HOME   レーマーが光速度を計算した方法(1676年)

 大野陽朗監修「近代科学の源流−物理学篇U」北大図書刊行会(1976年刊)p236〜239 より引用。

M. Roemer, “光の運動に関する証明”,
Journal des Scavans du lundi 7 decembre, p278〜279, 1676年



補足説明1
 文中の“矩”(“く”と読む)とは、地球からみて惑星が太陽の東または西に直角方向に見えるときをいう。内惑星である水星と金星は直角に見えることはなく、外惑星に限られる。
 太陽の東に90度になったときを上矩(じょうく)、西に90度になったときを下矩(かく)という。上矩のころには惑星は日没のころに南中(天頂付近にある事)し、また下矩のころには日の出のころ南中するが、これは月の上弦、下弦と同様である。
 外惑星の太陽に対する位置は、合(ごう)→下矩(かく)→衝(しょう)→上矩(じょうく)の順に変化する。〈日本大百科事典〉
 
 の時にイオの食現象が、夜間に生じるか昼間に生じるか、あるいは木星が天上にあるとき生じるか木星が天上に無いとき生じるかはバラバラである事に注意。だから次の文節で述べている40回の連続する食現象も40回すべてが観測できるわけではありません。

補足説明2
 ここで、レーマーはイオの食周期を測定するのに、【イオが太陽光線にたいする木星の影への出と入り(没)を利用】していることに注意して下さい。
 影への出入りを利用したが故に、図1のL→K間の観測では“出”を利用しなければならなかったのです。なぜならこのときには木星が邪魔をして“没”は観測できないからです。
 同様に図1のF→G間の観測では“没”を利用したのです。なぜならこのときにも木星が邪魔をして“出”は観測できないからです。
 これは丁度、地球の周りを公転する月に生じる“月食”に相当する現象です。イオの公転半径(421700km)は月の公転半径(385000km)とほぼ同じ程度ですが、木星の直径(142984km)は地球の直径(12742km)の11倍程度あります。そのため、月食に相当する“イオの食現象”は毎回の公転で生じます。つまり、月食に相当するイオの食現象を地球から観測する
 
 普通我々は食周期の測定には【地球から見た木星によるイオの掩蔽(えんぺい)が起こる・起こらないを利用】したと考えますが、そうでは無いのです。
 
 このことは、極めて重要な意味を持ちます。そのことに付いては本文の2.(3)[補足説明3]をご覧下さい。

補足説明3
 文献2.の中で、この文章の著者は、図1の中のLKFGの距離について、イオの1食周期の間に地球が移動する距離として説明していますが、上記の説明から解釈すると、レーマーが元々意図した図1のLKとFGの距離はイオの40回の公転時間で地球が進む距離を表しているのだと推察されます。
 当時地球の1公転時間(つまり1年)の間にイオは225回転程度公転する事は解っていました。それから考えても図1中のLKおよびFGの“円弧の長さ”は、確かに地球の公転軌道の長さの(40/225)倍の割合で描かれている様に見えます。
 
 その様に見なして、先ほどの説明

を振り返ってみます。
 
 まず、ここの文章の後半部
 “FGで観測された第1衛星の公転周期とKLでのそれとの間には、少しも感知し得るような差は認められないにもかかわらず、ほぼ1/4時間の半分の差が生ずることになろう。”
の意味ですが、これは LKで観測されたイオの40回の公転時間(これは 【真の公転時間】×40+7.5分 程度になります) と、 FGで観測されたイオの40回の公転時間(これは 【真の公転時間】×40−7.5分 程度になります) を、それぞれのにおける観測で求めて、その差を取ったものが1/4時間(15分)程度となるので、それぞれの矩に置ける【40回の公転時間の観測値】と、【真の公転時間】×40 との差は、1/4時間(15分)の半分程度(7.5分)の違いになるであろうと言うことです。
 実際に40回目の食周期の観測値の遅れる時間が7.5分(450秒)程度になる事は、こちらの図の該当する部分の遅れ時間の合算面積を計算してみられれば了解できます。
 つまり、この違いが光速度の有限性から生じたとすると、光がLKあるいはGFの区間距離を7.5分程度かかって進む事になります。そうすると、地球の公転軌道の直径HEの距離は22の割合(つまり22分程度)かかって伝播することになりますから上記の記述と辻褄が合います。ただし、実際の計算値は下記の様に15分程度になり、22分ではなく現在の値16分38秒に近い値になりますので、なんとも言えない所も有ります。もちろん、“ほぼ1/4時間の半分の差・・・”と言う曖昧表現にも疑問は有ますし、7.5分ではなく8.6分程度なら現在の測定値16分38秒になるのですが。

 
 
 上記の様に考えると、文章の前半部
 “イオの公転周期42.5時間に起こる地球と木星間の距離変化は、東西どちらの矩にあっても地球の直径の少なくとも210倍となるから,1秒で光が地球の直径を伝播するとすれば、光はGF、KLの各区間を3・1/2分(これは210秒)かかって伝播するので,・・・・・”
という記述は極めて不可解です。
 まず言える事は、“イオの1食周期42.5時間に進む地球の移動距離は地球直径の少なくとも210倍・・・”は、今日の値である地球直径の359倍(これは別ページで導出)と比較してあまりにも小さすぎます。当時測定されていた地球の公転半径と地球の大きさから計算したとしてもです。
 さらに、“1秒で光が地球の直径を伝播するとすれば、・・・”という記述ですが、今日の値  【地球直径】÷【光速度】=1.27×107m÷3.0×108m/s=0.042秒 と比較してあまりにも大きすぎます。レーマーがその様に思っていたとは考えられません。
 更に最後に述べている3.5分(210秒)かかって伝播するGF、KLの各区間の意味ですが、もしこの区間がイオの1食周期42.5時間に進む地球の移動距離ならば、今日の値は15秒程度(これは別ページで導出)ですから、この部分も違いすぎます。
 いずれにしても、この前半部の記述は支離滅裂です。
 
 この論文は、その書き方から解るように、レーマーの書いた原論文ではなく、それを天文学会の誰かが要約して引用・紹介した文章です。
 そのため、この前半部の記述は、後半部の数値(7.5分)の解釈説明の為にこの要約論文を記した著者が勝手に付け加えた、かなりいい加減なこじつけの説明ではないでしょうか?


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