アンリ・ピトー(Henri Pitot 1695〜1771年)が発表したものです。それは直管を流れに対して垂直に挿入したときの圧力と、開口部が流れの方向を向くようにしたL字型管を挿入して測定した圧力との差を求めて流速を測るものでした。しかし、これはダニエル・ベルヌーイやオイラーによってベルヌーイの定理が発見される以前の出来事です。
 今日のピトー管は先端部の圧力p’と側面の圧力pの圧力差を測定することで速度を測るようになっています。ピトー管先端部はよどみ点となり速度q’=0(圧力=p’)となる。側面開口部における速度をq、圧力をpとして、よどみ点を通る流線に沿って非圧縮性・定常流のベルヌーイの定理を適用すると

となる。よってp’−pを測定すれば物体の流体に対する速度qを知ることができる。

補足説明1
 現実の流体には粘性圧縮性があるため上式は厳密には成り立ちません。そのため、それらの影響を考慮した

の様な式が使われる。Kは粘性や圧縮性に関係する係数であらかじめ実測によって調べておく必要がある。

補足説明2 〔2023年2月追記〕
 ピトー管は、ベンチュリー管と比較して解りにくいので補足します。ピトー管に於いては、ベルヌーイの定理を適用する流管が下図の様になると考えれば良い。

 

.超音速風洞 

 充分大きな容器に圧力p、密度ρの気体が詰めてあり、小さな穴から圧力p’の外気中へ流出して密度ρ’になる場合を考える。

容器が大きくて穴か小さい、そしてタンク内の最初の流速qはゼロとみなせるので、穴の付近では渦無し・定常流が実現できているとして良いであろう。また気体は理想気体断熱的に膨張するとする。そのためバロトロピック流体と見なせるので、その場合に成り立つベルヌーイの定理を用いると


となる。これをツォイナー(Zeuner)の公式という。
 これは3.(4)2.[補足説明3]で述べた定常流れ過程でやり取りされる仕事量Wと熱量Qを表す一般的なZeunerの公式

の特別な場合[Q=0、W=0、理想気体の断熱変化、q1=0、高度h1=高度h2]を表している。
 このとき別稿「音速の理論」で説明したように、気体(空気)中の音速は

で表される。この関係式を用いると上式は

となる。つまり外気の圧力p’が下がるにしたがって、また容器内の圧力pを上げるにしたがって流速 q’は増加する。しかし外気圧を p’=0(真空) まで下げ、容器内の圧力pをどんなに大きくしても最大値は qmax を越えることはできない。このとき、音速は絶対温度のみの関数だから qmax を上げるには容器内気体の温度を高めることが必要です
 例えばT=15℃=288Kでp=1気圧の空気が真空中(p’=0)に噴出する場合には、γ=1.4、 v音速=340m/s だから、q’=qmax=760m/s の超音速流になる。

補足説明1
 超音速飛行体の研究には超音速風洞が必須ですが、循環定常流型の超音速風洞を実現するには強力な動力と巨大な軸流タービンが必要で建設に膨大な費用がかかる。そのため、一時期それに代わるものとして風洞出口を弁を介して大きな真空タンクに接続して超音速流を実現するものが作られ利用された。
 真空タンクを真空にした後に急速開放弁をあける。試験部では超音速流となるので、真空タンク内の圧力上昇が試験部の速度や圧力に影響をあたえることはなく、ある一定時間(約10秒程度)完全な定常状態の実験をすることができる。
 
 下図の風洞では、亜音速流か超音速流かの変更は測定室前の助走部ダクトの形状を変えて行うが、微小な流速の調整は測定室下流の可変ディフューザの形状を変えて行う。
 ただし、作動空気として外気を取り入れるので試験部における断熱膨張温度低下による結露を防ぐために、風洞の前に巨大な除湿装置が必要となる。下図はゲッチンゲン大学(ドイツ)で実際に使われた真空貯蔵形超音速風洞です。

 下図は別の助走部・測定部機構の図・写真ですが、ディフューザーの形状を変える方法が良く解る。この場合はラバール管の形状を変えて、右側の丸窓が付いている測定部における流速を変える。拡大版


 もちろん初速度q>0を与えることによってもqmaxは増大できます。測定器の上流側に高圧縮空気(200気圧以上)やタービン圧縮機によりゼロでない初速qを与え、最後に真空タンクに導く形式の極超音速風洞は今日でも使われています。その際、結露を防ぐために高温に加熱した空気を用いるようです。

 

.大気の成層と圧力分布

 ベルヌーイの定理を圧縮性流体である空気に適応する。いま、空気温度が一様(0℃=273Kとする)な状態で堆積していると仮定する。これは1.(1)3.で説明したように、バロトロピック流体と見なせ、その圧力関数は次のようになる。

また、体積要素に働く力は重力だけだから、重力加速度をg、高度をzとすると力のポテンシャルはU=gzとなる。
 流体は静止している平衡状態での議論だから、渦無しの場合に成り立つベルヌーイの定理を用いると、流体中のあらゆる部分で下記の量が保存される。そのため

となる。これは等温的平衡の場合の気圧高度分布式と呼ばれているもので、高度と共に気圧は次のグラフ[青点線の曲線]のように減少していく。

補足説明1
 上記の場合の圧力の高度変化は、温度が一様(今は、0℃=273Kとしている)の空気が大地の上に積み重なっているときの圧力分布そのものです。
 だから、空気塊がそのような圧力分布の中を上昇していくとき、もし断熱的に上昇すれば圧力低下とともに膨張して冷える訳ですが、今はその移動する空気塊は周りの空気から瞬時に熱を得て周りの空気塊(今は、0℃=273Kとしている)と同じに成っているとしている。
 ただし、大気の熱伝導性は非常に悪いので、無限にゆっくりと上昇しないとここで仮定した様な一定温度での上昇という事は実現できない。一様温度での移動という条件は極めて特殊な場合にしか実現しない状況なので、実際には次に述べる断熱変化のバロトロピック流体と見なせる場合の気圧高度分布式の方が重要です。

 断熱変化の場合、圧力関数は1.(1)3.(あるいは、先ほどの3.(5)3.)で説明したように

となるので、これをベルヌーイの式に代入すると

となる。[グラフは下図の赤曲線]

 これは、空気大気の各層における圧力および温度は、地表における0℃、1気圧の空気塊を断熱的に膨張させて各相当する層の密度に到達させたときに示すものであることを言っている。
 その際、空気塊が上昇して断熱膨張をするときの周りの空気の温度は丁度、上昇する空気塊が断熱膨張して温度が低下していく温度と同じになっている訳です。つまり、周りの空気の圧力は、各高度の空気温度がその様な状況で積もることによって生じるものとしているのです。その圧力に応じて上昇空気塊は断熱膨張していくとしている。
 実際の所、空気塊は周囲の空気との密度差による浮力により上昇あるいは下降を繰り返しており、対流にる攪拌でその温度平衡を保っている。そのとき対流は断熱的変化と考えて良いので、こちらの方がより現実に近い圧力高度分布になる。これが断熱的平衡の場合の気圧高度分布式です。
 ここで注意すべきは、バロトロピックとは圧力pが単に密度ρにのみに因ることを要求しているのであって温度は変化しても差し支えないことです。

補足説明2
 上式に理想気体の温度と圧力に関する断熱変化の公式[別稿「気体の断熱変化」1.[補足説明3]参照]を適用すると

となる。この値−0.98℃/100mがまさしく、気象学で習う大気温度の“乾燥断熱減率”です。

補足説明3
 実際の大気では、太陽の可視光により地面が過熱されて地面温度が上がり、暖まった地面が赤外線を出して地表大気を過熱する。そして上層大気は宇宙空間へ赤外線を放射して冷える。この二つが対流圏大気平衡の重要な要因です。
 そのとき【対流による攪拌・混合】、【輻射エネルギーの放射・吸収によるエネルギー移動】、【水蒸気の蒸発・凝縮による潜熱の発生】が絡んだ複雑なメカニズムで大気の成層構造は決定される。そのため対流圏の気温減率は上記の乾燥断熱減率とは異なった値−0.65℃/100m程度となります。これを“湿潤断熱減率”と言います。
 このことの詳しい説明は別稿「気象学の乾燥断熱減率と湿潤断熱減率、温位と相当温位」3.を御覧下さい。

 

.回転する液体の釣り合い

 非圧縮性の密度ρの流体が底の平らな円筒内において角速度Ωで回転している運動を取り上げる。これは例えば、湯呑みの中の液体をスプーンで強くかき回した後にスプーンを急に引き出した場合に実現される流れである。器の壁の摩擦の影響を無くする為に器も一緒に角速度Ωで回転させても良い。いずれにしても、円筒の中心軸をz軸に取れば流体はz軸を回転軸として一様な角速度Ωであたかも剛体のように回転する。この場合には流体の各部分の運動は既知であり、点(x,y,z)に存在する流体の実質部分の速度成分は

となる。これは連続の方程式は自動的に満たしている。これを、非圧縮性流体の圧力関数P=p/ρ1.(1)3.参照]と重力場のポテンシャル関数U=gzと共に、定常流についてのオイラーの運動方程式に代入すると

となるが、この連立偏微分方程式は直ちに積分できて一般解を求めることができる。

が得られる。この式は流体の全領域について同一の定数で成り立つ式です。

 回転流体の自由表面の形を求めるには、表面の圧力が p=一定=大気圧 である境界条件を用いればよい。上式より

となるので、回転放物面になることが解る。
 ただし、これを求めるだけなら上記のような大層なことをしなくても水面にある流体粒子に働く力の合力が水面に垂直である条件から直ちに導くことができる[別稿「コリオリ力」3.(1)参照]。

 z軸の原点をを容器の底に取り、回転前の水深をh、円筒容器の半径をRとすると、極座標表示での質量保存則から定数’を決定できる。

ゆえに

となる。すなわち、円筒容器周縁(r=R)の液面上昇量は、中央における液面降下量と同じになることが解る。

補足説明1
 水平な断面(z=一定)における圧力は前記の結論から、一定ではなく中央で最小、周縁部で最大である。これを確かめるのは容易である。容器が静止しているときにその底に砂粒を散布しておく。砂粒は適当な重さであって液体や容器と一緒に動くことがないとする。容器と液体の回転が始まれば、これらの砂粒は器底に生じる圧力差の影響によって中央に動かされる。
 あるいは円筒容器は静止した状態で、その中の液体をスプーンの様なもので回転させた場合には、容器底の摩擦のために容器底の境界層流体の流速は遅くなる。そのため底面のすぐ上では回転運動の遠心力が十分に発生できず中心向きの流れが生じて、やはりこの場合にも砂粒は容器中央に動かされる。これを“スピンダウン効果”という。
 これ遠心力による効果と反対方向に生じる現象なのでとても不思議ですが、別稿「台風のメカニズム」2.(3)においてスピンダウン効果を観察する例として説明した現象です。
 ただし、そこでも注意したように、台風で生じる中心に向かう圧力勾配はこれとは異なるメカニズムで生じます。台風の場合は、中央の空気塊が水蒸気が凝縮することによって開放される潜熱よって暖められ、膨張して軽くなる。その軽い空気が高く積もることによって周囲より圧力が低くなるのです。
 圧力勾配が生じるメカニズムは違うがスピンダウン効果が生じる事情は両者で一緒です。どちらも水底の流れに生じる“エックマン境界層”の形成がその原因です。
 
 これらの事柄は、下記の論文で報告されている。
James Thomson, On the grand currents of atmospheric circulation (1857). Collected Papers in Physics and Engineering, Cambridge Univ., 1912, 144-148(James Thomson は、ウィリアム・トムソン(ケルヴィン卿)の兄で工学・物理学者 上記論文集はnetよりdowenload可)
Boussinesq J. (1868)."Memoire sur l'influence des frottements dans les mouvements reguliers des fluides".Journal de mathematiques pures et appliquees 2 e serie. 13: 377?424
 
 また、この“スピンダウン効果”に付いては、Einsteinの有名な文章もご覧下さい。

補足説明2
 この流れは渦有りの流れであることに注意して下さい。下図の流体要素dr・rdθに着目すると1→2→3→4→1と流れていくにつれて角速度Ωでちょうど1回転していることが解る。

 実際、3.(2)1.で説明した過度ベクトルの定義式に従って計算すると

故に

となる。過度ベクトルωは流体の至る所でz軸の正方向を向いており、その大きさは全て共通で角速度Ωの2倍である。
 このことは、このとき3.(1)[ζの意味]で見たように、流体の実質部分は角速度Ω=(1/2)ζ[rad/秒]で回転していることに対応する。

補足説明3
 渦有りのために渦無しの仮定で成り立つベルヌーイの定理は使えないので、3.(4)2.で説明した定常流の場合に成り立つベルヌーイの定理を使う。そのとき積分定数は流線と渦糸で構成されるBernoulli面上で一定値を取る。
 本項で説明している現象のベルヌーイ面は、過度ベクトルがz軸の正方向を向き速度ベクトルが円周に沿った方向だから、下図の円筒面となる。そのため

が成り立つ。つまり、圧力は水面からの深さのみが関係する静水圧となる
 3.(4)2.で注意したように、上記の積分定数は円筒半径が異なるBernoulli面では違った値となる。しかし、gradに対する積分を半径r方向に実施すれば積分定数のr方向での変化を知ることができる。

これは流体の全領域について同一の定数で成り立ち、本文中で求めた式と同じものが得られたことになる。

補足説明4
 蛇行する河川では、湾曲の外縁部が浸食され、内縁部に土砂が堆積することは良く知られている。この現象も本項補足説明1で解説した“スピンダウン効果”で旨く説明できる。
 このことは、アインシュタインが1926年に「河川の流路の蛇行形成、およびベールの法則の原因」という小論で指摘している。興味深い内容なのでA.Einstein著(石井友幸, 稻葉明男共訳)「我が世界観」白揚社(1935年刊、1947年再販)p290〜296より引用紹介。
 原論文は Albert Einstein, "Die Ursache der Ma¨anderbildung der Flusla¨ufe und des sogenannten Baerschen Gesetzes". Die Naturwissenschaften. Berlin / Heidelberg: Springer. 14 (11): 223_4 (March 1926年)
 文中のベールの法則はKarl Ernst von Baer(1792〜1876年)が発見した地理学上の法則(コリオリ力により河岸の左右で浸食のされ方が異なる)です。
拡大版1

 上記の赤□囲み記事は、[補足説明1]“スピンダウン効果”の事を述べていることに注意。
拡大版2

 上記桃色四角囲み記事は、遠心力の代わりに“コリオリ力”でも同様な“スピンダウン効果”が生じる事を述べている。コリオリ力に付いては別稿「コリオリ力」を参照されたし。
 また、上記に続く記述は、流れの断面内における速度分布の効果について述べている。流路の底面と側面は摩擦のために流速は遅くなるので流路断面内に速度分布の不均等性が生じる。その効果が“スピンダウン効果”に如何に効いて来るかを述べている。
拡大版3

 

.風力発電風車のパワー係数CP [2013年10月追記]

 地球温暖化の驚異が差し迫っている今日、風力発電はますます重要な技術となりつつあります。風力発電は風(空気の運動)の持つ運動エネルギーから電気エネルギーを取り出すものですが、取り出せるエネルギーの割合には制限があることをF.W.ランチェスター(イギリス 1915年)A.ペッツ(ドイツ 1920年)が明らかにした。彼らは別稿で説明した航空流体力学でも著名です。
Frederick William Lanchester, “Contribution to the Theory of Propulsion and the Screw Propeller”, Transactions of the Institution of Naval Architects, Vol.LVII, March, p98〜116, 1915年
Albert.Betz, “Das Maximum der theoretisch moeglichen Ausnutzung des Windes durch Windmotoren”, Zeitschrift fuer das gesamte Turbinenwesen, Heft 20, Sept., 1920年
 それは“ベルヌーイの定理”の応用としてとても興味深いものなので詳しく紹介します。ここの記述は牛山泉著「風車工学入門(第2版)」森北出版(2013年刊)を参照しました。
 ランチェスターとベッツの上記論文に付いての牛山先生の論考を別ページで引用していますので合わせてご覧下さい。
 H. Glauert 著「The elements of aerofoil and airscrew theory (Second Edition)」Cambridge University Press(1946年刊)の ChapterXV “The Airscrew:Momentum Theory” にも説明されていますのでご覧下さい。

)風力パワーP

 風の持つエネルギーは運動エネルギーであるから、空気塊の質量を、その移動速度をとすると、着目する空気塊は

の運動エネルギーを持つ。この空気塊が風車の受風面を速度で通過していくので、風車受風面を単位時間当たりに通過していくエネルギー(風力パワーという)は

となる。つまり、風力パワーPは受風面積Aに比例し、風速の3乗に比例する

補足説明
 単位面積当たりの風力パワー(風力パワー密度P/Aと呼ぶ)は

となる。

 

)翼型風車についてのベルヌーイの定理

 今日一般的に用いられている最も効率の良い翼型風車のパワー係数P(風の持つエネルギーの内のどれだけが電力として取り出せるかの割合を示す係数)を求めてみる。

理論的な見通しを良くするために以下の仮定を置く。

  1. 空気は非圧縮性である。
  2. 風の流れは定常的かつ等方的である。
  3. 受風面に於いて風は一様な流れである。
  4. 受風面を通過しても風の流れに回転は生じない。

これらは、議論を簡単化する為の流体力学的な仮定としてはいずれも妥当なものだと思われる。

 風車の前方から風速iで吹いてきた風が速度で風車の受風面を通過して風速fの後流となって流れ去っていくとする。風車の受風面に運動エネルギーをパワーに変換する仮想的な円盤(アクチュエーター・ディスクと呼ぶ)を考える。風速を、圧力を、流管の断面積をで表すと、風車前後の流れの様子は下図のようになる。

 上図の流管に対して質量保存則(連続の方程式)を適用すると

となる。
 ここで、ディスクが風からエネルギーを取り出すと、i>v>vfとなるので、流管の断面積はi<A<Afとなる。このため流管は下流側で膨張することになる。

 アクチュエーター・ディスクに働く力は、流入する流体の運動量の時間的な変化に等しいので

となる。こうなることは別稿「力積と運動量」1.を参照されたし。
 一方、この力は当然のことながらディスク前後の圧力差とディスク面積の積に等しくなるはずだから

の関係式も満たさなければならない。
 この両式から

が得られる。

 ここでディスクの上流側の流管部分下流側の流管部分にそれぞれベルヌーイの定理を適用すると

両辺の辺々を加えあわせると

が成り立つ。

 ベルヌーイの定理から得られた関係式を前述の式に代入すると、

が得られる。
 この式はディスクを通過するときの流れの速度vは上流側の速度viと下流側の速度vfの平均値になるという注目すべき結論を表している。

補足説明
 上記の状況をグラフ表示すると




のようになる。
 空気塊は流管の中で一貫して減速されていく。そのため流管の中での圧力勾配は一貫して下流側に向かって正となる。この当たりの事情は3.(5)1.ベンチュリー管の例で注意した通りである。そのとき、圧力値そのものはディスク面の前後で不連続変化しても圧力勾配の値はディスク面に於いて連続的に変化していることに注意されたし。
 また、流体はディスク面のかなり上流側からディスク面の存在を関知して流れの様子を変えてゆくが、それは3.(4)5.で注意したように、流れの速度が音速よりも遙かに遅い流れであるために、ディスクが存在するという境界条件は瞬時に流れの上流側にも伝わり各瞬間の境界条件(ディスクの存在)に従って流れの様子が決まるからです。

 

)翼型風車の最大抽出風力パワーP’max

 アクチュエーター・ディスクにより風のエネルギーから抽出される風力パワーP’は、空気塊のもつ運動エネルギーの単位時間当たりの変化に等しいので、上記の結論を考慮すると

となり、P’(vf)のグラフは

のようになる。ここでρは一定と見なせるので抽出風力パワーP’風車の後流速度vfに依存することになる。その様子を上のグラフは表している。
 グラフから明らかなように、最大抽出風力パワーP’maxが得られる後流速度vf

を満足する点であるから

となる。
 すなわち

となる場合に最大の風力パワーを抽出できることになる。

 本来、上右グラフの様に、風車の形状・性能により、様々な風速の変化パターンが考えられる中で、図の赤ラインの変化を実現するような風車が最も最大風力パワーを抽出できるのである。そのとき、f→0にすることで最大パワーが抽出できるわけではない事に注意。
 理想的な風車の場合の最大抽出風力パワーP’maxは、前述の式のfi/3を代入すれば直ちに得られる。すなわち、

となる。

 

)翼型風車の理論的最大パワー係数CPmax

 [空気塊が最初に持っていた風力パワーP]に対する[抽出風力パワーP’]の割合をパワー係数Pと言う。

 ここで、定義式分母のの表現式中の断面積がiではなくてが用いられている事に注意すべきです。風車が存在しない場合の空気塊の流れ(自由流)はそのまま平行に流れていく。その場合に仮想的な風車断面Aを通過する(自由流の)風力パワーと比較しなければならないからです。
 このことがまさに、f→0にすることが最大パワーを抽出することになるわけでは無い理由です。f→0にすると後流の部分の流管の断面積fが太くならねばならない。
 そのとき同時にアクチュエーター・ディスクの位置の断面積に対して断面積iの値がより収縮することになる。つまり後流の速度fを小さくするような風車は、風車に向かって流れてくる空気塊のごく限られた断面積部分iを通過してくる自由流が持つエネルギーしか利用できなくなるのです。これが流体力学が教えてくれる最も重要な結論です。
 
 パワー係数P理論的最大値CPmaxは、前項6.(3)のP’maxについての結論Pの定義に適用すると

となる。0.593がパワー係数CPの理論的最大値で、これを一般にベッツ係数と呼ぶ。
 つまり、理想的な風力エネルギー変換システムでも、自由流中の断面Aの流管を通過する理論的パワーの約60%しか取り出すことができないのです。

 このときアクチュエーター・ディスクの位置の断面積ではなく断面積の自由流が持つ風力パワーと実際に取り出せる風力パワーを比較してみると

となる。これが、ローターを実際に通過する質量流量に対する最大効率となります。

 

)現実の翼型風車のパワー係数CP

 一般的に、風車により風から取り出しうるパワーPeは、風車の無限上流の風速をで表し、パワー係数Pとすると

で与えられる。
 このとき、風車のエネルギー効率には空気力学的損失以外に増速機の機械的損失や発電機の発電効率損失なども絡んできて、自然風から取り出せる正味の電力の割合は理想値の0.593にはとても届かずせいぜいはP〜0.35程度となる。

補足説明
 ローターの空気力学的損失の中にローターが生み出す角運動量の発生に伴うものがあります。ローターは流れにより発生するトルクの反動として回転しますから、ローター後方の流れは反対方向に回転する事になる。つまりローター後方の流れに角運動量が付加されます。そのため抽出できるパワーは少なくなります。
 この当たりを含めて解析するには、ブレードに沿って含まれるパラメータの変化を可能にするために環状流管モデルが用いられます。
 また、さらに詳しく解析するにはローターブレードを翼と考えて、その揚力を考慮した翼素理論が必要になります。
 その当たりのさらに進んだ議論は、前記の牛山泉著「風車工学入門(第2版)」などを参照されてください。

 

HOME  1.流体か空間か  2.連続の方程式  3.運動方程式  .渦無しの流れ  5.渦運動  6.流体力学のやり方  7.参考文献

4.渦無しの流れ

 渦無しの流れとは渦度ω(ξ、η、ζ)が至る所でゼロとなる流体運動をいう。すなわち、速度ベクトルをvとすれば任意の(x,y,z,t)でω=rotv=0が言えることです。
 そのときv=gradΦとなるような速度ポテンシャルΦが存在します。このことは、二次元の場合には4.(2)1.で証明します。三次元の場合の証明は適当なベクトル解析の本を御覧下さい。
 
 このような渦無しの仮定が有効なのは、すでに強調したように、完全流体[粘性ゼロ]、バロトロピック[密度が圧力だけの関数(この性質を順圧barotropicという)]、外力がポテンシャル力[その代表例が重力]の場合には、3.(3)で証明した“ラグランジュの渦定理”が成り立ち、渦無しの流れはいつまでも渦無しのままに保たれるからです。
 このとき、さらに非圧縮性流体の場合にはdivv=0だから、これにv=gradΦを代入するとdivgradΦ=△Φ=0となる。つまり速度ポテンシャルΦはラプラスの方程式を満足する調和関数になり、流れの数学的な解析が容易になる。
 そのとき二次元的な流れに限れば複素関数論を利用することができてさらに解析が容易になります。
 
 3.(3)3.で注意したように、静止状態は渦無しですから、静止状態から始まる流れはすべて渦なしの流れです。また上流が一様な流れの場合その下流の流れも渦無しの流れです。水や空気のような粘性の小さい流体の速い運動は普通渦なし流れとして扱える。なお粘性流体でも、静止流体の中で急に物体を動かすとき、流れの最初の状態は渦なしです。
 現実の多くの場合が、静止状態や、一様な流の状態から始まる流れであったり、静止した流体空間の中での物体の運動によってひきおこされる流れなのですから渦無しの流れは広い適用範囲を持つ。

)ポテンシャル流

 普通の流体力学の教科書ではここで、三次元渦無しの流れについて成り立つ一般的な事柄の説明がポテンシャル論を用いてなされる。ただし、ここでは全て省略します。その当たりは流体力学やポテンシャル論の参考書を御覧下さい。

 

)二次元・渦無しの流れ

 ここでは、3.(2)1.で定義した過度ζ(x,y,t)がすべての点(x,y,t)で零の場合を考える。このような流れを渦無しの流れという。

.速度ポテンシャルΦ(x,y)

 渦無しの流れでは、任意の点(x,y)で

が常に成り立つ。(7)式が任意の(x,y)点で成り立つことは、u(x,y)dx+v(x,y)dyなる微分形式が、ある一つの関数(Φと書く)の完全微分になるための必要十分条件である。[詳細は別稿「絶対温度とは何か(積分因子とは何か)」5.(2)参照]
 そのため

と書けるので、渦無しの流れでは、速度ベクトル(u,v)はある関数Φ(x,y)を用いて

と表すことができる。実際(8)式が成り立てば

となって(7)式が常に満たされる。
 (8)式はxy平面上の関数曲面z=Φ(x,y)のx、y方向のそれぞれの勾配がその点に於ける速度成分u、vを与えることを示している。そのためΦ(x,y)のことを“速度ポテンシャル”と呼ぶ。
 このとき

はdΦ=0を満足する線分ベクトル(dx,dy)[Φ=一定の曲線をxy座標平面に投影した等高線の方向]と速度ベクトル(u,v)の内積が零だから両ベクトルが直交することを表している。つまり(8)式は、速度ポテンシャルの等高線と速度ベクトルが直交していることを表している。
 速度ポテンシャルの導入に際して、渦無しの流れという制約が必要なのは、もしそうでなければ、その勾配が速度を表す様な、連続曲面をx,y平面上のz軸方向に設定することができないからです。

 速度式(8)を2.(1)非圧縮性流体の連続の方程式(1)に代入すると

となる。これは“ラプラスの方程式”と言われるもので、この線形方程式はポテンシャル論で詳しく研究されており、解法の見通しを立てやすい。

補足説明1
 すでに3.(2)2.で注意したように、渦なしの流れでは流線関数Ψもラプラスの方程式を満たす。この当たりを今一度まとめておく。
 
 非圧縮性流体(divv=0)の場合、連続の方程式から“流線関数”Ψが導入できる(つまりv=rotΨとおける。Ψはいわゆるベクトルポテンシャルのようなものに相当する)。そしてさらに、渦なしの条件(rotv=0)が成り立てば

となる。
 
 一方、渦なしの式(rotv=0)が成り立つ場合、“速度ポテンシャル”Φを導入することができる(つまりv=gradΦで、Φはいわゆるスカラーポテンシャル)。そしてさらに、非圧縮性(divv=0)の条件が成り立てば

となる。

補足説明2
 これらは二次元・非圧縮性・完全流体渦無しの流れにおいて速度ポテンシャル曲面や流線関数曲面の任意の点(x,y)に於けるx方向、y方向の二次の微分係数は互いに勝手な値をとれないで常に(9)式や(10)式を満たさねばならないことを言っている。これはもともと 【非圧縮性流体の連続の方程式】 と 【渦無しの仮定】 から得られたもので、これらは流線の有り様のみならず、 Φ や Ψ を通じて流線に沿った流速の分布もこうあるべきだという強い制約を課している。
 そのとき運動方程式はどのような役割を果たしているのかと言うと、『最初に渦無しの流れであったものは《未来永劫》に《至る所》で渦無しの流れでなければ成らない』という“ラグランジュの渦定理”の形で働いている。つまり v を gradΦ で置き換えられると言うところに働いている。これが運動方程式によって流れが規制されるメカニズムです。この運動方程式の働きがあるからこそ一旦渦無しの流れであるという状況が成り立てばその後の流体の振る舞いに強い制約が存在して流れの様子が定まる。
 これは、3.(4)5.[補足説明1]ですでに説明したことです。

 

.複素関数論

 前節で述べたように速度ポテンシャルの等高線[Φ=一定の曲線をxy座標平面に投影したもの]と速度ベクトルは直交している。ところで速度ベクトルの方向は流線の方向であるから流線関数z=Ψ(x,y)の等高線の方向と一致してい。そのため、速度ポテンシャルの等高線は流線関数の等高線と直角に交わる。これは二次元・非圧縮性・完全流体の渦無しの流れの極めて重要な性質で、この性質故にその流れの解析に於いて複素関数論が有力な手段となる。

 2.(2)の(3)式と前項(8)式を考慮すると、流線関数Ψと速度ポテンシャルΦの間には

が成り立たつ。このとき

が成り立ち、速度ポテンシャル曲面Φと流線関数曲面Ψの最大勾配方向は互いに直行することが解る。それは両者の等高線[Φ=一定とΨ=一定の曲線]が互いに直交することを意味する。

 さらに(3)、(8)式から

が成り立つ。この関係式は、複素関数論におけるコーシー・リーマンの関係と言われるもので、それが成り立てば複素関数論の数学的テクニックが使えて様々な有益な結論を得ることができる。
 このことについて別稿「カルマン渦列(動的安定性解析)」3.(2)で説明をしておりますのでそちらを参照してください。本稿ではその当たりの説明を全て省略します。

 

)複素関数論による具体例

 詳細は省略します。適当な流体力学、ポテンシャル論または複素関数論の教科書を御覧下さい。
 幾つかの応用例を別稿 「カルマン渦列(動的安定性解析)」「渦抵抗(カルマン渦列と抗力)」「二次元翼理論(等角写像とジューコフスキーの仮定)」「水の波」6.§35.3. 、「群速度と位相速度」4.§24.4. 等々で説明しておりますので御覧ください。

 

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5.渦運動

 以下の議論は立体的に考えた方が解りやすいので、ここは三次元で説明します。

)循環と渦糸

.循環

 流体内の任意の二点AとBを結ぶ任意の曲線をCとするとき、Cに沿って行った線積分

を曲線Cに沿ってAからBに至る流れと言う。特に曲線Cが閉曲線であれば

と書いて、閉曲線Cに沿った“循環”と言う。
 循環について次の“ストークス(Stokes)の定理”が成り立つ。

ここでrot3.(2)1.で説明した渦度ベクトルωです。右辺は閉曲線Cを周縁とする任意の曲面をSとしたとき、その曲面の各面積素辺の位置のベクトルrotとその面積素辺を表すベクトルdS[素片面に垂直でその面績の長さを持つ]の内積を曲面Sに渡って積分したものです。このとき循環の線積分の方向は面の周囲を右ネジの方向に回ったとき、そのネジの進む方向が面ベクトルの方向になるように回るものとする。
 流体の運動が至るところω=rot=0の渦無しの流れの場合、流体内にとった任意の閉曲線に沿っての循環は常にゼロとなる。

 

.渦線・渦管・渦面

 3.(2)1.で、流体の速度ベクトル=(u,v,w)としたとき

“過度ベクトル”と言い、ωがゼロでない点の小さな流体実質部分はベクトルωを軸とし角速度(1/2)ωの回転運動をしている事を説明した。
 流体の運動の各瞬間に、上記の過度ベクトルの方向を連ねた曲線を考えることができる。この曲線を渦線と言う。渦線の線素dsの成分を(dx,dy,dz)とすると、当然のことながら連立の微分方程式

を満足する。この解は

で、この二つの曲面の交線が渦線となる。
 同様にある曲面上の全ての点に於いて、過度ベクトルがその曲面の接平面内にあるとき、その曲面を“渦面”と言う。
 さらに一つの小さい閉曲線を考え、その上の全ての点を通る渦線によって形成される管を“渦管”という。渦管の側面は明らかに渦面の一つの例です。また、無限小の断面積を持つ極めて細い渦管を考えこれを“渦糸”と言うことにする。

 流体内に任意曲面Fを考え、その上の任意点における過度ベクトルωのこの曲面に立てた法線ベクトルνの方向の成分をωνとする。この場合、この曲面Fが渦面である必要充分条件は、曲面F上の至る所でων=0となることは明らかである。これを用いれば次の定理が証明できる。

ある曲面Fが渦面である必要充分条件は、その上の任意閉曲線Cに沿っての循環がゼロとなることである。

 なぜならば、一般にストークスの定理によって

であるから、閉曲線Cを渦面F上にとれば、いたるところων=0であるから、この閉曲線Cに沿っての循環はゼロである。
 また逆にある曲面Fを取るとき、その上の任意曲線に沿っての循環がゼロであれば、その曲面Fは渦面である。なぜならば、曲面上のいかなる閉曲線についても循環がゼロであるから、充分小さい閉曲線を任意の場所に取れば、至る所ων=0であることが言えるからである。

 

.渦糸とその強さ

 渦管を一周する閉曲線を任意の位置に2つとり、それらをC、C’とする。C、C’上にA、A’点をとり、図のような閉曲線AA’C’A’ACAで囲まれる曲面Sを渦管の表面にとる。この閉曲面Sにストークスの定理を適用する。閉曲面Sは渦管壁にあるので、(rotν=ων=0となる。したがって

となり、一つの渦管についての循環は閉曲線の位置によらない。すなわち

ある決まった時刻について1本の渦管を考えると、その側面を一周する閉曲線Cについての循環は、Cの選び方によらず、渦管に固有の不変量である。

 無限小の断面積を持つ極めて細い渦管を考えこれを渦糸と呼ぶことにしたが、渦糸の垂直断面積をσとすると、過度ωは断面内で一定と見なして良い。そのため上記の循環にストークスの定理を用いて面積分に直すと

となる。これを渦糸の強さと言う。
 つまり、渦糸の強さは渦糸内の過度ωの大きさと渦糸の直断面積σの積ωσで与えられ、その大きさは一本の渦糸を通じて場所によらず一定である。 そのため過度は渦糸の細い部分で大きく、太い所では小さくなる。

 渦糸がいったんある点から始まれば、循環が一定[渦糸の強さが一定]であるから、渦糸の断面積が∞にでもならない限り過糸の強さはある有限な値で何処までも伸びていることになる。したがって渦糸[渦線]は流れの中で中断することはない。つまり渦線は流体領域の境界面まで伸びているか、あるいは自分自身で閉じた渦輪を作るかのいずれかである。

[補足説明]
 上記の渦糸の強さは、一本の渦糸について場所によらず一定であることを上で導いたが、その渦糸が流体とともに移動していくとき、その渦糸は同一の流体により保持され、その大きさは時間がたっても一定であることが証明できる。それは“ヘルムホルツの渦定理”と言われるもので5.(3)あるは5.(4)で説明する。

 

)ケルビン(Kelvin)の循環定理

 “ケルビンの循環定理”は、下記文献で最初に証明が与えられた有名な定理です。
William.Thomson(Kelvin), "On vortex motion", Transactions of the Royal Society of Edinburgh 15, 1869, p. 217-260 又は Kelvinの論文集W.P13〜66(これはGoogle Booksで全文が見られます)。

[ケルビンの循環定理]
 流体が完全流体[粘性が働かない]で、しかも状態方程式がρ=f(p)で与えられ[バロトロピー流体]、しかも流体の体積要素に働く力が保存力[つまりポテンシャル曲面の勾配で表される]である場合、流体中にあり、流体とともに動く任意の閉曲線に沿っての循環は時間が経過しても不変である。

[証明]
 定理を証明するためには空間に固定している曲線についての循環の変化ではなく、それ自身で流体とともに動いて行く曲線に沿う循環の変化を求めなければならない。すなわち

がゼロであることを証明すればよい。ここでラグランジュ微分にしてあるのは、1.(2)2.で説明した様にv・ds流体に付随した量と考えられるからです。速度ベクトルはもちろん流体の移動とともに変化する流体に付随した量です。また線積分の微少線分ベクトルdsも流体に付随して移動しながら変化していく量です。そのため上式は次のように変形できます。

 この中で【前半の線積分】は流体が完全流体で、状態方程式がρ=f(p)で与えられ、しかも流体の体積要素に働く力が保存力である場合のオイラー形式の運動方程式により下記の様に変形できます。ただし線積分の線分ベクトルをds=(dsx,dsy,dsz)と置いている。

 最後から二番目の式に出てきたgradQのQは三次元でのポテンシャルを意味します。そのため別稿「保存力」4.で述べたように、その線積分値は最初と最後の点のみに依存しその積分経路によりません。閉曲線で元の点にもどればその積分値がゼロになるのは明らかです。だからストークスの定理を用いるまでもありません。
 つまり、循環の値の時間的変化は、その線積分経路に沿って働く力の線積分になるのですが、それはその線積分経路を周縁とする曲面の各面積素片に於けるトルクを面積分で加えあわせたものになる。ところがここで仮定されている流体においては流体の各微少部分にはトルクの様な力は働かないのだから、その面積分値はゼロになると言うことです。トルクが働かないと言うところに流体が完全流体で、状態方程式がρ=f(p)で与えられ、しかも流体の体積要素に働く力が保存力であることが必要です。それは3.(3)2.[補足説明2]で注意した事情と同じです。

 前半の線積分線積分の積分経路を固定して、速度場が時間的に変化することによる循環の変化を計算している。

 前記式の【後半の線積分】に於いて被積分項は二つのベクトル

の内積と考えることができる。
 この中で二番目のベクトルは線積分経路の線分ベクトルdsのラグランジュ微分だから

を意味する。
 ところでdsは、下図の様に流体の実質部分とともに動いて変化していく、流体の実質部分に付随する量です。そのため線積分の線分ベクトルをds=(dsx,dsy,dsz)と置くと下図の様な関係が成り立つ。

図中の平行四辺形ABCDについて右回りにベクトルの加算を行って元の点Aにもどるとベクトル和はゼロに戻るので

となる。つまり線積分経路が流体とともに動くときの線分ベクトルの時間的変化は速度ベクトルの(同一時刻での)場所的変化に変換される。そのため、前記式の後半の線積分

となる。
 最後から二番目の式に出てきたgrad[(1/2)q2]の(1/2)q2は三次元でのポテンシャルを意味します。そのため別稿「保存力」4.で述べたように、その線積分値は最初と最後の点のみに依存しその積分経路によりません。閉曲線で元の点にもどればその積分値がゼロになるのは明らかです。だからストークスの定理を用いるまでもありません。
 後半の線積分速度場はある瞬間の空間分布に固定して、線積分の経路が時間的に変化することによる循環の変化量を計算している。

 線積分の二つの部分がいずれもゼロとなるので定理は証明されたことになる。
 この定理の証明はランダウの教科書が的確かつ明快です。ただし、その中の微少変分の意味が難しいのですが文献7.の§18のBに詳しい説明があります。
[証明終]

 

)ヘルムホルツ(Helmholtz)の渦定理

 前記のケルビンの循環定理を用いると、次の重要な定理が証明できる。

[ヘルムホルツの渦定理]
 流体が完全流体[粘性が働かない]で、しかも状態方程式がρ=f(p)で与えられ[バロトロピー流体]、しかも流体の体積要素に働く力が保存力[つまりポテンシャル曲面の勾配で表される]である場合、
 ある時刻に一つの渦管あるいは渦面の上にあった流体の実質部分は、任意時刻においてもやはり渦管あるいは渦面の上にある。つまり、ある時刻に一つの過面を構成していた流体の実質部分は任意の時間にも一つの曲面上にあるが、その曲面も渦面である。すなわち、一つの渦管(渦面)は流体の運動を通じて常に一つの渦管(渦面)として保たれる。
 このとき、断面積が無限に小さい渦管を満たしている流体部分を
渦糸と言うことにすると、渦糸の強さ[5.(1)3.参照]は時間的に不変に保たれる。

[証明]
 渦面(渦管)の面上に任意の閉曲線C0をとる。ところで5.(1)2.で説明したことから、C0に沿っての循環は

となる。この閉曲線が流体とともに動いて行きt秒後に閉曲線Cを形成したとする。そのとき前節のケルビンの循環定理により、t秒後の経路Cに沿った循環も当然ゼロとなる。ところでストークスの定理を用いれば、それは

となる。ここでωνは過度ベクトルωの面に沿った成分を意味する。
 ところで閉曲線C0が囲む面積は時刻t=0に於ける渦面(渦管)の面上の任意の大きさにとれるので、閉曲線Cも任意の大きさの表面積分となる。そのため、最初の渦面(渦管)の面が動いてできる時刻tでの面上の至る所で

が成り立つといえる。これは時刻tの過度ベクトルωが面に沿っている事を示している。つまりその面が渦面である。
 また、渦線上にあった実質部分は、いつまでも渦線上にあることは、渦線が二つの渦面の交線になることと、上記の渦面上にあった実質部分はいつまでも渦面を形成することから言える。
 渦管は一つの渦面にほかならなず、渦管が構成する渦糸の強さは5.(1)3.で説明したように渦管の任意断面に於いて場所の違いによらず同一の値をとることが言える。これにケルビンの循環定理を用いればその値は時間的にも保存されることが言える。そのため流体とともに移動する渦糸の強さは場所的・時間的に各渦糸にとっての不変量となる。すなわち5.(1)3.で説明した渦糸の強さの定義を用いると

が結論される。ただし添え字0は時刻t=0の値を意味する。
 ここでもう少し補足説明をする。長さdsの渦糸の微少体積要素が流体と共に移動しながら変形していくとする。この体積要素の時間変化に対して質量保存則を適応すると、時間と共にその体積要素が変形しても

が成り立つことが言える。これと上式と組み合わせると

が言える。つまり流体運動により渦糸の長さが伸びると過度はそれに比例して増加し、また圧縮されて密度が増大するとそれに応じて過度も増大するのである。
[証明終]

 ヘルムホルツの渦定理がなりたてば、ある時刻に於いて渦無しω=0であった流体はその後の任意の時刻において常に渦無しである。逆にある時刻に於いて渦ありωであった流体はその後もその過度ωを保存する。つまりラグランジュの渦定理が証明されることになる。

 

)ラグランジュの渦定理、ヘルムホルツの渦定理、ケルビンの循環定理の同等性

 [ラグランジュの渦定理]、[ケルビンの循環定理]、[ヘルムホルツの渦定理]は、どれか一つが成り立てばそれから出発して他の定理を導くことができるので結局同じことを言っている。
 
 あえて例えると、【ラグランジュの渦定理】は微分形の渦度保存則を、【ケルビンの循環定理】は積分形の渦度保存則を表している。【ヘルムホルツの渦定理】はちょうどその中間形です。
 そのとき、【ラグランジュの渦定理】は渦度という少し解りにくい量で説明していますが、【ケルビンの循環定理】や【ヘルムホルツの渦定理】は、渦が存在する場合にそれがどのように振る舞うのかを循環渦糸の強さというより具体的な量によって解り易く説明してくれます。
 
 最後にもう一度強調しますが、これらの定理は、流体が完全流体で、状態方程式がρ=f(p)で与えられ、しかも体積要素に働く力が保存力という条件のもとで連続の方程式運動方程式から導かれたものである事を忘れないで下さい。

.ラグランジュの渦定理[ラグランジュ形式]からヘルムホルツの渦定理とケルビンの循環定理を導く

 参考文献1.のP204〜205、3.のP98〜99、8.のP187〜192等で、ラグランジュ形式のラグランジュの渦定理の結論を用いてヘルムホルツの渦定理を証明し、それを用いてケルビンの循環定理を証明しています。この証明はキルヒホッフが最初に与えたものです。

[証明]
 時刻t=0に一つの渦線要素ds0(da,db,dc)を占めていた流体粒子が、時刻t=tにds(dx,dy,dz)なる渦線要素を作るものとする。t=0およびt=tにおける過度ベクトルをそれぞれω0(ξ0,η0,ζ0)、ω(ξ,η,ζ)とする。 最初の仮定によりベクトルds0はベクトルω0に平行であるから

となる。これを3.(3)1.[補足説明]で導いたCauchyの積分に代入すると


となる。つまり時刻tに於ける渦線要素ベクトルdsと時刻tに於ける過度ベクトルωが一致している事を示している。
 ただしその大きさは、その点における流体の密度と渦線要素の長さに比例する。もちろん渦線の微少部分の長さは常に同一質点により作られているのだが、例えば時間の経過にしたがって渦線微少部分が伸長するとその部分を構成している質点は互いに遠ざかり、糸はさらに細くなる。そのとき密度が不変であれば、過度ωは増大する事になる。
 いずれにしても最初に渦線を形成していた流体粒子はいつまでも渦線を形成することが証明できた。

 次に渦糸の強さの変化に付いて確かめる。
 渦線を壁とする管が渦管であるが、断面積の無限に小さい渦管を満たしている流体部分が渦糸です。今渦糸の微少部分の時刻t=0における断面績と長さをσ0、ds0とし、時刻t=tにおける値をσ、dsとすると質量保存則により

が成り立つ。一方前記の式の絶対値を取ると

となる。この式で上記の式を片々割り算すると

が得られる。つまり渦糸の強さは時間がたっても変化しない
 よってヘルムホルツの渦定理が証明できた。なおこのとき、渦糸が伸縮して太さを変えると、断面積に反比例して回転速度を変えることに注意されたし。

 ここで5.(1)3.で証明した渦糸の強さは渦糸の長さ方向に場所的にも一定に保たれ、どの断面においても同じ値を取ることと、ストークスの定理により循環の値はその閉曲線を通り抜ける渦糸の強さの和であることを用いると、流体とともに動く任意の閉曲線についての循環は時間がたっても変化しないことが言える。。

よってケルビンの循環定理が証明できた。
[証明終]

 

.[オイラー形式]の運動方程式からヘルムホルツの渦定理を導く

 参考文献7.のP140〜142で、オイラー形式の運動方程式を用いてヘルムホルツの渦定理が証明されています。この証明はヘルムホルツにより与えられたものです。

[証明]
 ωを流れている流体の中で定義されている過度ベクトルとし、dσを流体と共に動きその位置と大きさが変化する面積要素とする。またωnωのdσに垂直な成分とする。そのときdσを通る過度ベクトルωについての量ωndσは流体の実質部分に附属する量であるから、それの短い時間間隔 t〜t+Δt の間における変化は、1.(2)2.で述べたようにラグランジュ微分で表すことができる。つまり固定した空間場所の局所的時間変化部分][定常的流れで(同じ時刻の)場所が異なることによる変化部分]の和で表される。
 同一時刻tにおける面積要素dσと、それからΔtの距離だけ離れた位置の同一時刻における面積要素をdσ’を考える。それぞれの点における過度ベクトルをωω’とする。このときのdσ’もω’定常的な流れであるとした場合の同一時刻でΔtだけ離れた位置の量である。当然のことであるがdσとdσ’、ωω’は場所が代われば異なっていて良い。
 結局、流体とともに動く面積要素dσに付随するωndσの時間的変化はΔt時間当たり

と表せる。ここで固定した空間場所の局所的時間変化部分]についてであるがdσは空間部分に付随する量であるから固定した空間部分についての話のときには時間についての偏微分の外に出せて、局所的時間変化をするのは過度ベクトルωのみとすることができる。また[定常的流れで(同じ時刻の)場所が異なることによる変化部分]についてはωとdσの両方が変化するのであるが、とりあえずδ(ωndσ)と表しておく。

 このとき時刻tの面積要素dσを下面、それからΔtだけ離れた定常状態における同一時刻の面積要素dσ’を上面とする。このときのdσ’は定常状態を仮定した場合にdσがΔtだけ移動したときに形成する面積要素である。このときdσの面積要素に垂直な流体の速度成分をvnとすると、時刻tに於いてdσとdσ’を上下面とした高さがvnΔtの微少円筒が形成される。その微少円筒の体積dτはdτ=vnΔtdσとなる。
 この微量体積要素に対して流入するベクトルωの面積分を考える。それに対してガウスの定理を適応すると

となる。このとき、左辺の面積分は二つの部分に分けられる。すなわち[円筒の側面に関する面積分][円筒の上下の蓋に関する面積分]である。
 その内[側面に関する面積分]は上図で線を描いて示してある面積要素ベクトルdSについて

を側面全体にわたって積分すればよいので

となる。
 
 一方[上下の蓋の部分に関する面積分]

となる。このとき面積要素ベクトルの外向き法線の方向は底面と上面では逆なので差になる事に注意されたし。これはまさしくωndσの[定常的流れで(同じ時刻の)場所が異なることによる変化部分]を意味する。
 
 前出の式の左辺を上に述べた二つの面積分の和で置き換えると

となる。

 これを最初の式の右辺第二項に代入し、3.(3)2.[補足説明1]ヘルムホルツの方程式[オイラー形式]を導くとき出てきた式を用いると

となる。この式はまさしく渦糸の強さは時間がたっても変化しないというヘルムホルツの渦定理を示している。すなわち渦は新たに生成することも、また消滅することも無い。渦は流体の微少部分に附属し、それと共に輸送される固有の性質である
[証明終]

補足説明1]2018年2月追記
 (ここは石井俊全著「一歩一歩数式で理解する一般相対性理論」2章§7p180〜182を参照しました)
 流体力学で開発された数学的手法は電磁気学においても絶大な威力を発揮した。ここで展開されたヘルムホルツの手法を用いるとMaxwellの電磁場方程式中の“ファラデーの電磁誘導の法則”

から“ローレンツの力の法則”

を導くことができる。
 
[証明]
 MKSA有利化単位系(SI単位系)で説明します。
 まず、微分形式のファラデーの電磁誘導の法則を積分形式に直す。任意の閉回路Cで囲まれた面積要素Sを考える。

 左辺の面積分はストークスの定理を用いて閉回路上の線積分に変換できて

となる。
 一方、右辺の面積分は

となる。
 故に、積分形式のファラデーの電磁誘導の法則は

となる。
 ここで、閉回路を微少な円形サークルと考え、これが速度vで下図に示す方向へ移動しているとする。つまりこの円形サークル中に存在する電荷がサークルと共に速度vで移動するときに、その電荷に働く力を求める。

 ここでヘルムホルツの定理の証明に用いた図形を考えるのだが、サークルの面積dSは微少であり、サークルが速度vでdt時間に動く距離 vdt は短く、サークルの移動で生じる円筒体積領域は極微少であると考えることができる。そのためこの領域では磁場ベクトルBの分布は一様・一定であると考えることができる。
 このとき時刻 t にサークルを貫く磁束は下左図の面を貫くものです。一方 t+dt にサークルを貫く磁束は下右図の様に円筒下面dSと側面を貫く磁束Bの和となる。

 そのため微少サークルに沿って生じる起電力は上右図面要素を貫く磁束Φ(t+dt)と上左面要素を貫く磁束Φ(t)の差をdtで割ったものになる。つまり側面を貫く磁束[Φ(t+dt)−Φ(t)]をdtで割ったものになる。側面の面要素 dσ≡[vdt×dr]=−[dr×vdt] として、面積素片ベクトルdσの方向は円筒の内側を向く事に注意して計算すると

となる。円筒側面の面積分がサークル上の線積分で置き換えられる事にも注意されたし。
 この関係は任意のサークルCに対して成り立つので、これは磁場B中を速度vで動いている電荷qに働く力がローレンの力の法則

に従うことを示している。
[証明終]
 
 少し補足しますと、本来“Maxwellの電磁場方程式”“ローレンツの力の法則”は独立な法則です。もともとここでの話は時間的に変化しない磁場B内を速度vで運動する荷電粒子に働くローレンツ力の話でしかないのに、それを強引に“Maxwellの電磁場方程式”に結び付けるやり方には無理があります。
 実際上記の議論の最後の所に使われている

は、もともと“ローレンツの力の法則”そのものです。そして、EとBの間には別稿「交流電気回路」1.(1)[補足説明]や、別稿「アインシュタインの特殊相対性理論」2.(1)[補足説明1] で述べた相対論的な関係があります。そのために、ここに述べたような関係づけが可能になっただけです。だから、“Maxwellの電磁場方程式”“ローレンツの力の法則”はやはり独立な法則です。

 

.渦度保存則の興味ある例(空気砲)

 ヘルムホルツの渦定理の興味ある例が空気砲です。ミカン箱程度の大きさの段ボール箱を粘着テープで密閉して、一つの側面に直径15cm程度の丸い穴を開ける。その穴から蚊取り線香を中に入れて煙を充満させた後に、段ボール箱の両サイドを両腕の手のひらで鋭く叩くと穴から渦輪(vortex ring)が前方に放射されるのが観察される。渦輪はその形を保ち、煙を巻き込んだままかなりの距離を高速で進んでいく。まさに渦が流体と共に動き、その過度が保存される様子を実見することができる。これは簡単にできる実験ですから、まだ試してない方はやってみられることを薦める。

 別稿「カルマン渦列」4.(2)3.で詳しく論じるが、渦は流体物質にくっついている。そのため空気の固まりが渦と共に運ばれていくのである。これは渦の進路においたロウソクの火が吹き消されるのを見れば容易に確かめることができる。また渦の理論により次のような現象が生じることが証明できる。実際、上記の渦がそのように振る舞うことを確かめてほしい。

  1. 箱の両サイドを小さくたたいたときの弱い渦はゆっくり進行み、強くたたいたときの強い渦は早く進む。
  2. 穴の半径を小さくすれば生じる渦の半径も小さくなるが、同じ強さで箱の両サイドをたたくと、速度は大きくなる。
  3. 穴を四角にすると、最初は矩形の渦だがやがて円形の渦となる。つまり円形の渦は安定だが、矩形の渦は不安定である。
  4. 円形の渦を壁に向かって打ち出すと、渦面に平行な壁に近づくにつれて、その近づく速度は遅くなる。
  5. また、壁に近づくにつれてその半径は増して、壁に沿ってリンクは広がりやがて消滅する。
  6. ごく近い間隔で連続する渦輪を打ち出すと、後方の渦は前方の渦をくぐり抜ける。二つの渦は交互にお互いの中をくぐり抜けながら進んでいく。(きわめてゆっくり移動する渦輪でないと観察は難しい)

 

)渦運動の具体例

詳細は省略します。適当な流体力学の教科書を御覧下さい。幾つかの応用例を別稿「カルマン渦列(動的安定性解析)」4.で説明しておりますので御覧ください。

 

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6.流体力学のやり方

 世の一般の流体力学の教科書は、三次元の、しかも圧縮性・粘性流体の運動方程式から話を始めるものが多い。その後で連続の式を導入する。三次元の運動方程式の一般的な話をすました後に、より簡単な非圧縮性・完全流体、二次元流、渦無しの流れと特殊な場合に特化して解説をしている。
 しかし、流体力学の展開は最初に連続の方程式から入ったほうが良いように思う。なぜなら流体の本質は、その形を自ら保てず、容器の壁や接する物体の存在があって始めて、その有り様・流れが定まる所にある。液体では変形を十分ゆっくり行うかぎり、その実行に力はほとんど必要としない。特に粘性が無い流体に関しては全く必要としないし、ある一点に存在する流体に働く力はパスカルの原理によりすべての方向に同じ大きさで働く。これは流体の内部に仮想的に考えられる断面にたらく力(圧力といわれる)は断面に対して常に垂直であることを意味する。
 この最も大切な性質を具現するものは連続の方程式です。そして連続の方程式の意味を最も解りやすく端的に反映しているのが非圧縮性流体です。だから、非圧縮性流体から入るほうが解りやすい。さらに粘性のない完全流体から出発する。そして数学的に見通しが立てやすい二次元流から入るのが良い。すでに見たように非圧縮性流体の連続の方程式から得られる渦無しの場合のラプラスの方程式にはラグランジュの渦定理すなわち運動方程式が深くかかわっており、また一方ではラグランジュの渦定理の証明には連続の方程式が必須です。
 
 そこから出発するのですが、現実の流体の流れについては合わないところが色々出てくる。例えば、連続の方程式では、無限大の圧力や無限大の流速(たとえば急な角度で折れ曲がっている所を迂回する流れ)や無限大の速度勾配(たとえばある一つの内部境界面で滑りあっている様な流れ)も排除しない。しかし物理的にその様なことは不可能です。そこで始めて色々な微調整を取り入れて行く。
 物体表面での摩擦や、それから生じる境界層の存在、止水(死水)域の発生と流れの剥離、剥離面に生じる渦、流体内部の摩擦である粘性、粘性の小さい流体中での渦の保存性、圧縮により温度変化する流体、乱流の発生、超音速の流れ、衝撃波、・・・・と発展させていけばよい。そのとき、例えば渦などは本来止水域との境界面に生じる摩擦(粘性)の産物なのに、一旦生じると、以後の解析は粘性のない流体系として取り扱う。そして渦無しの領域と渦は互いに混じり合っていながら別々に論じる。この当たりが非常に面食らう所ですが、そこに運動方程式から導かれたラグランジュの渦定理が中心的な役割を果たしている。連続の方程式ラグランジュの渦定理を中心とした考え方にすると、このようなやり方も素直に受け入れられる。カルマン渦列翼理論のKutta-Joukowskiの定理などもそういったやり方です。
 現象が複雑であるが故に、流体力学は現実の流れとつきあわせながら、考え方を調整して理論を作っていくしかない。運動方程式が非常に複雑なためにそのままで解けるものはほとんど無い。そのため根本の公理や法則からすべてを論理的・体系的に導きだすやり方はうまくいかないようです。連続の方程式から出発して運動方程式の援助を受けながら場当たり的・泥縄式につぎはぎしながら流れの取扱う範囲を少しずつ拡張していく。そのとき、現象に最も影響がある物理現象だけを取り出し、それ以外は思い切って捨象する。それが数学的に極めて複雑な流体力学を実りあるものにするやり方なのだろう。

 

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7.参考文献

 このHPは下記の文献を参考にして作りましたが、大半は文献2.に依存しています。流体力学の構築には微分積分が絡んだ複雑な数学が必須で、まさに数式の洪水です。我々素人は数式の泥沼に足を取られて本質がなかなか理解できない。三次元での説明は理解するのが困難なので二次元で解釈し直し、できるだけ解りやすくしました。私自身二次元で作り直してみて初めて、ラグランジュ形式とオイラー形式の違いやラグランジュの渦定理の証明が納得できました。

  1. Horace Lamb著「Hydrodynamics Sixth Editon」Cambrige University Press(1932年刊、初版は1879年刊))
     世にある流体力学の教科書の大元ですが、簡潔に表現されているので理解するのが大変です。
  2. 友近晋著「流体力学」共立出版(1940年)の文献社による復刻版(1972年刊)
     今井・巽先生の大先輩が書かれた古い教科書です。上記文献1.を利用されているのですが、その行間を補って丁寧に説明されているので一番解りやすい。
  3. 今井功著「流体力学」岩波全書(1970年刊)
  4. 巽(タツミ)友正著「流体力学」培風館(1982年刊)
  5. G.K.Batchelor著「入門流体力学」東京電気大学出版会(1972年刊)
    中身は見かけほど難しくないのですが、私には何となく取っつきにくい本です。
  6. ランダウ=リフシッツ著「流体力学1」東京図書(1970年刊)
     私にとって結構難しい本ですが、このHPを作るためにじっくり読み直してみました。これは正確かつ明快に書かれており、改めてすごい本だと思いました。
  7. Arnold Sommerfeld著「理論物理学講座U 変形体の力学」講談社(1969年刊、原本は1944年刊)
     これは流体力学の本で最初に読み通した本ですが、当時の私には難しくて本当に理解できていたのか疑問です。このHPを作ってから読み直してみるとなるほどと思うところが多い味わい深い本ですが、書き方が少し難しいです。
  8. Max Planck著「理論物理学汎論U 変形する物体の力学」裳華房(1943年刊、原本は1919年刊)
     ゾンマーフェルトの次に読んだ本です。真面目なプランクの性格そのままの謹厳実直な本ですが、今にして思えばこれも2.、3.、4.等を読んだ後に読んだ方が良かった。
  9. 高木貞治「解析概論」岩波書店(1968年刊)
     数学的な所はこれで復習しました。若い頃読み通すのに2ヶ月近くかかった本ですが、その内容をすっかり忘れていて思い出すのにシクハックしました。

 複素関数論・ポテンシャル論・ベクトル解析の教科書は沢山ありますが、どれも同じ様なものですから適当なものを選ばれてそれぞれの分野で2、3冊ずつ読まれるのが良いと思います。1冊ずつではなくて2、3冊を比較しながら読まれた方が良く解ります。

 私が大学を出て最初に就職した所が流体力学と水の波に関係した職場だったので、流体力学や複素関数論は努めて勉強しました。しかし、いくら本を読んでも今ひとつ解ったという気になれなかったのです。その後進路が変わり流体力学とは縁が切れて、その内容をすっかり忘れてしまいました。
 退職して暇になったので当時読んだ本を引っ張り出して読み直してみたのですが、ラグランジュの渦定理こそ流体力学の中心原理ですね。注意深く読めばH.Lamb[P17]やA.Sommerfeld[P90]の教科書にちゃんと書いてあるのですが、当時は全く気づきませんでした。そのことが解ってから流体力学のやり方が納得できました。このHPはそれを説明するものです。

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