このページを印刷される方はこちらのバージョンをご利用下さい。ブラウザーでは見にくいのですが印刷は鮮明です。
天文の話は高校物理では万有引力の説明のときに少しだけ出できますが、今の高校生はほとんど習いません。とても面白い所なのでここで説明します。
古代の人にとっての宇宙は、それぞれの場所から見たままの経験に基づくものだった。
地平天平説
地平天球説
である。まさに地域的宇宙論である。このとき月、太陽、星々の動きから天が半球状をしているという考えは早くから存在した。つまり右図の様なものである。しかしこの宇宙論には重大な3つの疑問が生じる。
その後の宇宙論はこの疑問に答えるかたちで発展する。
地球が球形である説は以下に述べる観測技術の向上と人間活動の広域化によりわりと早くから確立される。古代人は地球が球形である証拠として
などを挙げている。
彼は大地は天より等距離の場所を占めているので平衡点になっていると考えていた。故に大地は支えられなくても天の中心に留まることができると考え、上記1.の疑問を解決した。そして天は無限の広がりを持つとして2.の疑問に答えた。
天も大地も球形と考えて上記1.2.3.の疑問をすべて解決した。地球が球形とすると地球の裏側の人間は地球からぶら下がるかたちになるが、彼らは地球が宇宙の中心であり、すべての物はその中心に対して球対称に分布すると考えて上記3.の疑問に答えた。
フィロラオスは宇宙の中心である中心火の回りを地球は西から東へと1日に1周するとした。彼がこのように考えた理由は不明である。
自転する球形の地球が宇宙の中心とした。驚くべきことに自転する地球という考え方はわりと早くから出てくる。そう考えたのも広大な天を1日に1回の割合で回転させるより、中心の地球を回転させて日周運動を説明する方が現実的だったからだろう。
ピタゴラス派の説明には惑星の運動の説明がまったく抜け落ちている。観測技術の進歩とともに、この惑星運動を説明しようとしたのが次に述べる同心天球説である。
惑星の明白な不規則運動をみとめて、一様円運動の組み合わせによって説明。
同心球を多数組み合わせて説明しようとした。彼は
恒星球 1個
5惑星 4×5=20個
太陽 3個
月 3個
合計27個の同心球を仮定した。一つの惑星に4個の同心球を割り当てたのは下図のメカニズムにより逆行運動を説明しようとしたからである。
上図の2と3の同心球の役割はわかりにくいが、左図の様にA軸の回りの回転(球3の回転)を行わせると往復運動(厳密には8の字形の往復運動)を生み出すことができる。これにB軸のまわりの回転(球2の回転)重ね合わせることにより惑星の逆行が表現できる。球4の回転は球3の回転を打ち消すためのものである。
アリストテレスはエウドクソスが考えた思考上の同心球をより実在的に考えた。つまり内側の惑星を表現する同心球群(エウドクソスは3又は4個にしたが、アリストテレスは運動をより精密化するために天体一つ当たりに4又は5個導入した)が外側の惑星を表現する同心球群の一番内側に接続しているとした。そのため外側の惑星の運動を巻き戻して静止した軸をつくるために逆転球群(天体一つに3または4個)を導入した。そのため彼の宇宙は合計56個もの同心球が機械的に一つにつながった複雑なものになった。
アリストテレスの時代には水、金星と火、木、土星との顕著な違い、前者は太陽にまとわりつくように動いているが、後者は太陽と真反対にくることに着目していた。また対恒星天内を一周する期間の大小から地球からの順番を上記の様に考えていた。そのために次に述べる説も存在した。
驚くべき事に下図の様に地球と太陽の2つを中心とする説が考えられていた。
さらにアリスタルコスは太陽を宇宙の中心とし、その周囲を自転しながら回転(公転)する地球を考えていた。しかし観測事実の蓄積と解析法の確立していない古代においては広く広まるに至らなかった。
プトレマイオスが述べた説として有名であり、高校生は天動説という誤ったものとして説明される。しかし、これは、古代における精密観測結果を飛躍的に正確に説明した画期的で偉大な説です。高校物理の教科書には間違った説明が多々見られるので、大いに努力して以下説明する。
まず、この説は同心球宇宙が観測結果とあわなくなったために考え出された。その同心球宇宙の矛盾とは
彼は同心球宇宙が持つ上記1や2の矛盾を解決するために誘導円と周転円を導入し、すべての惑星は誘導円の上に回転中心を持つ周転円の上を運動するとした。周転円の中心は誘導円の上を等速円運動をする。そしてその周転円の上を惑星は等速円運動をする。さらに誘導円に中心位置(地球はそこに位置する)が円の中心からずれている離心円を導入することで上記3や4の矛盾を解決した。
ヒッパルコスの宇宙を集大成したのがプトレマイオスである。その特徴は
上記1の様に配置する観測上の根拠は全く無いのだが、地球からの相対的な距離を決める方法を持たなかった当時では致し方ない処置かもしれない。これが後で述べるようにコペルニクス的な転回をすれば太陽系を構成する惑星系の相対的な軌道半径を決定できる着想に繋がる。
2、3について、多くの教科書の説明はいい加減である。プトレマイオスの宇宙体系の真骨頂はここにあり、これ故に観測事実の説明で素晴らしい精密さを達成することができた。
古代宇宙論に於いてプトレマイオスの宇宙は大きな成功を収めたが、それもそのはず、プトレマイオスの宇宙とコペルニクスの宇宙は数学的に全く等価であり、太陽中心の現在の宇宙を正確に表現できる。以下そのあたりの事情を図により説明する。
木星を例にして説明する。地球は太陽の回りを1年(12ヶ月)で一周し、木星は太陽の回りを約12年(142ヶ月)で一周する。木星軌道半径は地球軌道の約6倍である。そのとき一ヶ月おきの地球の位置から太陽と木星を見たらどの方角のどの距離に存在するように見えるかを描いたものが下図である。どの方向に見えるかとは、遙か彼方に存在する恒星系の星々を背景として観測した場合に、恒星系に張り付いている天球の座標上でどこにいるかということである。この図を検討してみれば明らかなように、地球を中心に据えて天球上の恒星系を背景として(つまり天球上の緯度・経度で)各天体を見ると
もちろんプトレマイオスは地球−太陽間、地球−木星間の距離を知るすべを持たなかったので、前節1で延べたように逆行の量より周転円の見かけの視角を決め、周転円が重なり合わないように誘導円の大きさを定めたのであるが、その点以外は全く数学的に等価である。
水星を例にして説明する。水星の軌道半径は地球の約0.39倍であり、公転周期は約88日である。地球を中心に据えて恒星系を背景として各天体を見るとこの場合も図から明らかなように
もちろんプトレマイオスは地球−太陽間、地球−水星間の距離を知るすべを持たなかったので、前節1で延べたように逆行の量より周転円の見かけの視角を決め、周転円が重なり合わないように誘導円の大きさを定めた為めに、水星の誘導円も周転円も太陽軌道の内側に設定されていたが、それ以外は全く数学的に等価である。
上に述べた手順を逆に行えば、プトレマイオス宇宙はコペルニクス宇宙に転換される。すなわち
このように転換すると地球からの各天体の見え方はそのままにして地球中心のプトレマイオス宇宙から太陽中心のコペルニクス宇宙へ移行できる。このあたりの事情は上図を参照。ここで注目すべき事柄は、どちらの宇宙体系でも地球から見た惑星運動の見え方は全く同等であるが、上記の変換をすることで太陽系における各惑星軌道の相対的な距離が完全に決定できる事である。これこそがコペルニクス説の最大の成果である。どれか一つの天体までの距離が測定(歴史的には火星と金星までの距離測定が精力的に試みられた)できれば太陽系全体の絶対的な大きさが決定できる。
周転円の複雑なメカニズムの呪縛からのがれ、太陽系の各惑星軌道の相対的な大きさを完全に決定できるという成果を挙げたコペルニクス説だが、話はそう単純には進まなかった。
コペルニクスのいうように地球が太陽の周りを公転しているのなら、近くの恒星は遠くの恒星を背景にした天球の中で、1年を周期とした円運動(天の極付近の恒星)や往復運動(黄道付近の恒星)をしなければならない。これを年周視差という。当時すでに様々な天文現象(1572年新星の出現、1577年彗星の出現)から恒星世界もに広がりがあり、様々な距離に恒星が配置されているという考え方が芽生えていた。しかし年周視差の大きさは当時の観測技術を遙かに超えた微少なものであった。年周視差の詳細は「年周光行差と年周視差による星の位置変化」2.参照。
ヴィッティッヒは以下に述べるティコ体系とプトレマイオス体系の折衷案の宇宙(左図参照)を考えた。水星と金星は、地球の周りを公転している太陽の周りを回る。そして火星、木星、土星は太陽−地球間距離の半径を持つ周転円の上を太陽に同期して回転する。
中世最大の観測家であったチコ・ブラーエはいくら星々を観測しても年周視差を観測できないことから左図の様な宇宙を考えた。彼の宇宙は月を除いたすべての惑星は太陽を中心とした円軌道を公転しており、それらの惑星を伴った太陽が地球の周りを回転している。
これまでの説明から明らかなように、太陽中心のコペルニクス説と地球中心のプトレマイオス説、ティコ・ブラーエ説は、地球から見た太陽、月、惑星の運動を説明する上に於いて数学的に全く等価である。
さらにコペルニクスも惑星の運動は真円の上を等速度で移動する運動であるという考え方にとらわれていたため、太陽中心説でありながら惑星の運動をより正確に説明するために離心円と周転円を用いざるをえなかった。
それ故に地動説(太陽中心説)と天動説(地球中心説)の優劣は次に説明するケプラーの楕円軌道の発見に至って初めて明確になる。
1609年にガリレオ・ガリレイはオランダの眼鏡師がつくったという望遠鏡の話を知り、自らガラスレンズを磨いて今日ガリレオ式望遠鏡と言われるものを作った。当初のものは倍率6倍、9倍程度であったが、後に20倍のものを作り天の観察を始めた。そして1610年3月に出版した小さな本「星界の報告」で望遠鏡が明らかにした驚異の世界を報告した。
ガリレオが望遠鏡によって発見したこれらの事実は、それまでの宇宙観を根底から揺るがすものだった。ガリレオはコペルニクス説を説明する集大成とも言うべき「天文対話」を1632年に出版するが、即座に発禁処分となる。
[リンクした図版はジャン=ピエール・モーリ著「ガリレオ」創元社「知の再発見」双書140(2008年刊)より引用]
ケプラーはティコ・ブラーエの元に弟子入りし、ティコの遺産として彼の24年間にわたる膨大な惑星観測の位置データを受け継いだ。
ケプラーはチィコのデータを用いて次々と彼の理論を確かめていった。惑星軌道を決定するためのデータはすべてティコのノートの中にあったのだから、ティコのデータを手に入れたケプラーは天にも昇る喜びだったでしょうね。
ケプラーは火星の正確な公転周期が知りたかったが、地球も火星も楕円軌道を描いて運動しているので、見かけほど簡単ではない。そのためまず長年にわたる会合周期の変化を追跡した。
会合周期とは太陽−地球−惑星が一直線上に並んだ状態(衝)から、次にその状態(衝)が起こるまでの期間である。ただし楕円軌道故にその会合周期も時とともに変化している。かれはその変化の様子を調べて正確な会合周期780日を求めた。
次に会合周期T会合=780日と地球の公転周期T地=365日を用いて火星の公転周期T火=687日を決定した。その考え方を以下に記す。
火星の公転周期が決まると地球軌道が決定できる。火星は1公転周期の687日後には必ず同じ位置にいる。そのため太陽と火星の位置を定めると687日後の地球は、そのときの地球から見た天球上での太陽位置1’の反対側に直線をのばし、また地球から見た天球での火星位置1”の反対側に直線をのばした交点1にいる。同様に687×2日後の地球は2’の位置の反対側と、2”の反対側の直線の交点に2にいる。以下同様繰り返せば地球軌道が決定できる。
つまりケプラーはチィコの観測データのノートを繰って望みの日の天球上での太陽や火星の位置データ(天球上の緯度・経度)を取り出せば良かったのである。
地球軌道が一旦定まれば、任意の時刻の地球位置はその時刻の太陽位置(天球上の経度と緯度)をティコのデータから拾い出すことによりたちどころに求めることができる。すなわち地球は太陽位置の真反対側の緯度・経度方向と地球軌道との交点にいる。ケプラーは地球軌道の形と各時刻での位置を決定して次の事柄を明らかにした。
地球軌道を決定した後いよいよ火星軌道の決定に臨んだ。太陽と地球の位置が解っているので時刻Aでの火星は、そのときの太陽、火星の天球上での緯度・経度データから求まる直線Aα上にいることが知れる。またAより687日後には火星は同じ位置にいるはずである。そのとき地球はBの位置にいるが、そのときの太陽と火星の緯度・経度データから火星が存在するはずの直線A’α’が定まる。直線Aαと直線A’α’の交点こそ火星が存在する場所である。
別の日Bでの位置データとその687日後のB’における位置データを用いると、直線Bβと直線B’β’がもとまる。そしてその交点に火星はいることになる。
以後同様である。任意の時刻の地球位置とそれから687日後の地球位置から見た太陽と火星の天球上での緯度・経度データが解っていれば、そのときの火星の位置が求まる。後はティコの観測ノートのページをめくるだけである。何とも素晴らしい方法をケプラーは思いついた。
火星軌道が決まれば地球から見た任意時刻の火星の緯度・経度データはあるので火星の軌道上での時刻を決めるのは簡単である。火星軌道を求めたことにより以下の法則を見つけた(1609年)
火星の方法を他の5惑星に適応した。その軌道半径と公転周期を比較することから以下の法則を見つけた(1619年)
楕円とは以下の性質を持つものであり、離心率は以下のように定義される。幸運にもケプラーが最初に選んだ火星は例外的に大きな離心率の惑星であった。
ケプラー第二法則(面積速度一定の法則)は左図に示す意味を持つものであるが、後にニュートンにより「慣性の法則(運動の第一法則)」と「運動の第二法則」というより根元的な法則から導き出される。その当たりの事情を以下に説明する。
「慣性の法則」は”力を受けない物体は等速直線運動をする”というものであるが、この法則は次のような面積法則に言いかえられる。
その物体の動く様子をある1点Oから見ると、面積a、b、c・・・・・が等しくなる。
上記の結論は、物体に力が働いていても、その力がいつも中心Oの方向をむく(あるいはその反対の外向き)ような場合に一般化できる。そのとき上記の「慣性の法則」に付け加えて、ニュートンの「運動の第二法則つまり”力は力の方向に加速度を付け加える(加速度とは単位時間に付け加わる速度のこと)”」をもちいると面積速度一定の法則が導ける。
物体が不動の中心に向かう力を受けながら運動するとき、力の中心を物体に結ぶ直線(動径)は、一定の不動の平面内で回転し、回転によって掃過する面積は時間に比例する。
第二法則(面積速度一定の法則)は、力学で習う角運動量保存則と同じです。この法則は力が中心力でありさえすれば一般的に成り立ち、引力の大きさが距離の逆二乗法則に従う必要はありません。(詳細は別稿「質点の二次元運動」3.(3)を参照)
逆二乗であることと深く関わるのは、次に述べる第三法則です。
この法則はやがてニュートンの「運動の第二法則」と「万有引力の法則」に発展していき、力学理論に基づく近代的な天文学のいしずえとなる。その当たりの事情は高校物理で習いますが、この三つの法則の関係を円運動の場合で簡単に説明します。
2006.1.7追記 最近出版されたオーウェン・ギンガリッチ著「誰も読まなかったコペルニクス」早川書房はとても面白い。特にコペルニクスの周転円とプトレマイオス体系のエカントの関係(P48、82-85、335-338)、プトレマイオス体系の周転円神話(P87-91)、ヴィッティッヒの体系(P108、139-153)について興味深 い記述がある。