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塩の加水分解

水溶液に塩を溶かしたときのpH変化を議論する。これは「酸・塩基と平衡定数」の中で注意した事柄だが、ここでもう少し詳しく論じる。

1.正塩の加水分解

(1) NaCl(強酸と強塩基の塩) 0.1mol(5.85g)を水1リットルに溶かした場合。

 NaClはイオン結晶だから水に溶けているということは、すべて完全に解離してNa+とCl-イオンになっていると考えてよい。Na+のOH-に対する吸着性もCl-のH+に対する吸着性もH+とOH-の結合性に比較してはるかに小さなものだからNaOHやHClの分子に戻ることはなく水中pHは水の解離平衡

によ決まり[H2O]=55.6mol/l、[H+]=[OH-]より[H+]=[OH-]=10-7となりpH=−log10[H+]=7となる。

(2) CH3COONa(弱酸と強塩基の塩) 0.1mol(8.2g)を水1リットルに溶かした場合。

 CH3COONaはイオン結晶だから水に溶けるということは、すべてがCH3COO-とNa+に解離しているとということ。しかしCH3COO-とH+は仲がよいのでCH3COOHの分子に戻るものがでてくる。その量を見積もるには次の連立方程式を解けばよい。

 塩の初期濃度CとKa、Kwが与えられているとすると、未知数5個([Na+]、[CH3COO-]、[CH3COOH]、[H+]、[OH-])に式5個だから完全に解ける

 この結果は次のように考えれば方程式を解かなくても簡単に見積もることができる。CH3COO-に結合するH+の量とNa+につくOH-の量を比較するとH+の方がはるかに多い。故に水中の[H+]と[OH-]の量は[OH-]の方がはるかに多い。(もちろん絶対量は非常に少ないのだから相対的意味において)
 そのとき[OH-]の濃度は、H2O中のH+がCH3COO-に結合したときに取り残されて生じたものだからCH3COOHの生成濃度と同じ程度だと言って良い。ところで[OH-]は水中の[H+]と[H+][OH-]=10-14を満足しなければならないのだから[OH-]がほぼ[CH3COOH]濃度に等しいならば[H+][CH3COOH]=10-14と考えて良い。

(3) NHCl(強酸と弱塩基の塩) 0.1mol(5.25g)を水1リットルに溶かした場合。

この場合も上記(2)と類似の連立方程式を解けばよい。しかし、ここでは近似を利用して簡単に説明する。

(4) CH3COONH4(弱酸と弱塩基の塩) 0.1mol(7.6g)を水1リットルに溶かした場合。

この場合は以下の6式をすべて考慮しなければならない。

 塩の初期濃度CとK、K(又はK’)、K等が与えられているとき未知数6個([CH3COOH]、[CH3COO-]、[NH3]、[NH4+]、[H+]、[OH-])に対して式6個。あるいは(2)式の代わりに(2)’式を用いれば未知数5個([CH3COOH]、[CH3COO-]、[NH3]、[NH4+]、[H+])に対して式(1)(2)’(4)(5)(6)の5個。いずれにしても完全に解くことができる。しかし、未知数[H+]を求めようとして、まともに解くと[H+]の四次方程式になる。それでは簡単に解けないので、以下のように近似を用いて計算する。

(1)と(4)式を未知数[CH3COOH]、[CH3COO-]の連立方程式と見なして解くと

(2)と(5)式を未知数[NH3]、[NH4+]の連立方程式と見なして解くと

(7)、(9)式を(6)式に代入して

ここでC>>[H+]、C>>[OH-]、CK>>K、CK>>Kが成り立つので

となる。これより塩を溶かしたときのpHを求めることができる。[H+]が求まれば、加水分解の結果生じる[CH3COOH]や[NH3]の濃度を求めるのは簡単である。

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2.酸性塩の加水分解

 多価の酸H2Aと水酸化ナトリウムからできる酸性塩NaHAを水に溶かしたときのpHを計算する。例として多価酸の電離定数を以下の様に仮定する。

(1) 酸H2A 0.1mol を水1リットルに溶かした場合

この場合は第1段目の解離だけを考えればよい。計算してみれば解るように第1段解離で生じるHA-は1%以下である。だからそれよりもさらに少ないA2-の存在は無視して良い。

(2) 塩Na2A 0.1mol を水1リットルに溶かした場合

塩は完全解離して以下の化学平衡が成立する。

このとき最初存在する[H+]の濃度は10-7mol/l程度だから、最初の会合反応だけを考慮すればよい。(2)式より

(1)式に[HA-]=10-3、[H+]=10-11を代入すると[H2A]=10-9程度になり最初の仮定が裏付けられる。

(3) 酸性塩NaHA 0.1mol を水1リットルに溶かした場合

この場合も塩は完全解離していると見なせる。

 ここで(3)から生じた[OH-]と(4)から生じた[H+]は反応して水になってしまうので[H2A]と[OH-]の濃度が等しいとは言えない。だから厳密に解くには(1)、(2)式と以下の4式を連立させねばならない。

 (1)(2)と(5)〜(8)は初期濃度CとKa1、Ka2、Kが与えられているとすると未知数6個([Na+]、[H2A]、[HA-]、[A2-]、[H+]、[OH-])に対して式6個だから完全に解ける。ただしまともに解くと[H+]の四次方程式になって簡単ではないので近似を使う。

(11)式を(9)、(10)式に代入して

(5)(6)(7)式から[Na+]とCを消去すると

故に酸性塩NaHAを溶かしたときのpHは約(pKa1+pKa2)/2となる。

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3. 応用問題

(1) 多価酸(HA)の強塩基(NaOH)による中和滴定曲線

今H2A 0.1molを1リットルの水に溶かしたものをNaOHで滴定する。簡単化のためにNaOHは水溶液ではなくて固体溶質を直接溶かしていく。そして平衡定数を以下のように仮定する。

(注意1)
 多価酸の中和滴定曲線理論の詳細は「中和滴定曲線の数式による議論」を参照せよ。

(注意2)
 上図のpH=3、7、11のところが前記2.の(1)(3)(2)でそれぞれH2A、NaHA、Na2A 0.1molを水1リットルに溶かしたとき実現される状況である。

(注意3)
 上図のpH=5のところがH2AとNaHAを0.05molずつ、またpH=9のところがNaHAとNa2Aを 0.05molずつ水1リットルに溶かした場合で、それぞれがpH=5および9の緩衝溶液を実現している。詳細は別稿「緩衝溶液」を参照せよ。

(2) 多価の酸と強塩基の塩(Na2A)を強酸(HCl)で滴定

簡単化の為にNa2A 0.1molを水1リットルに溶かしものに、気体のHClを直接溶かして滴定する。

(注意1)
 これは弱酸と強塩基の塩に強酸を作用させると弱酸が遊離してくる問題の例である。しかも多価弱酸のより一般的な例である。

(注意2)
 滴定曲線がフラットになる部分のpHが各解離反応の平衡定数Kaの−logを取った値pKa=−log10Kaとなる。

(3) Na2CO3を強酸(HClなど)で滴定

 上記(2)の応用例として良く出題されるが、これには二酸化炭素との平衡という注意すべき点がある。議論を簡単化するためにNa2CO3 0.1molを水1リットルに溶かしたものに気体HClを直接溶かしていく。そのとき滴定曲線は以下のようになる。

 この滴定曲線から平衡定数はKa1=10-6.3、Ka2=10-10.3のように見えるが、実際はそうではない。それは最終的に生じるH2CO3がH2OとCO2に分離して以下の化学平衡が成り立つからである。この反応の本当の平衡定数は以下のようになる。

 ここで(1)式から明らかなようにH2O+CO2とH2CO3では、平衡は圧倒的に2O+CO2側に偏っている。また(2)から解るようにpH=6〜7付近ではH2CO3とH++HCO3-ではHCO3-側に偏っている。そのため+とHCO3-が結合してH2CO3ができるとH2CO3の形で止まらずに直ちにH2OとCO2に分解してしまうと見なして良い。だから実質的に水溶液中で生じている化学平衡は(1)と(2)ではなくて以下の(4)あるいは(4)’となる。

前図中のpH=6.3付近における滴定曲線のプラトー(高原状態)は(2)によるのではなくて(4)’によるものである。事実[H2O]=55.6mol/l=101.75を代入するとK”=10-6.3となりpH=6.3でプラトーになることが解る。

(注意1)
 この反応でpHが急激に変化する場所はフェノールフタレイン(pKa=9.3)とメチルオレンジ(pKa=3.5)の変色域に一致するので、この二つを指示薬とした滴定問題がよく出題される。

(注意2)
 塩酸HClを0.1mol加えたとき示すpH=8.3はNaHCO3 0.1molを水1リットルに溶かしたときに塩の加水分解が生じて示すpHである。詳細は前記2.(3)項を参照せよ。

(注意3)
 酸性の度合いがすすむと、実際にはCO2は水中に溶けきれずに気体となって大気中に放出される。

(4) 動物の呼吸作用と塩の緩衝作用

 上記3.(3)の(4)式の反応は動物が血液により二酸化炭素を運ぶとき重要になる。
 本来CO2の水に対する溶解度はそんなに大きくはない。またCO2が純水に溶けた場合H2CO3がH+とHCO3にごくわずか解離するが、そのとき生じるH+の為に溶液は酸性側にずれ、HCO3の発生はすぐに抑えられてしまう。
 しかし血液は様々な緩衝作用物質の働きで弱アルカリ性(pH=7.4)に保たれている。血漿にとけ込んだCO2は水と反応してH2CO3になると、直ちにHCO3-まで反応が進んでいくが、そのときのpHが弱アルカリ性の為に発生するH+がただちに水になり消費される。そのため反応が止まることが無く、溶け込んでいるCO2の十倍程度までHCO3-が生成する(前図pH=7.4の位置でのCO2とHCO3-の存在比に着目)。つまり血漿には純水の10倍近くの二酸化炭素が溶け込むことができる
 もちろん血漿にとけ込むCO2の量は血漿が存在する場所のCO2濃度(末梢組織の毛細血管で高く、肺の毛細血管で低い)に依存して変化するのだが、その変化量が10倍に増幅される。これがCO2が血液によって末梢組織からくみ出され、肺で排出されるメカニズムである。

(注意1)
 実際には末梢組織の毛細血管ではCO2の溶け込みが起こるためHCO3-の生成と同時にH+が発生しpHは7.2に下がる。また、肺の毛細血管ではCO2が排出されるためH+の減少が起こりpHは7.6に上がってしまう。そのpH変化はCO2の排出の為の上記溶解量変化の増幅効果を弱めてしまう
 このときpHを一定に保とうとする緩衝作用にヘモグロビンが重要な働きをする。ヘモグロビン分子中の数個のアミノ酸残基はH+と平衡関係にありH+濃度が高いと結合し、低いと離す。そのため末梢組織のようにCO2濃度が高くて、より多くのCO2が溶け込もうとしてH+やHCO3-が発生しやすい場所ではH+を取り込んでその増大を押さえる。また肺の毛細血管のようにCO2濃度が低くてCO2が排出される場所のようにH+が減少してpHが高くなる場所ではH+を放出する。この緩衝作用は上記のCO2溶解度の変化に伴うpH変化(呼吸作用に不利に働く)を減少させ呼吸作用を助ける方向に働く。実際この効果が無いとpHは肺では7.6よりもっと上がり、組織末端では7.2よりもっと下がってしまうであろう。

(注意2)
 CO2の溶解量変化に伴うこのpH変化(7.2〜7.6)はヘモグロビンの酸素結合性に関しては酸素運搬の能力を高める方向に働く。ヘモグロビンはそのアロステリックな構造変化のために、そのO2への結合性(ヘムの鉄原子に結合)が酸素濃度の変動に対して敏感に変化して効率よく酸素を肺から組織末端に運ぶ働きをするが、その働きをさらに高める。つまり上記pH変化はH+がヘモグロビン中の幾つかのアミノ酸残基への結合する状態の変化を生み出す。pHが高い(H+濃度は低い)肺ではヘモグロビン中の特定アミノ酸残基からH+が外れて、それが酸素への結合性を高める方向の構造変化を誘発する。また逆にpHが低い(H+濃度は高い)組織末端ではH+が結合して、酸素結合能力は下がる。このpH変化に伴うヘモグロビンの酸素結合能力の変化は1904年にデンマークの生化学者Christian Bohrによって発見されボーア効果と呼ばれる。

(注意3)
 ヘモグロビンはCO2と直接結合することもできる。つまり末梢組織のようにCO2濃度が高い所ではヘモグロビン中の各グロビン鎖のアミノ末端のαアミノ基へ結合しカルバミンノヘモグロビンを生じる。このことにより末端に生じたカルバミン酸イオン基は、新しい分子内塩橋を生じて酸素の放出を促進する。またこの結合はH+の遊離を生み出し、前述のボーア効果に寄与する。つまりいずれもヘモグロビンに対するO2の親和性を減少させて、その放出を引き起こす。逆にヘモグロビンが肺に達すると、高い酸素濃度のためにO2の結合とCO2の放出が促進される。

(注意4)
 3.(3)の(4)式は本来そんなに早い反応では無いが、赤血球中に含まれているカルポニックアンヒドラーゼ(炭酸脱水素酵素)は、この反応のスピードを猛烈に高める。もちろん酵素は化学平衡をずらす働きはない。濃度変化により平衡がずれたとき、その濃度での平衡状態に移行するのを早めるだけである。

(注意5)
 最近教育現場では体育のとき過呼吸症候群を発症する生徒をよく見かけます。過呼吸を起こす(精神的パニックが呼吸中枢を刺激して起こる)と血液中の酸素濃度が上がり炭酸ガス濃度が下がる。そうすると上記のようにpHがアルカリ側に傾き、カルシウム濃度が下がる。血中のカルシウム濃度が下がると筋肉のケイレンや神経系が過敏になっていわゆる過呼吸症候群が発症する。

 以上のように、生命活動の中で酸・塩基の化学平衡はpHの変化を通じて、絶妙な調整作用を担っている。血液中に於けるO2、CO2、H+、HCO3-、及びヘモグロビン分子、カルポニックアンヒドラーゼの連携の妙に興味は尽きない。

[2013年3月追記]
 この当たりは2013年刊の「キャンベル生物学(原書9版)」に要領よく説明されている。引用1引用2引用3

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