1893年にウィーンが黒体輻射について導いた有名な法則です。たいていの本ではプランクの輻射法則を用いて説明していますが、プランクは彼の輻射法則を証明するのにウィーンの変位則を利用したのですから、これでは本末転倒です。
ここでは、ウィーンによって最初に証明されたやり方を説明します。ただし、ウィーンの論理展開は難解なので、プランクがより解りやすく改良したものを紹介します。
シュテファン・ボルツマンの法則によって黒体輻射の空間エネルギー密度uと輻射輝度Kの温度依存性は決められる。しかしながら輻射の振動数νに関する空間エネルギー密度uνや単色輻射輝度Rνの分布の仕方についての知識は得られない。
任意の温度に対する黒体輻射(正常スペクトル)におけるエネルギー分布を決めることは極めて重要な課題ですが、その解決への重要な一歩がW.Wienによってなされた。いわゆる”ウィーンの変位則”です。それは空間エネルギー密度uνや単色輻射輝度RνがνやTに関してある特定の条件を満たさなければならないというものです。
そのとき彼が考察の拠り所にしたのは、「完全反射壁で囲まれた真空の空洞内に閉じこめられた黒体輻射が、断熱・可逆的に圧縮あるいは膨張させられるときには、輻射はその中に(輻射の平衡状態を実現する相互作用の仲立ちをする)炭の小片のようなものが無くても黒体輻射の性質を常に持ち続ける。」ということに気づいた事のようです。それが証明できれば最初黒体輻射のエネルギー分布をしていた輻射場は、断熱・可逆変化してエネルギー密度が変化した後も輻射場のエネルギー分布は黒体輻射のエネルギー分布であるはずです。
その際、このような輻射場の断熱的な変化では、炭の小片のような波長の変換を仲立ちするものが無いのだから、輻射の振動数(波長)変化とエネルギー分布の変化は完全反射壁の移動に伴って生じるドップラー変位のみで生じるはずです。その結果生じる輻射場のνとエネルギースペクトル分布の変化については力学と電磁気学を用いて計算できるので、その変化が黒体放射の性質を持つべきであるという条件と調和するためには、黒体輻射のエネルギー分布とνとTの関係について何らかの知見が得られるであろうと言うのです。これは素晴らしい着想です。
上記の構想に基づいた理論的考察をすすめるために、ウィーンはまず次の定理を証明した。
十分排気された(つまり真空の)完全反射壁で囲まれた空洞内に閉じこめられた黒体輻射が、断熱・可逆変化で圧縮あるいは膨張させられるとき、輻射は真空容器内に炭の一片の様な物質が無くても黒体輻射の性質を常に持ち続ける。
[証明]
はじめ黒体輻射で満たされた十分排気された空のシリンダーを断熱的に無限に緩やかに圧縮する。このとき、もし圧縮が終わった後に輻射がもはや黒くなくなっていたとすると、安定な熱力学的平衡でも無くなっている。熱力学的平衡状態にある輻射場は黒いと言われる振動数νに対する輻射輝度Rνのある特定のスペクトル分布を持っていることは別稿「キルヒホフの法則」で証明したが、今は熱力学的平衡状態を保障する炭の一片のような物質が無いので、その熱力学的平衡にない可能性があるというのである。
その状態で、炭の小片を入れる。ただし、この小片は輻射エネルギーに比べて無視できるほどの物体熱しかもっていないとする。この挿入によって、輻射場はエネルギー一定、体積一定のもとで、絶対的に安定な輻射状態への移動を引き起こすであろう。これはエネルギー密度uは変わらず、ただ振動数に分けたエネルギー密度の分布uνが変わるだけであるが、とにかくその変化が生じて黒体輻射の分布となる。当然これは系の有限のエントロピー増加を引き起こす。[そのように熱力学的平衡にない輻射場のエントロピーについては6.章で論じる。]
その後、炭の小片を空間にいれたまま、空のシリンダーを再びもとの体積になるまで断熱的に緩やかに膨張させて、炭の小片を取り除く。このとき熱は全く流出・流入はしない。そのため力学的仕事のやりとりだけを考えればよい。力学的仕事は輻射圧と体積変化で計算できるのであるが、“輻射圧は全放射エネルギー密度uのみに依存してそのスペクトル分布には依存しない”から、圧縮過程で加えられた仕事と膨張過程で外に対してなされた仕事は全く等しいので、この輻射場の系は外部に対して何らの変化を残さないでもとの状態に戻ったことになる。熱力学の第一法則に従って終わりの輻射場の全エネルギーは始めにおけるのと同じである。そのため黒体輻射の絶対温度も始めと同じである。そのとき炭の小片とその変化は無限に小さくできるので考慮にいれなくてよい。そのエネルギーもエントロピーも系のそれらの値に比べて無視できるほど小さいからである。
従って、この過程は、上で述べたようにエントロピーは有限量増加しながら、全ての点で詳細に逆行でき、自然に何ら永続的変化を生じないで何回でも繰り返すことができるということになる。これは矛盾である。その様なエントロピー増加が起こると、どんな仕方によっても完全な逆行はできないからである。このような矛盾が生じたのは炭の小片を入れることによって有限のエントロピー増大が起こるようなエネルギー密度分布の組み替えが起こるとしたからである。従って、炭の小片を輻射空間に入れたから輻射が安定な平衡状態に移行するということが起こるのではなくて、炭の小片があろうと無かろうと、輻射は常に安定な平衡上態(黒体輻射のスペクトル分布)を保って変化しているのである。
[証明終]
[補足説明]
上記の証明はプランクによるものです。文献1.のウィーンによる証明はここと少し違ったやり方ですが、結論は同じです。プランクの証明の方がエレガントです。
[補足説明]
別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」3.(2)では黒体輻射の性質を保持すると言うことを確実にするために用心のために炭の小片を入れたが、この定理が成り立てば、それは余計な心配だったことになる。
上記の証明を見れば解るように、炭の一片を入れなくても黒体輻射の性質を持ち続けると言えるのは準静的可逆変化の場合のみであって、非可逆変化[例えば別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」3.(3)で説明したような]では、この定理は成り立たない。
[補足説明]
上記証明の要は、赤で強調した“輻射圧は全放射エネルギー密度uのみに依存してそのスペクトル分布には依存しない”です。このような事が言えるのは輻射場という特殊な場合のみで、これが成り立つから上記の証明が可能なのです。プランクは以下のような例を挙げて特にこのことを強調している。
<プランクが注意を促すために挙げた例>
“空洞の中に飽和蒸気があり、それを断熱的に緩やかに圧縮する場合を考える。蒸気は有限な断熱圧縮に際して常に飽和状態を保って過飽和の状態まで圧縮されていくとする。その過飽和状態のままである体積まで圧縮されたのちに、無視できるほどの質量と熱容量しか持たない微小な液滴を挿入する。この挿入によって、一定体積、一定の全エネルギーのままで、一定量の水蒸気の凝縮が起こり安定状態への移行が生じ、系のエントロピーの有限量の増大を引き起こす。この後、再び断熱的に無限にゆっくりと体積を増大させ全ての液体が蒸発してもとの体積になるまで膨張させる。”
この過程は外界に変化を残すこと無しに、もとの状態にもどせたといえるであろうか?実は輻射場の場合と違ってこの場合にはもとの状態に戻せていないのです。それは過飽和蒸気の圧縮の際になされる力学的仕事と、凝縮した水滴を含んだ飽和蒸気の膨張の際に得られる仕事は等しくないのです。つまりシリンダー内壁に掛かる蒸気の圧力はシリンダー内のエネルギー密度のみの関数ではない。同じエネルギー密度でも過飽和で全てが蒸気の状態で存在する場合と、一部に水滴を含んだ飽和蒸気の状態の場合では圧力が異なるのである。
この例から解るように“振動数分布の違いがあっても、エネルギー密度が同じであれば輻射圧は常に等しい”という輻射場の性質は注目に値する。
輻射場は完全に反射するシリンダー壁で囲まれており、シリンダー中のピストン(表面は完全反射する鏡でできている)を無限にゆっくりと動かして輻射場を断熱圧縮する過程を考える。
このとき輻射は鏡により反射されるが、鏡が運動しているときには入射角θと反射角θ’は等しくならない。これは、高校物理でならう入射角と反射角の関係を示すホイヘンスの原理の図を、鏡を動かしながら、描き直してみれば直ちに了解できる。
この図から解るように、反射面が入射光に向かって動いているときにはθ’<θとなり、その差(θ−θ’)は(v/c)[rad]程度の大きさになる。しかし、鏡は無限にゆっくり動くとしているのでθとθ’の違いは無視でき、実際にはθ’=θとして論じることができる。
運動している鏡に輻射が当たって反射するとき、輻射はドップラー効果による振動数変化を受ける。振動数の変化量を求めるために、下図のようにピストンの鏡表面は時刻tにM、時刻t+dtにM’の位置にあるとして、入射角θで入射する光を考える。最初、反射角は上で注意した正しい角度θ’(<θ)であるとする。
鏡から十分に離れている入射方向に垂直な固定平面BB’と反射方向に垂直な固定平面CC’を作るとBB’、CC’はいずれも波面である。振動数ν(波長λ)で入射した光がドップラー効果のために振動数ν’(波長λ’)になるものとする。BB’面上の一点Bを通る輻射がMと出会う点をAとし、M’と出会う点をA’とする。時刻tにおいてBA上にある波の数は(BA)/λであり、AC上にある波の数は(AC)/λ’であるから、時刻tにおいてBAC上にある波の数は
である。同様にして、時刻t+dtにおいてBA’C’上にある波の数は
である。この両波数の差は、固定平面BB’と固定平面CC’とで限られている空間から鏡(反射壁)がdt時間内に固定平面CC’より押し出した波の数に等しい。つまり光の伝播速度cは変わらないのに波長は短くなっているのだから、CC’をより多くの波が追加しているのである。dt時間内にBB’平面を通過して今考えている空間に入る波の数はνtであり、CC’平面を通過して出るのはν’dtであるから
である。これは以下の様に変形できる。
鏡が輻射の方に向かって動いているときには、ν’>νであり、逆ならばν’<νである。色(振動数)の変化は、法線方向に入射したとき最大であり、すれすれに入射したときには変化しない。つまり入射波の振動数νが同じでも入射角θが異なれば、反射波の振動数ν’は入射角に応じて変化する。
このとき当然のことながら、入射ビームのスペクトル幅dνに対応する反射ビームのスペクトル幅dν’は、互いに
の関係で結びつけられる。
[補足説明]−高校物理による証明−
上記の結論は高校物理で習うドップラー効果の公式を用いても導ける。下図の様に振動数νの音源に速度v近づいている壁によって反射された音の振動数ν’は次のようにして求めた。反射壁の所にいる観測者Bが音源に対して近づきながら音源の音を聞くと振動数ν”の音として聞こえる。次に、観測者Bが新たな音源となってそれと同じ振動数ν”の音を出しながら観測者Aに近づくと考えて、観測者Aの聞く音の振動数ν’を求めるのである。ここで音速をc、反射壁の速度をvとすると
音を光に置き換えれば、この結論は上で求めたものと同じです。
反射壁に対して斜めに当たる場合は、観測者Bが音源に近づく速度をvではなく(v/cosθ)とし、観測者Bを新たな音源と見なしたとき、反射B(新たな音源とみなす)が観測者Aに近づく速度を(v/cosθ)cos(θ+θ’)とすれば上記の考え方がそのまま適用できる。
この場合も全く同じ結論が得られる。
運動している鏡がそれに当たる輻射に与えるエネルギー変化を考える。単色(振動数ν)の偏光していない無限に細い輻射線ビームが入射角θで鏡の微小面要素dσに当たるとする。δt時間に
I・δt のエネルギーが鏡の微小面積要素dσに入射し、 I’δt のエネルギーが鏡の秒面積要素dσから反射角θ[前節で注意したように反射角θ’=θと置いて良いので今後そうすることにする]の方へ反射される。AB及びCDは二つのビームの波面を表している。
このとき、エネルギー保存則から明らかなようにこの二つのエネルギーの差(I’δt−Iδt)は鏡の運動によってδt時間に輻射に与えられた仕事に等しくなければならない。[参考文献2.でプランクは、その詳細は記していないが、同じことが電気力学的な議論により、光波(電磁波)の強度変化として導けることを注意している。]
ところで、鏡の面積要素dσに対して角度θでδt時間に I・δt のエネルギーが入射するときに鏡の法線方向に働く輻射線ビームの力学的圧力は、別稿「光の圧力[輻射圧]」2.(5)2.で求めた様に
であったから、この圧力を用いてなされる仕事[力×距離]を計算すると
となる。
このとき輻射エネルギーの絶対量は、別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(1)で説明した以下の関係を用いると、直線偏光成分でしかも振動数ν〜ν+dνの単色輻射輝度Rνで表すことができる。
空洞内部で平衡状態にある輻射を考える。空洞内部に任意の面積要素dσを考え、それを時間δt内に立体角dΩの方向に通過する輻射のエネルギーを求める。ここで単位面積を単位時間に単位立体角の方向へ通過していく輻射のエネルギー流をKとする。Kの事を今後輝度と呼ぶことにする。
一般にKは場所と時間と方向に依存するが、ここでの議論では、Kはすべての方向について一様と見なして良いであろう。今後その様に仮定すると問題のエネルギー流は
となる。IとKの意味の違いに注意。
ここで単色(νを中心とした単位の振動数幅に含まれる)で偏光面が片寄った、単位立体角の方向へ進行する輻射の輝度Rνを定義しよう。電磁波は横波だから、必ずある一つの偏光面に沿った振動で伝播する。そのとき輻射の強度は振幅(電場と磁場)Aの二乗に比例する。その振幅Aを二つの直線偏光成分に分け、それぞれの振動成分をAxνとAyνとすると、ピタゴラスの定理よりA2=Axν2+Axν2となる。だから光線は二つの偏光面で振動する波が混じったものであると考えることができる。その為、それぞれの振動面(AxνかまたはAyν)に対する輝度の和Rxν+Ryνは片寄らない振動Aに対する輝度Kνに等しいと考えて良い。
ここでx、y方向の取り方は任意だからここでの議論ではRxν=Ryνと考えて良いので、それを改めてRνとおくことにすれば結局Kν=2Rνとおくことができる。つまり
が成り立つ。ここでRνは単色(振動数νを中心とした単位の振動数幅に含まれる)で直線偏光した単位立体角の方向へ進行する輻射輝度を表す。
このように偏光していない光線を偏光した光線によって表すと係数2が乗ぜられるが、それは電磁波が横波なので二つの偏りを持つことができることによる。実際偏光していない輻射線をニコルプリズムなどを通して直線偏光成分だけにすると、そのエネルギー強度は1/2倍になることが確かめられる。そのため直線偏光した輝度Rνを用いると前記の結論は
となる。
偏光していない振動数ν〜ν+dνの単色成分での値にすると
となる。ここでのRνは直線偏光したものを意味しているで、前に掛かっている数因子2は偏光していない事を表すために掛かっている。
ここでのIνは振動数ν〜ν+dνのものを、Iν’は振動数ν’〜ν’+dν’のものを考えているので
となる。
最後に輻射線が、運動している鏡による反射によって受ける方向の変化を考える。ピストンが非常に短い経路を非常に小さい速度で進んだ後ある時間静止続けるなら、容器内に存在する輻射の非等方性は、シリンダー壁の白い壁での反射によってならされすぐに消えてしまうであろう。
全過程を非常に多くのそのような小さな区間に分けて考えることができる。このやり方を十分ゆるやかに続けるならば、初めの体積の何分の1にも小さくなるまで輻射を圧縮することができ、その際、輻射は常にあらゆる方向に一様であると考えることができる。
この補償過程は輻射の方向による差異についてのみ関わる。輻射の色の変化も強度の変化も一度起これば、どんなに小さな量でも静止している反射壁全体からの反射によって、時間と共に一様にならされることは決してなく、変化せずに存在し続けるであろう。
以上3.(1)〜(3)の考察から以下の事柄が言える。すなわち
入射角θで入射する偏光していない要素輻射線ビームが輻射に対して無限に小さな速度 v で運動する鏡で反射されることによって、δt時間に、ν〜ν+dνの振動数の輻射のエネルギー Iνδt は、振動数区間ν’〜ν’+dν’の輻射のエネルギー Iν’δt に変えられる。このとき前記の(1)〜(3)式により、それらの間には
の関係が成り立つ。
これまでに得られた結果を使うと、一様な輻射で満たされた十分に排気された(つまり真空の)シリンダーを無限にゆるやかに断熱圧縮した場合の各振動数にたいする輻射エネルギー密度uνの変化を計算することができる。
振動数がν〜ν+dνの間のものに着目する。この振動数範囲の輻射エネルギー密度uνdνは、別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(2)で説明したように以下の意味を持つ。
ここでのRνは直線偏光した振動数νの輝度成分を意味しているで、前に掛かっている数因子2はRνが偏光していない事を表すために掛かっている。
振動数がν〜ν+dνの間の空洞内の輻射エネルギーは、時刻 t においてV・uνdνであり、時刻 t+δt においては{V・uν+δ(V・uν)}dνである。単色の輻射エネルギー密度uνは、互いに独立な二つの変数νとtの関数と考えられる。そのため以後の議論においては、 d によってνに関する微分を、 δ によってtに関する微分を表すことにする。
単色輻射エネルギーの変化は、運動する鏡での反射の際に起こる二つの原因による。
第一に、時刻tにおいて区間(ν〜ν+dν)に属する輻射線が反射の際に受ける色の変化によってこの区間から出て行く。
第二に、時刻tに区間(ν〜ν+dν)内に無い輻射線が反射の際に受ける色の変化によってこの区間に入ってくる。
この二つの影響を計算すればよい。
このとき、区間の幅dνは非常に小さく
と仮定して計算する。
時刻tにおいて区間ν〜ν+dνに属し、δt時間に運動している鏡での反射によってこの区間から出ていく輻射線は、すべてδt時間の間に運動している鏡に当たるとして良い。なぜなら、区間幅dνは、そのような輻射線が受ける色(振動数)の変化よりも遙かに小さいとしているからです。したがって、δt時間の間に区間ν〜ν+dνに属する輻射線によって鏡に照射されるエネルギーのみを計算すればよい。
入射角θで鏡面の要素dσに入射する要素輻射ビームのエネルギーは
であったから、全鏡面(その面積をSとする)に入射する単色輻射の全エネルギーは、φを0→2πまで、θを0→π/2まで、dσを0→S(鏡面の面積)まで積分すればよい。このとき輻射はあらゆる方向に対して一様であり、振動数νも入射方向によらず一定であるからRνdνは積分の外に出せて
となる。
すなわち、δt時間の間に振動数区間ν〜ν+dνから出ていく輻射エネルギーは
となる。
δt時間の間に運動する鏡からの反射によって振動数区間ν〜ν+dνに入ってくる輻射のエネルギーを計算するには、様々の入射角で鏡に当たる輻射線ごとに異なった振動数区間の入射波で別々に考察せねばならない。vが正の場合、振動数は反射によって大きくなる。だからここで問題とする入射波の振動数ν1は反射後に変化すべき振動数νよりも小さい。時刻tで振動数区間ν1〜ν1+dν1の単色輻射線ビームが入射角θで鏡にあたるとすると、それは
を満足するときのみ、反射によって区間ν〜ν+dνの中に入るだろう。これらの関係式は3.(1)で求めた(1)式のν’をνに、νをν1に変え、(2)式のdν’をdνへ、dνをdν1に変えれば得られる。
さらに、3.(1)で求めた(3)式を考慮すると、反射前と反射後の輻射エネルギーは
に従って増大する。このことを考慮すると、ピストンの全面積の移動によって振動数ν1の輻射線ビームがδt時間の間に振動数区間ν〜ν+dνにもたらすエネルギーは
となる。
すなわち、δt時間の間に振動数区間ν〜ν+dνに入る輻射エネルギーは
となる。
4.(1)で説明したところの、振動数範囲ν〜ν+dνの間の空洞内の輻射エネルギーの時間δtの間の変化δ(V・uν)dνは(5)式と(4)式の差であるから
となる。
ここで、別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(2)で証明したように
であるから
なる関係が成り立つ。これを用いて上式を変形すると
となる。
δt時間の間に輻射状態におこる変化は無限小の速度vに比例し、その符号によって逆になるから、方程式はδVのそれぞれの符号に対して成り立つ。従ってこの過程は可逆的である。最後に得られた式は、輻射場を断熱・可逆的に変化させるとき、決まった振動数νのエネルギーの空間密度がどの様に変化するか示す偏微分方程式である。
このときvδt=δVの関係からわかるように同じδVの変化を生み出すのならばピストンの動きの速度vに関係なく同じ結論が得られる。そのため、いままでuνはνとt(又はv)の関数であるとしてきたが、νとVの関数と見なして良い。以後、uνはνとVの関数であるとする。
さらに、導出の仕方からわかるように、この偏微分方程式は黒体輻射についてばかりではなく、初めのエネルギー分布が全く任意の輻射についても成り立つ。そのとき(6)式から明らかなように、断熱・可逆変化に伴うuνの変化δuνは、もともとの体積Vや体積の変化量δVに依存するのはもちろんですが、最初の分布におけるuνのνにたいする依存性(∂uν/∂ν)にも関係します。しかし、その依存性の違いにもかかわらず、さらに一般的に成り立つ性質が導き出されるではないかと期待しているわけです。
[補足説明]
上記の関係式は、「断熱圧縮の際に生じる全輻射エネルギーの変化は、圧縮の際に外から輻射圧に抗して輻射場に対してなされる仕事に等しい。」と言うエネルギー原理そのものを表している。
実際、断熱圧縮の際にδtの時間で生じる全輻射エネルギーの変化は
となる。
一方圧縮の際にδtの時間内に外から輻射場に対してなされる仕事は、輻射圧の公式を用いると
となる。
両式の右辺が等しいので、δU=−pδV となり確かにエネルギー原理が成り立っている。
今までは、uνはνとtの関数であるとしてきたが、(6)式にtがあらわに現れていないので、uνを振動数νと体積Vの関数と見なすことができる。これ以後の議論ではそのように考えることにする。そうすると(6)式は
のような偏微分方程式になる。これは、ある定まった体積Vにおいてuνがνの関数として知られれば、他のすべてのVにおけるuνがνの関数として定まることを意味する。
この偏微分方程式の一般解は
となる。これが解となることは上記の偏微分方程式に代入して見れば容易に確かめられる。
ここでφは一つの変数 ν3V の任意の関数である。 φ(ν3V) の代わりに ν3V・φ(ν3V) とおくことによって
と書くこともできる。この二つの式のどちらもウィーンの法則と言う。これらの式は、真空の容器に閉じこめられた輻射場が断熱・可逆変化により体積変化させられたときに、体積の変化に応じて容器内の振動数νの輻射のエネルギー密度がどの様に変化するかを示す式です。
ここまでの第3章、4章の議論には温度Tは全く関わっていなかったことに注意して下さい。ここで得られた結論は熱力学とは関係なく導かれたのです。そのため完全に反射する壁で囲まれた真空の箱の中の輻射であれば黒体輻射でなくても任意のエネルギースペクトル分布の輻射の断熱・可逆変化に対して成り立ちます。
一方、第2章で導かれた定理は熱力学第一、第二法則によって導かれたもので、温度の定義できる黒体輻射に対してのものです。
次章で第2章と第3、4章の結論の整合性を図りますが、その過程で温度Tとの関係が明らかになります。
ここで、エネルギーのスペクトル分布が始め黒体輻射に対応する正常分布であるという仮定を導入する。そのとき第2章で証明した定理により、可逆・断熱体積変化の際にその輻射は黒体輻射(正常分布)の性質を変えずに保つ。
そのために、別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」3.(2)で証明した黒体輻射の断熱・可逆変化について成り立つ結論が利用できる。そこの結論は、その稿の2.(2)で説明したように、輻射場とやりとりされる放射エネルギーの出入りを熱の移動と見なして絶対温度TとエントロピーSを導入する熱力学的考察で導かれたものでした。この過程で絶対温度Tが関わってくる。
そこで説明したように輻射場が断熱・可逆変化する途中のそれぞれの状態で温度Tが定まり
の関係式がなりたつ。つまり断熱・可逆変化では黒体輻射場の温度Tと体積V、圧力pは上記の式で関係づけられる。
この関係式を用いると、前章の結論は
となる。すなわち黒体輻射のエネルギースペクトル分布uνは、振動数νと温度Tの関数と見なすことができて、温度Tが変化した場合上式に従ってそのスペクトル分布(振動数νへの依存性)が変化する。
ここで、別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(5)3.で証明したように、黒体輻射の場合には積uνq3なる量(真空中ではq=c)はすべての媒質において温度Tと振動数νの普遍関数F(ν,T)になる。この法則を考慮すれば、上式は
と書くこともできる。
さらに、上式を直線偏光した単色輻射線の輝度Rνで表すと
となる。
[補足説明]
上記の結論を全波長にわたって合計して、真空中の黒体輻射のエネルギー密度uを求めると
となり、シュテファン・ボルツマンの法則が得られる。
前節の結論を変形する。
ここでuνλ3dνは一片が一波長λの長さの立方体中に含まれる振動数ν〜ν+dν間の輻射エネルギーを意味する。これをηと表すことにする。ここで断熱・可逆圧縮により輻射がさらに高い温度T’に移るとき、ν’とν’+dν’のスペクトル区間を考える。このときF(T/ν)が普遍関数だから
を満足する区間を考えている。すなわち第二の状態の振動数ν’は初めの振動数νに対して温度に比例して大きくなるものを考えている。
このときF(T/ν)は普遍関数だから
が成り立つ。上に求めた温度TとT’に関係する二式の片々を割り算する。F(T/ν)が普遍関数であるからT’/ν’=T/νのときF(T’/ν’)=F(T/ν)となるので
が成り立つ。これらの結論から黒体輻射のスペクトルの温度が断熱・可逆変化によりTからT’へ移行したとき以下の事が言える。
これらの関係式は振動数νではなく波長λであらわすこともできる。
媒質中の光速度をq、波長をλとすると
となり、上記の関係式は以下のようになる。
ここでEλは直線偏光した波長がλを中心とした単位波長幅に含まれる輻射の輝度をあらわす。
すなわち
の関係がある。真空中ではq=cとおけばよい。
上記の関係を用いれば5.(2)の最後の式は
となる。
ここで実測値からも明らかなようにλ→0とλ→∞でEλ→0となる[λ→∞でEλ→0とならなければエネルギー密度uは無限大になってしまう]。そのため、Eλはλに関して最大値を持つ。最大値を取る波長をλmとすると、その波長に対して
が常に成り立つ。ここでは関数Fを変数(λT/c)で微分したものを示す。上記の式の左辺は(λmT/c)の値だけで定まることを示している。つまり (λmT/c)=一定値 となる解が存在して、そのとき上式が常に満足される。従って、絶対温度Tの黒体輻射のEλが極大となる波長λmは次式に従って絶対温度Tに反比例して変化する。
普通この式で表されたものを、黒体輻射に関するウィーンの変位則と言う。
この比例定数bの値は Lummer と Pringsheim [Verhandlungen der Deutschen Physikalischen
Gesellschaft 1, p23 u.215, 1889年、Drudes Ann. 6, p192, 1901年]やF. Paschen [Drudes Ann. 6, p646, 1901年]などにより測定された。今日わかっている値は b=2.8978×10-3m・K です。
[注意]
Pogg. Ann. とはJ. C. Poggendorff が編集長だった時代(1827〜1876年)の Annalen der Physik
und Chemie、
Wied. Ann. とはG. H. Wiedemann が編集長だった時代(1877〜1899年)の Annalen der Physik
und Chemie、
Drudes Ann. とはP. K. L. Drudeが編集長だった時代(1900〜1906年)の Annalen der Physik
のことです。
これらの雑誌に掲載された論文は下記URLに行って検索すると全文を見ることができます。
http://de.wikisource.org/wiki/Annalen_der_Physik
前項で述べた事柄を波長λと絶対温度Tの関係で言い直すと、黒体輻射のスペクトルの温度が断熱・可逆変化によりTからT’へ移行したとき
が成り立つので以下の事が言える。
黒体輻射のばあいの関数Fの具体的な形はまだ解っていないが、別稿で導く予定のプランク輻射公式を用いて、T=1000KとT’=2000Kの場合で、これらの関係を示すと次図のようになる。
[補足説明]
Eλの最大値Eλmaxは、ウィーンの変位則を用いると
となる。すなわち、黒体輻射のスペクトルにおける単色輻射強度の最大値Eλmaxは絶対温度Tの5乗に比例する。
このとき、単色輻射の強度をEλではなくて、Rνによって測るならば、すでに述べた様に、定まった任意の振動数のRνに関して
となり、上記とは全く異なった関係式となる。
ここで
の関係式からわかるように、(c/λ2)が掛かっているために同じ絶対温度Tに関するスペクトル分布でも縦軸をEλ、横軸λで表したグラフと縦軸Rν、横軸νで表したグラフではEλとRνの最大値を与えるλとνが互いに異なっている。つまりEλのグラフの最大値を与える波長λmで光速cを割った値(c/λm)=νはRνのグラフの最大値をあたえる振動数νmに一致しないことに注意してください。
そのため上記の定数bは単色輻射強度の最大値が振動数ではなくて波長に関係づけられているときに限り成り立つものであることは特に注意しなければならない。
[補足説明]
EλとRνの違いを説明しましたが、これらはいずれも直線偏光した単色輻射強度(輝度)であることに注意して下さい。多くの本では偏光していない、すなわちこれらの値を2倍したものを強度(輝度)KλorKνとしていますのでそれらと間違えないで下さい。[別稿「偏光とは何か(光の強度と偏光)」6.(1)を参照]
また、黒体表面の単位面積からある特定の方向に単位時間に放射される単色エネルギー流IνやIλと上記の強度(輝度)を間違えないで下さい。ここではIνやIλは一つの面からある特定の方向に出るエネルギー流を意味しますが、強度(輝度)KλorKν(あるいはEλとRν)はある一つの面に垂直な方向に進むエネルギー流に関係するものです。公式のエネルギー流がどちらを意味しているのかをハッキリ認識して下さい。[別項「シュテファン・ボルツマンの法則(1884年)」2.(4)2.を参照]
本によっては、ある一つの面から半球方向のあらゆる方向に出るエネルギー流を半球立体角積分して加え合わせたものをIνやIλで表している場合がありますので、その場合とも混同しないで下さい。それはシュテファンボルツマンの法則で言う全放射エネルギーSのことで、ここで言うIνやIλを振動数や波長の全範囲で積分したものです。[別項「シュテファン・ボルツマンの法則(1884年)」2.(3)を参照]
輻射場の単色空間エネルギー密度uλやuνは、普通上記の直線偏光した単色輻射の強度(輝度)EλとRνがあらゆる方向に等方的であると仮定した上で、方位積分(全方位についての立体角積分)を実施して求めたことを思い出して下さい。そのため(4π/c)×2が掛かったのです。そのとき光のエネルギーは光速で伝わるために光速cで割っています。また、このなかの2は偏光していない輻射輝度だから掛かった2です。[別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(2)を参照]
[輻射のエネルギー密度:u]、[輻射強度(輝度):K(又はRやE)]、[全放射エネルギー:S]のお互いの関係はとても解りにくいのですが、これらを混同するとわけが解らなくなりますのでくれぐれも注意して下さい。[別項「シュテファン・ボルツマンの法則(1884年)」2.(4)2.を参照]
5章では黒体輻射の場合を論じたのですが、4.(5)で得られた結論は完全に反射する壁で囲まれた真空の箱の中であらゆる方向に一様な輻射のエネルギースペクトルならば任意のエネルギー分布に対して成り立つ。つまり、任意のエネルギースペクトル分布の輻射が断熱・可逆変化するときに受ける変化を与える。
そのとき、輻射空間に輻射を放出・吸収する物質が含まれていなければ、この式で与えられる変化に従って生じるエネルギースペクトルの変化は、どれも完全に定常的に無限に長い時間保持される。ただし、このようなスペクトル場には温度なる量を定義することはできない。
そのとき、輻射空間内に微小な物質を挿入すると、その物質と輻射のやりとりを通じて、最初のエネルギー分布は非可逆的に黒体輻射に対応する安定な分布に変化する。
最初に仮定した任意のエネルギースペクトル分布の場合には温度が定義できないのであるが、各振動数の輻射に関しては互いに独立に熱力学第2法則が成り立つと仮定しても良いであろう。そうすれば単色輻射ごとにエントロピーsνdνが定義できて、全体の輻射のエントロピー密度sを単色輻射のエントロピーsνdνの総和として良いであろう。そうすれば容器内全体の輻射のエントロピーとしてS=V・sが言える。つまり
となる。ここでsνdνは単位体積中に含まれる振動数ν〜ν+dνの間の輻射のエントロピーを表す。sνは二つの独立変数、すなわち振動数νと輻射エネルギー密度uνの決まった関数である。以下ではいつもその様なものとして扱う。
任意のエネルギースペクトル分布の輻射に関して、前節で導入した輻射のエントロピーsνの解析的表現が与えられれば、そのエネルギースペクトル分布が黒体輻射のスペクトルであるかどうかは次のようにして判定できるであろう。
黒体輻射であれば、輻射の全体積Vと全エネルギーUが一定のもとで可能なすべてのエネルギー分布の変化に対して
とならねばならない。
このときのエネルギー分布の変化は、各振動数νのエネルギーuνが無限小の変化δuνを受ける事であると考えれば、このときの制約条件は
を意味する。変化δuνの変化はνに対して全く独立に起こる。
一方δS=0は
を意味する。
δuνのすべての任意の値に対して(7)式と(8)式が同時に成り立つためには、すべての振動数νに対して
でなければならない。これは振動数νの輻射に付随するエントロピーは振動数νの輻射の輻射エネルギー密度uνにリンクしていることを示している。つまり黒体輻射のエントロピーの振動数νに対する分布の仕方はは黒体輻射の場合のエネルギー密度uνの分布と同じである。
この式の定数は黒体輻射の温度と簡単な関係にあることが以下のようにして解る。
一定体積V(つまりδV=0)の黒体輻射が一定の熱量(輻射)を供給されてエネルギー変化δUを受けるとすると
であった。
一方、前述の結論を用いると黒体輻射では
となる。
(9)式と(10)式を比較すると
となる。上式の左辺は、黒体輻射の場合にはすべての振動数に対して等しい事は示したので、各振動数において(∂sν/∂uν)は黒体輻射の温度の逆数になることが解る。
この法則によって、温度の概念は任意のエネルギースペクトル分布の輻射に対して意味を持つ。sνはuνとνのみに依存するので、一定のエネルギー密度uνを持つあらゆる方向に一様な単色輻射輻射も(11)式で与えられる完全に決まった温度を持つとすれば良い。
そうすれば、考えられるすべてのエネルギースペクトル分布のうちで黒体輻射(正常分布)と言われるものは、すべての振動数の単色輻射がすべて同じ温度を持つという事によって特徴づけられることになる。
エネルギー分布のいかなる変化も、詰まるところある単色輻射から別の振動数の単色輻射へのエネルギー移行である。第一の輻射の温度が高いか、第二の輻射の温度が高いかに従って、このエネルギー移行過程は温度の異なる二つの物体間の熱の移動と同様なことが起こる。
温度の高い単色輻射から低い単色輻射へのエネルギー移動は、輻射場以外の外界に何の変化も残すことなく、全エントロピーの増大を伴った不可逆過程として実現できる。
一方、温度の低い単色輻射から高い単色輻射へのエネルギー移動は、輻射場以外の外界に何らかの変化の痕跡を残しながら行わないと実現することはできない。その場合には着目する輻射場の全エントロピーは減少することもあるが、外界のエントロピーはその減少分と等しいか、あるいはそれ以上に増大している。
ここで導入した単色輻射に対するエントロピーsνの変数uνとνに対する依存性について黒体輻射のWienの変位則から何が言えるか調べてみる。
5.(1)で求めた黒体輻射に対するウィーンの変位則を表す式[これはもともと4.(5)で求めた任意のエネルギー分布で成り立つ式 uν=ν3・φ(ν3V)から導かれたものであったので、任意エネルギー分布の場合にも適用できるだろうと考えている。]
をTについて解いた関数をF’として、(11)式を適用してTを含まない形に戻してみる。ここで(c3/ν3)は波長λの立方体の体積を意味することに注意。
となる。F’はただ一つの変数の関数であるが、これを変数uνで積分すると
が得られる。つまりsνは波長λの立方体中に含まれる単色輻射のエネルギー[(c3/ν3)uν]の関数となる。つまり、これが求めたかったsνの解析的表現です。
ここで、F”は、F”の変数に関する導関数
がF’に一致する様な関数であるから、
が成り立たねばならない。
(12)式の形のウィーンの変位則は、各単色輻射に対して、従って任意のエネルギースペクトル分布の輻射に対しても意味を持つ。
(12)式を使えば、以下の定理が証明できる。
任意のエネルギー分布の輻射についても、断熱・可逆変化では輻射の全エントロピーが不変に保たれる。
[証明]
任意のエネルギー分布の輻射を断熱・可逆変化させたときのエントロピー変化をδSとすると
となる。任意のエネルギー分布の輻射の断熱・可逆変化に対して、4.(4)で証明した(6)式が成り立つ。ここでは(6)式のuνのνについての微分は、任意の分布で最初に与えられた輻射のエネルギースペクトル分布に関わるものだから、偏微分∂ではなくて微分dで表すことができる。
[証明終わり]
5.(2)で説明した、黒体輻射の断熱・可逆変化に関する法則を任意のエネルギー分布の輻射に拡張する。そのため、ここでも一辺が波長λの立方体に含まれる振動数ν〜ν+dνの間の単色輻射エネルギーηと単色輻射エントロピーσを導入する。このとき、輻射の全体積中に、波長λを一辺とする立方体はN個含まれる。
今、任意のエネルギー分布の輻射を断熱・可逆変化させて体積V’になったとする。ここでN’=Nを満足する新しい振動数範囲ν’〜ν’+dν’を考える。その場合の波長λ’の立方体に含まれる振動数ν’〜ν’+dν’の間の単色輻射エネルギーをη’、単色輻射のエントロピーをσ’とする。
ここで、N’=Nとしているので
となる。またN’=Nよりν’3V’=ν3Vが成り立つので、4.(5)で求めた任意のエネルギー分布で成り立つ式 uν=ν3・φ(ν3V)より
が言える。さらにηとη’に関して
となる。さらに6.(3)で求めた(12)式を用いるとσとσ’に関して
が言える。さらに6.(3)で求めた式
を用いると
が言える。これらの事柄をまとめると任意のエネルギー分布の輻射の断熱・可逆変化に対して以下のことが言える。
熱力学第二法則から、輻射線ビームも一定のエントロピーを持つことが結論される。なぜなら放出という行為によって物体の熱は輻射熱に変わるのだが、そのとき放出物体のエントロピーは減少する。全エントロピー増大の原理によって、その補償として別の形のエントロピーがどこかに生じなければならない。それは放射された輻射のエネルギーの中以外には考えられない。従って、直線偏光した個々の単色輻射線ビームはそれぞれ一定のエントロピーを持ってビームとともに空間に伝播し広がる。それはエネルギーの輻射と同様に単位時間に単位面積を通過するエントロピーの量として測られる。つまり各輻射線ビームはエネルギーと共にエントロピーも持ち運ぶのである。そのエントロピー量は輻射ビームのエネルギーと振動数のみに依存するはずである。
そのとき、別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(1)でした輻射のエネルギー流について説明と全く同様な事柄が輻射のエントロピー流についても成り立つ。そこでの説明のエネルギーをエントロピーに置き換え、単位面積を単位時間に単位立体角の方向へ通過していく輻射のエネルギー流である輝度Kに相当するものとして、単位面積を単位時間に単位立体角の方向へ通過していく輻射のエントロピー流の輝度[今後はエネルギー流との混同を避けるために比強度と呼ぶ]Mを考えればよい。
空洞内部で平衡状態にある輻射を考える。空洞内部に任意の面積要素dσを考え、それを時間δt内に立体角dΩの方向に通過する輻射のエントロピーを求める。ここで単位面積を単位時間に面に垂直な方向へ通過していく輻射のエントロピー流をMとする。Mの事を今後輝度改め比強度と呼ぶことにする。
一般にMは場所と時間と方向に依存するが、ここでの議論のように、Mはすべての方向について一様と見なして良い場合には、dσを通って一方の立体角2πの半球領域に向かう全輻射エントロピーはφについて0→2π、θについて0→π/2まで積分して
となる。
ここで単色(νを中心とした単位の振動数幅に含まれる)で偏光面が片寄った、単位立体角の方向へ進行する輻射エントロピーの比強度を定義しよう。電磁波は横波だから、必ずある一つの偏光面に沿った振動で伝播する。そのとき輻射の強度は振幅(電場と磁場)Aの二乗に比例する。その振幅Aを二つの直線偏光成分に分け、それぞれの振動成分をAxνとAyνとすると、ピタゴラスの定理よりA2=Axν2+Axν2となる。だから光線は二つの偏光面で振動する波が混じったものであると考えることができる。その為、それぞれの振動面(AxνかまたはAyν)に対する直線偏光した単色エントロピーの比強度をそれぞれLxνおよびLyνとすると、すべての振動数のエントロピー輻射の比強度Mは
と表される。
このときLxνおよびLyνは直線偏光した振動数νのエントロピー輻射の比強度で、それぞれ輻射エネルギーの偏った輝度RxνおよびRyνの値によって決められる。直線偏光した振動数ν〜ν+dνの単色輻射に対するエントロピー比強度についてMと同様に
が成り立つ。ここでLνは単色(振動数νを中心とした単位の振動数幅に含まれる)で直線偏光した単位面積を単位時間に面に垂直な方向へ進行する輻射エントロピーの比強度を表す。
偏光していない輻射線についてはLxν=Lyνであるから、それを改めてLνとおくことにすれば
の関係が成り立つ。前に掛かっている数因子2はMが偏光していない事を表すために掛かっている。
以前、KνはKの単色成分とし、RνでもってKの単色かつ直線偏光成分を表すことにした。ここでのLνはMの単色かつ直線偏光した成分である事に注意。偏光していないMの単色成分はMνで表すことにする。
このように偏光していない光線を偏光した光線によって表すと係数2が乗ぜられるが、それは電磁波が横波なので二つの偏りを持つことができることによる。実際偏光していない輻射線をニコルプリズムなどを通して直線偏光成分だけにすると、そのエネルギー強度は1/2倍になることが確かめられるが、エントロピーについても同様に考えることができる。そのため直線偏光したエントロピー比強度Lνを用いると前記の結論は
となる。
別稿「キルヒホフの法則(熱的放射平衡における)」3.(2)で示したように、あらゆる方向に一様な輻射場では進行するエネルギー輻射の強度Kから輻射エネルギーの空間密度uが得られた。全く同様に、進行するエントロピー輻射の強度Mから輻射エントロピーの空間密度sが得られる。
そこでのエネルギー密度uをエントロピー密度sで、輻射輝度Kを比強度Mで、直線偏光した単色輻射輝度Rνを直線偏光した単色比強度Lνで置き換えればよいのである。つまり
あらゆる方向に一様な輻射場の単位体積当たりのエントロピー密度sはエントロピーの輻射比強度Mで表すと
となる。ただしcは光速度である。Mは密度測定点でのエントロピーの輻射比強度と考えることができる。
次に、振動数ν〜ν+dνの間のエントロピー密度をもとめる。
のスペクトル分解を行い
の関係を用いて比較すれば、以下のようになる。
エネルギー輻射Rνとエントロピー輻射Lνと絶対温度Tの関係を求める。
ここ6.(2)の(11)式より
である。
さらに、6.(3)で求めた(12)式より
となる。ただし、はF”の変数(c3Rν/ν3)の導関数である。
これらの式より
となる。
これらの関係はもともと(11)式、(12)式と同様にあらゆる方向に一様な偏光していない輻射について導かれたものであるが、任意の輻射の場合にも個々の直線偏光性について一般的妥当性を持つ。なぜなら、個々の輻射線は互いに全く独立に振る舞い伝播するので、ある輻射線のエントロピー輻射の強度Lνはエネルギー輻射の強度Rνのみに依存するからである。したがって、個々の単色輻射線は、そのエネルギーの他に(13)式で決められるエントロピーと(14)式によって決められる温度を持つとして良いであろう。
ここで行われた温度概念の個々の単色輻射線への拡張によって、任意の輻射線の通過している一つの場所には、そこを通る輻射線が各々固有の温度もち、さらに同じ方向に進む種々に色づいた輻射線が各々エネルギースペクトル分布に従って様々な温度を示すために、一般に無限に多くの温度が存在することになる。
安定な熱力学的平衡の場合にのみ、そこを横切る様々の方向の様々の色のすべての輻射線に共通の一つの温度が与えられる。
ここでもし輻射の温度を輝度Rνと振動数νの関数として与える(14)式の関数Fが完全に決定できれば、輻射の温度の概念を物体温度の概念と完全に分離することができる。そうすれば、任意の物体表面の温度を、その物体が放出した輻射線の温度によって決めることができるであろう。
ただし黒体以外の物体では放出される輻射の温度は振動数ごとに異なるであろうから、各振動数の放射線の温度が定まったとしても、その輻射を放出した元の物体の表面温度が一意に定まるわけではない。
黒体と黒体からの放射の場合のみ、各振動数の放射線の温度と黒体の温度がすべて同じになって一つに定まる。
前節の議論を黒体輻射の場合に適用してみる。黒体輻射のエントロピーの全空間密度は別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」2.(6)ですでに求めている。その式を使うと、一方向への全エントロピー輻射の比強度Mと空間の面要素dσを通過して一方の半球立体角方向に通過する全エントロピー輻射はそれぞれ以下のようになる。
となる。
いま[温度Tの黒体表面]にあらゆる方向から[温度T’の黒体輻射]が当たる場合を考える。
このとき、別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」2.(3)で求めたように、黒体は単位面積、単位時間当たり
のエネルギーを放出する。また上で求めたように
のエントロピーを放出する。
一方、外の黒体輻射場から以下のエネルギーとエントロピーを吸収する。
ここで、熱力学第一法則により物体が吸収する熱量QはT’とTの大小に従って正にも負にもなる。
一方、熱力学第二法則によって物体のエントロピーの変化量と輻射場エントロピーの変化量を合わせたものは正か又はゼロとなる。実際、物体のエントロピーはQ/Tだけ変化し、真空中の輻射のエントロピーは(ac/3)(T3−T’3)だけ変化するので両者を加えると、考えている黒体と輻射場を合わせた系の単位時間、単位面積当たりの全エントロピー変化ΔSは
となる。このとき、ΔSが常に正かゼロとなることは、ΔS/T3のグラフを描いてみれば、ただちに確認できる。
グラフより明らかなように
T=T’の場合のみ、系のエントロピー変化が起こらない、平衡状態を保った可逆的な過程となる。
T’→0の場合は黒体からの放射のみ起こって、輻射場からの吸収は無いのであるが、系のエントロピーは単位面積当たり、単位時間当たり(ac/12)T3の割合で増加していく不可逆過程となる。
T→0の場合は、黒体からの輻射は起こらず、輻射場からの吸収のみが起こることになる。この場合はエントロピー増大は∞となるので有限の補償過程では元に戻せなくる。そのため、このような場合は自然界では起こりえない。
ここで、別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」3.(3)で取り上げたのと同じような非可逆過程を考察する。ただしここでは、最初炭の小片の様な黒体輻射の条件を満たすための放出・吸収物質は存在しないとする。
周りを完全反射壁で囲まれた体積Vの空洞が温度Tの黒体輻射で一様に満たされているとする。次に、この空洞の壁に小さな穴を開け、そこを通って輻射が別の同じように完全に反射する固定壁で囲まれた真空の空洞に漏れ出てるようにして、空洞の合計体積がV’となるように輻射が拡散する非可逆過程を考察する。
ここでは放出・吸収物質は存在しないとしているので、熱力学第一法則により輻射の全エネルギーはもちろん保存されるが、固定壁による完全な反射では振動数の変化もエネルギーの変化も起こらないので、各振動数のエネルギーも保存される。
そのとき、壁による乱反射のために輻射は再びすべての方向に一様になり、uνV=uν’V’となる。そして上に求めた(14)式によって[まだ関数Fの形は解っていないが]最終状態の振動数νの単色輻射の温度Tν’が決定される。
輻射の全エントロピー[すべての振動数の輻射のエントロピーの和]
は熱力学第二法則に従って最初の状態よりも増大しているであろう。Tν’は異なる振動数に対して異なる値を持つから、最終状態の輻射はもはや黒体輻射ではない。
ここで、炭の小片を空洞に入れると、エネルギースペクトル分布に変化が起こり、エントロピーはさらに増大して別稿「シュテファン・ボルツマンの法則」3.(3)で計算した値S’になる。
この法則は、後に多くの人が様々な方法で証明していますが、このページは文献2.のプランクによる証明を紹介するものです。
ウィーンの変位則はプランの輻射公式の証明で重要な働きをしますが、その意味するところを理解するのは難しい。
E.シュポルスキー著「原子物理学T(増訂新版)」東京図書(1969年刊)の§83,§84(p254〜257)がその的確なまとめになっているので以下に引用しておきます。
この稿でuνとした量を以下ではρνと書いている。また、ウィーンの変位則は黒体(空洞)輻射に対してのものであることを忘れないこと。
[補足説明]
シュポルスキーは「ウィーンの変位則」から「シュテファン・ボルツマンの法則」が導ける事を指摘していますが、この稿の5.(1)を読まれたら解るように、ウィーンの変位則を導く過程で、シュテファン・ボルツマンの法則から導かれた結果を用いています。だからウィーンの変位則の中にシュテファン・ボルツマンの法則が含まれているのは当然です。
変位則こそウィーンによって新しく導かれた成果です。