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高校物理の電流のところで「オームの法則」や「抵抗での電力消費」を習います。そのとき電力を発電所から遠隔地に送るには一旦電圧を上げて高電圧で送ると送電損失が少なく有利だとならいます。ところがその有利さがなかなか理解できません。そこの所をわかりやすく説明します。
後藤尚久氏の講談社ブルーバックス「図説・電流とはなにか」P112〜114が非常に解りやすいのでここに採録します。銅の抵抗率ρ=1.72×10−8Ωm程度だから断面積1cm2、長さ10kmの送電線の抵抗Rは
となる。(下図参照)
ここで100000W=100kWの電力を送電する場合を考える。電力P=VI だから10000Vの電圧で送ると10A、1000Vで送ると100Aの電流を流さねばならない。
このとき10000Vで送電する場合AB、CD間の電圧降下はV=RI=1.72×10=17.2Vとなり、ここでの電力消費はP=VI=17.2V×10A=172Wとなる。そのときBC間の電圧降下は10000−17.2×2=9965.6Vとなり、BC間においてP=VI=9965.6V×10A=99656Wの電力を消費できる。そのときのBC間の負荷抵抗はR=V/I=9965.6V/10A=996.56Ωとなる。
このとき1000Vで送電する場合AB、CD間の電圧降下はV=RI=100×1.72=172Vとなり、ここでの電力消費はP=VI=172V×100A=17200Wに増大する。そのときBC間の電圧降下は1000−172×2=656Vとなり、BC間においてP=VI=656V×100A=65600Wの電力しか消費できなくなる。そのときのBC間の負荷抵抗はわずかR=V/I=656V/100A=6.56Ωとなってしまう。
つまり10000Vで送電するときは、送電電力の0.344%しか送電線で失われないが、1000Vで送電すると34.4%が送電線で失われてしまう。
これが高圧送電が有利な訳ですが、電源電圧や負荷抵抗が異なるので今ひとつ納得できない。そこで発電電圧と負荷抵抗・負荷電流を同じにして、一方のみをトランスで高電圧にして送電し負荷抵抗の手前でもう一度トランスにより元の電圧に戻してみて、比較する。
高電圧送電の本質はトランスの働きにある。トランスは高校物理で出てくるが、精密に論じるには連立の線形常微分方程式を解かねばならず高校レベルを超える。しかしトランスの性質は以下に記すところにあり、これを天下り的に認めてしまえば後の説明は簡単です。つまり理想的なトランスでは端子にかかる電圧は巻数に比例し、流れる電流は巻数に反比例する。
証明は別稿「トランスの理論」をご覧ください。
以下の議論ではトランスを利用するので発電機は交流発電機とし、すべて交流の実効値で論じる。
送電線の抵抗を10Ω、負荷抵抗を10Ωとし、その負荷に1Aの電流が流れているとする。
負荷による消費電力はP=VI=RI2=10×12=10Wとなる。また送電線による電圧降下は回路を流れる電流が1AだからV=rI=10×1=10Vとなり、消費電力はP=VI=rI2=10×12=10Wとなる。結局A−B−C−Dの回路の電圧降下は10+10+10=30Vとなり、発電電圧30Vの発電機をつなげばよいことになる。そのとき送電線によるエネルギー損失は10×2=20Wだから発電機が送り出す電力P=VI=30×1=30Wの67%となる。
途中にトランスを挟んで送電電圧を上げた場合を考える。ただし負荷抵抗、負荷電流、発電機の発電電圧をすべて同じにする。
負荷による消費電力はP=VBCI=RI2=10×12=10Wとなり全く同じである。いま負荷側のトランスの巻数比例10:1とする。このときBC間の電圧はVBC=RI=10×1=10Vであるが、トランスの理論によりVFG:VBC=10:1だからVFG=100V、IFG:IBC=1:10だからIFG=0.1Aとなる。
回路を流れる電流が0.1Aだから送電線による電圧降下はVEF=rI=10×0.1=1Vとなり、消費電力はP=VEFI=rI2=10×0.12=0.1Wとなる。結局E−F−G−Hの回路の電圧降下は1+100+1=102Vとなる。つまりEH間にVEH=102Vの電圧を発生すれば良いことになる。
発電電圧は同じVAD=30Vだから巻数比30:102のトランスをつなげば良いことになる。そのとき発電機が送り出す電流はトランスの理論によりIAD=0.1×102/30=0.34Aとなる。つまり発電機が送り出す電力はP=VI=30×0.34=10.2Wである。送電線によるエネルギー損失は0.1×2=0.2Wだから発電機が送り出す電力10.2Wのわずか2%となる。
2.と3.を比較すれば明らかなように、トランスを用いて送電電圧を30Vから102Vに上げるだけで、送電線によるエネルギー損失を67%から2%へと劇的に少なくできる。なぜそんなことが可能なのだろうか。それは以下のメカニズムによる。
トランスによって送電電圧を上げれば、当然受電側にも電圧を下げるトランスを設置しなければなら。このとき回路E-F-G-H-Eの電流は共通で、EF間電圧降下はVEF=1V、FG間電圧降下はVFG=100Vであった。直列結合の場合電圧降下量は抵抗値に比例するので、受電側FG間の抵抗R’が1000Ωであることを意味する。つまり元々RBC=10Ωだった負荷抵抗が100倍のR’FG=1000Ωになったように見える。トランスをもちいる理由は、負荷抵抗を見かけじょう大きくして送電線の抵抗rと負荷抵抗Rの比率を圧倒的に負荷抵抗側に寄せることにある。そのため電力消費の比率も圧倒的に負荷側に偏る。これはトランスのインピーダンス変換機能を利用している。
直流は電圧の変換が困難なため、従来はほとんどもちいられなかったが、最近高電圧大容量の整流器が製作可能になったために交流をトランスで高電圧にしてから直流送電する方法が見直されています。両者の長所を比較してみる。
日本では長距離送電に50万ボルト程度が用いられている。そして家庭用の100ボルトに落とすのはできるだけ需用者の近くで行う。そのため市街地の電柱でも6600ボルトという高電圧で配電され、家庭のごく近の柱上トランスで100ボルトに落としている。市街地の電線でも感電事故に気をつけなければならない。
学校には放送設備が各教室に張り巡らされています。教室に設置されているスピーカーの中を覗いてみるとトランスがついています。そして200ボルトくらいの入力電圧で駆動されています。家のステレオスピーカにはトランスなど無いし、駆動電圧も数ボルト程度です。昔不思議に思ったことがありますが、これも高電圧送電で経路損失を防いでいるのですね。
電力送電の実際については別稿「電力送電」をご覧ください。