本稿は2019年11月10日にupした「電磁場の相対性と特殊相対性理論」の説明を補足するものです。前記の稿をupしたところ、読者の方からその内容が良く解らないという質問がありましたので、もう少し解りやすく説明します。
解りやすくするために、前稿の状況をもう少し簡単にして、“電磁石回路”から生じる電磁場が働くのが“導線回路”では無くて(電荷qの)単独の“正電荷”に変更します。
すなわち、最初“電磁石回路”は静止しており、その“電磁石回路”がつくる磁場の中を“正電荷”が下図の様に速度vで“電磁石回路”の方向に運動している場合を考えます。これを《状態T》とします。このとき電磁石回路は静止していますから、正電荷の位置には磁場B1のみが生じて、電場は生じません。
次に、この《状態T》を正電荷と共に動く座標系から観測します。その座標系では“正電荷”は静止しており、“電磁石回路”が速度vで“正電荷”の方に近付いていることになります。これを《状態U》とします。
このとき、図中に磁場B1’、と電場E1’が生じていますが、それが《状態T》のものと同じとは思わないで下さい。後で解りますが、B1’はB1とほぼ同じですが完全に等しくはありません。また、電場E1’が新たに現れます。
[補足説明]
上記の設定を次のように変えても良い。すなわち、《状態T》では“電磁石回路”も“正電荷”も静止しており、《状態U》では“電磁石回路”が動く方向に“正電荷”も同じ速度で動いているとする。
しかし、そのような状況では、電磁場から正電荷に働く力は《状態T》と《状態U》の両方でゼロになります。つまり、“正電荷”には力が働いていない状況になり、力のローレンツ変換性を確かめることができません。3.(3)で説明する様にその事を確かめるのが本稿の大きな目的なのですから、ここでは取り上げません。
もちろん任意の方向へ運動する正電荷について考察しても良いのですが、速度のローレンツ変換がとても複雑になり、本質の理解には適していないので、ここでは取り上げません。
この場合は簡単です。別稿「Maxwell方程式系の先見性と電磁ポテンシャル」2.(3)3.で説明した、Lorenz gauge を適用して求めた波動方程式
を解けば良いのです。この波動方程式の右辺の電荷密度ρと電流密度 j は言うまでも無く“電磁石回路”における値です。ただし、《状態T》の場合にはすべての場所でρ=0と見なせます。
[補足説明1]
別稿「Maxwell方程式系の先見性と電磁ポテンシャル」3.(2)で説明したように、電磁ポテンシャルに対する非同次波動方程式はローレンツ変換に対して不変です。そのため、その解である電磁ポテンシャル(Aとφ)も当然ローレンツ変換で変換されます。
“正電荷”の位置のスカラーポテンシャルφとベクトルポテンシャルAの解は、すでに説明したように
となります。右辺の第二項として添えられている部分は、同次波動方程式の解で電荷や電流の存在しない空間に初期条件として与えられている電磁ポテンシャルですが、今はすべてゼロと見なしても良い。また、《状態T》では“電磁石回路”に正味の電荷密度ρは現れませんから、φ=0となることに注意して下さい。
このようにして求まった正電荷の位置のスカラーポテンシャルφとベクトルポテンシャルAから
に従って、正電荷の位置の電場と磁場が求まります。
[補足説明2]
別稿「Maxwell方程式系の先見性と電磁ポテンシャル」2.(3)3.では、ランダウ・リフシュツ著『場の古典論』を参照しやすくするために“非有利化Gauss単位系”で論じました。また、Einsteinの1905年論文もこの単位系で表現されています。本節の上記引用式もこの単位系での表現です。
一方、別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」では、別稿「電磁場の相対性」で引用したファインマン物理 第V巻“電磁気学”」 §13-6 “電磁場の相対性”(p166〜171)の表現をそのまま利用したいためにMKSA有理化単位系で論じました。1.章の図はその単位系での表記です。
本稿に引用した式表現は元稿の単位系を引き継いでいます。そのため本稿では、上記二つの単位系による式表現が混在しています。それぞれの場所で適宜読み替えて下さい。
この場合は、かなり面倒です。《状態U》では、1章の図の様に“電磁石回路”の移動方向に平行な回路部分に正負の電荷密度が現れます。また、《状態U》の座標系では回路が速度vで動いていますから、回路の中の電流密度も電荷密度も時間的に変化します。特に回路の移動方向に垂直な回路部分の状況が時間的に変化します。
そのため前節の非同次波動方程式(13)(14)の解についても、正電荷の位置における電磁場も電流密度・電荷密度の時間的な変動を反映したものになります。だから、その解を求めるのは容易ではありません。
それではどうするかと言うと、別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」3.[補足説明2]と、それに続く文節で説明した様に、《状態T》で求めた正電荷の位置の電磁場値をローレンツ変換して求めます。そのローレンツ変換式はEinsteinが1905年論文の3.(1)で求めているものです。
もちろん最初に述べた《状態U》における“電磁石回路”中の電荷密度・電流密度の分布も、《状態T》における“電磁石回路”中の電荷密度・電流密度の分布からローレンツ変換で求めたものになります。そのローレンツ変換式は別稿「4元速度(4元運動量、4元電流密度)、4元加速度と4元力」3.(2)で説明したものです。
観測座標系を《状態T》から《状態U》へローレンツ変換したときの“電磁石回路”中の電荷密度・電流密度の分布は「電磁場の相対性と特殊相対性理論」3.で説明した様に
回路のA→B辺では
となります。回路のA→B辺ではS’系とS’系で状況の変化はありません。
次に、回路のB→C辺では
となります。S’系では回路のB→C辺がρ’>0となることから解る様に正に帯電して見えます。電流値もS系での値から少し変わります。ただし、v2/c2やv/c2が非常に小さな値である事から解る様に、これらの変化は極微少です。そのためこれらの変化は無視できますので、このことに拘泥しないで下さい。
残りのC→D辺、D→A辺も同様にすれば求まります。C→D辺ではS系の状況と同じです。D→A辺では負に帯電して見えます。また電流値もS系での値から少し変わります。この部分の変化も極微少ですから、この変化に拘泥しないで下さい。
また、観測座標系を《状態T》から《状態U》へ変更したときの“正電荷”の場所の電磁場は、「電磁場の相対性と特殊相対性理論」3.でローレンツ変換共変式により求めた様に
となります。S’系ではy’軸の正方向を向く電場が現れることに注意して下さい。また磁場B1’の値もS系での値から少し変わります。
このとき、B1→B1’の変化は極微少ですから、無視しても良いのですが、E1’の発生は無視できません。S系では全く存在しなかったのがS’系で現れたのですから。
[補足説明]
ここでは、電磁場がそれぞれの慣性系でのベクトル表現なので、ローレンツ変換そのものでは無くて、ローレンツ変換共変式での変換になっています。
もちろん電磁場を本来の4元的なテンソル場にすれば、ローレンツ変換そのものによって変換されます。この場合の変換式は 「Maxwell方程式系の先見性と電磁ポテンシャル(ローレンツゲージ Lorenz gauge の由来)」4.(3)を御覧下さい。
2.(1)で説明した様に《状態T》では正電荷の場所に磁場のみが生じます。それはz軸の正方向を向いています。それをB1とすると、正電荷に働く力は“ローレンツの力の法則”F=q{E+[v×B]}に従って
となります。
2.(2)で説明した様に《状態U》では正電荷の場所に磁場に加えて電場が生じます。それはy軸の正方向を向いています。それをE1’とすると、正電荷に働く力は“ローレンツの力の法則”F’=q{E’+[v×B’]}に従って
となります。《状態U》のS’系では“正電荷”は静止していますので磁場B1’は正電荷に対して力を生じず、電場E1’のみが効いてきます。
《状態T》と《状態U》のそれぞれで、正電荷に働く力はローレンツ変換共変式によって結びつけられている事を確認します。
まず、先ほど求めたFyとFy’の間、及びB1とB1’の間には
の関係が有ることが解ります。
このときS系とS’系の力のローレンツ変換共変式は、別稿「4元速度(4元運動量、4元電流密度)、4元加速度と4元力」5.あるいは、(電荷の移動速度をv→uへ、S座標系に対するS’座標系の移動速度をV→vへ置き換えて示した)以下の別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」3.で説明した様に
となるのですが、今はux=vの場合ですから、例えばy成分の変換式を計算すると
となります(これは、別稿「電磁場の相対性」4.ですでに求めている(13.30)式です)。
いずれにしても、両方で求めた式は完全に一致します。このとき、S系で“正電荷”に働く力とS’系で“正電荷”に働く力はローレンツ変換共変式で完璧に関係付けられますが、両者は完全に等しいわけでは無く、近似的に等しいだけである事に注意して下さい。ただし、v2/c2が非常に小さな値ですから、力の変化は極微少でS系とS’系での力はほとんど同じと見なして良いのです。
[補足説明]
ここでは、それぞれの慣性系での時間座標を用いた3次元力表現なので、ローレンツ変換そのものでは無くて、ローレンツ変換共変式での変換になっています。
もちろん力を、力が働く対称物の固有時を用いた4元的表現にすれば、ローレンツ変換そのものによって変換されます。この場合の変換式は「4元速度(4元運動量、4元電流密度)、4元加速度と4元力」5.(3)1.を御覧下さい。
別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」4.で説明した事の繰り返しです。
すなわち、S系におけるあらゆる物理量・物理現象がローレンツ変換式(あるいはローレンツ変換共変な変換式)によってS’系での物理量・物理現象に関係付けられる。
そのとき、同一の現象を観測してもS系における物理現象と、S’系における物理現象は完全に同じではありません。本稿で見たように、電荷密度・電流密度の様子も、正電荷の位置における電磁場の値も、正電荷に働く力の大きさと方向も異なります。もちろん正電荷の速度も異なりますし、正電荷の質量も両系で異なります。ローレンツ変換(あるいはローレンツ変換共変式)で結びつけられる様に異なってくるのです。
そのとき、荷電粒子の持つ電荷やそれぞれの慣性系における光速度のようにローレンツ変換に対して不変となる物理量もあります。
荷電粒子の質量がローレン変換不変では無いのに、荷電粒子が持つ電荷がローレンツ変換不変な量であること(これは1905年論文3.(4)で説明した)や、荷電粒子の移動速度はローレンツ変換不変では無いのに、光子の移動速度はローレンツ変換不変であることはとても不思議ですが、自然はその様にできているのです。
最後にもう一つ補足します。本稿で説明した現象は入門的な特殊相対性理論の解説本で必ず取り上げられていますが、その取り上げ方は別稿「相対論的力学」3.(5)や、別稿「電磁場の相対性」の様に無限に長い電線に沿っての取り扱いです。
その場合には、別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」3.[補足説明2]で説明したように、導線が無限に長いため、たまたま電荷密度分布・電流密度分布の時間的変化を考えなくて良くなり、そこでの様に静的電荷密度分布と静的電流密度分布による取り扱いができるようになります。
そのとき、無限に長い電線の場合には、S’系で生じる電場Eの原因は無限に長い電線がS’系から見たとき帯電することです。
しかし、本稿や別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」3.で説明したように、有限回路の場合にS’系で現れる電荷密度は、電場Eの出現にたいした働きはしません。主に効いてくるのは“電磁石回路”の移動に伴う電磁場の時間的な変化によって生じる電場です。
これらのことを忘れて、有限の電流回路で無限に長い電線の場合と同様な取り扱いをすると、分けのわからない論理矛盾に陥りますから気をつけて下さい。
Einsteinは1905年論文のU.電気力学の部§6の末尾で以下の様に書いています。
ここで言う“単極機械”とは、そこの3.(1)[補足説明9]で説明する“ファラデーの単極発電機”のことです。
この文章などを読むと、Einsteinは本稿や別稿「電磁場の相対性と特殊相対性理論」で説明した内容を当初より完璧に理解していたことが解ります。しかし我々凡人には、Einsteinがどこまで深く考察していたのか測り兼ねます。