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トーマス・J・ケリー著「月着陸船開発物語」を読んで(2021年5月2日)

 トーマス・J・ケリー著(高田剛訳)「月着陸船開発物語」プレアデス出版(2019年刊)を読んで考えたことを記しています。

 まず、この本に付いてですが、とても内容のある面白い本です。技術史、プロジェクト史として面白いだけでは無くて、アポロ計画や宇宙探査についての記録文書としても第1級ですが、それ以上に我々に深く考えさせてくれる本です。

 人類を月まで送り届け、そして無事に帰還させるという計画は、単なる科学的探査や冒険物語では無くて人間とは何か、生命とは何か、地球とは何か、宇宙とは何かを考えさせるものでした。その事は別稿で紹介した「宇宙飛行士の言葉」をお読みになれば理解して頂けると思います。

 私は、この本を読んで、アポロ17号までの月探査が無事に終了できたことが、本当に奇跡的なミッションだったのだと改めて思いました。アポロ1号での3人の飛行士の殉職死や、アポロ13号の危機的な事故を考えると、決して無事に完遂できたのではないのですが。
 別稿でも紹介したように月旅行に出発する宇宙飛行士達は、全員が思慮分別に優れた勇者達でしたから、表だって述べることはありませんでしたが、彼らの全員が月から帰還できないで死を迎えることになるかもしれない確率が1/3程度あることを認識していましたし、その事を覚悟していたようです。
 このことは、NHKが2011年以来放映しているコスミックフロントやコスミックフロント・NEXTで取り上げられている様々なミッションを紹介する中のエピソードからも段々と明らかになってきましたが、この本を読んでさらにその困難さとミッションが失敗する可能性の高さを感じました。本当にアメリカはよくやり遂げたと思います。

 そして、初の人工衛星打ち上げ(1957年10/4のスプートニク1号)、初の有人地球周回飛行の成功(ボストーク1号1961年4/1のガガーリン)、月探査機(ルナ1号1959年〜)などで、アメリカより遙かに先行していたソ連が、なぜ月旅行を実現できなかったのかも良く解ります。
 当時のソ連の技術力では、サターンX型に匹敵するロケットを作り上げる能力はありませんでしたし、それ以外に必要な宇宙船を開発し、生産を成し遂げる技術力も組織力もおそらく全く足りなかったのでしょう。ソ連のN-1ロケットの開発状況とその失敗を見れば明らかです。当時のソ連の秘密主義と官僚主義では到底実現不可能な計画だったのでしょう。
https://www.esquire.com/jp/news/a34854098/why-didnt-russia-make-it-to-the-moon/
 今日、中国は中国初の月着陸を目指しているようです。無人探査機による探査と、無人ロケットによる月の岩石採集帰還は可能(ソ連もその事は1970年当時に実現している)かも知れませんが、人間の月探査は、現在の中国の秘密主義と官僚主義では到底実現できないでしょう。
 アポロ計画は、アメリカの、組織力・技術力・知識力を持ってしても、人知の及ぶ限界のミッションだったのが良く解ります。今のアメリカには、その能力・力はありません。だからその後このアポロ計画に匹敵するミッションがおこなわれることは無かったのです。その事がケリーの本を読んで良く解りました。
 この50年前の偉業以後50年間その事を再度試みようという計画も、それを超える計画もなされなかった理由が、その困難さにあることが良く解りました。
 最近、人類の火星到達計画が取り沙汰されていますが、おそらくそれは不可能です。火星への人類の到達と無人探査機の到達では、その難しさのレベルが違います。
 人間という複雑で微妙な生命体を一緒に火星まで送り届け帰還させるためには、その長期の旅行期間にわたって、探査機内部の温度を一定に保ち、酸素を安定的に供給し続け、生きていくための食事を与え続けなければ成りません。もちろん、放射線に対する防御や、生命体を存続させるために必要な骨格、筋肉組織を安定的に維持する為の定常的な運動動作を実現・維持するための装置や、生命体からの排出物を処理循環させる装置も必要です。そういった微妙で安定的な操作を維持・継続して実現しなければ、人類の宇宙旅行は実現できません。こういった装置類は探査機に多大な負荷を押しつけます。
 その様に余分で微妙で複雑な装置、機構を確実に作動させ続けるには信頼性・安全性・確実性が探査計画に関係するあらゆる工学的技術・組織的計画性に要求されますが、それを完全に実現し継続的に遂行するのは不可能でしょう。また、今日人間の同乗にこだわる必然的な価値は全くありません。

 この本を読んで、福島原発の事故が起こったのも当然だったと感じました。津波が到達する可能性がある海抜高度場所に非常用電源設備を設置するお粗末さ。そのことをチェックする機能も、改善する為の方法も持たなかったお粗末さを考えると、現在の原子力発電全体の技術力・計画力・組織力の貧弱さに暗澹たる思いになります。
 ソ連の秘密主義・官僚主義がチェルノブイリ原子力発電所事故を起こしたのも当然の様な気がします。
 今年は福島原発事故の10年目であると言うことで、NHKでは、事故後の原発の状況と廃炉作業の進捗状況を特集番組として数回にもわたって放送していましたが、それらの番組を見ても、放射能汚染物質の取り出し・隔離に少なくとも後30年は掛かると言う見通ししか放送できないレベルの進展状況です。

 このことは、現在のコロナウィルスに対するワクチン接種プロジェクトに付いても言えます。3月末ごろ政府は医療関係者へのワクチン接種は済んだと発表していました。我々国民は市中の医院の医師・看護師を含めてワクチン接種がすんだのだと思っていたのですが、政府の言っている医療関係者とはコロナ患者を受け入れている病院の中のしかもコロナ担当の医師と看護師であったようです。
 4月初旬にコロナ患者を受けれている病院の知り合いの医師からの電話で解ったのですが、その医師はコロナ受け入れ病院に勤務していますが、他の診療科の医師なので、ワクチン接種は少し遅れて2回目の接種がすんだのが4月5日だったそうです、その人が言うには、市中の医師・看護師のワクチン接種が始まるのは今からだろうということでした。

 (そのとき、接種時の副反応に付いても連絡がありました。接種箇所の痛みはその翌日から1日半程度はある。その痛みの程度ですが、手術をする予定がある場合その前日の接種は避けた方が良い程度の痛みがでるという先行接種者からの申し伝えがあったが、確かにその表現が適切な程度ということです。
 また一回目の接種より二回目の方が痛みが強く、二回目には発熱する人も結構いる。だから解熱剤を準備しておいたほうが良いかも知れない。一般的傾向として、若い人ほど、特に若い女性は副反応が強く表れる様だ。アレルギー反応が出やすい人にはジンマシンが出る場合もある。また、年寄りの副反応は軽い。ということでした。)
[2021年6月9日追記]
 私(72歳)と家内(67歳)は6月6日に2回目のファイザー社のワクチン接種を受けることができました。確かに接種箇所の痛みは1回目同様にありました。今回はさらに、夫婦とも接種翌日に発熱しました37.1〜37.3度程度の微熱です。それと同時にかなりの身体的な怠さ・倦怠感もありました。この倦怠感は家内の方が強かったのですが、家内は1日程度、私の場合は弱かったのですが、3日程度続きました。これもワクチンに対する抗体反応が生じているのだろうと思っています。
 ちなみに、6月6日時点の高齢者(65歳以上)の接種状況は1回目終了が20%、2回目終了が2%程度とのことです。

 (これは、逆に言えば年寄りほど免疫反応がにぶいので、重症化しやすいということを表しているのかも知れませんね。また若い女性は感染しても無症状・軽症で済ませる人の割合が高いのかもしれません。
 最近医療現場が逼迫していて自宅・ホテル療養する人が増えいますが、その中から重症化する人が多発することが懸念されています。そのとき、自宅・ホテル療養で無症状・軽症のままで経過・退院した人の割合も是非発表して欲しいところです。
 なぜならコロナ陽性の人で無症状・軽症の人が市中感染を広める可能性が最も高いのですから、その割合を皆に知らしめることも重要かもしれませんので)

 その後、4月中旬になって、やっと政府はクチン接種が済んだのは医療従事者の僅か14%なのだと発表(実際このことを厚生労働省が発表したのは4/17)して、国民一同皆が唖然としたのも記憶に新しいところです。
 政府関係者にワクチン接種が済んだのはコロナ患者受け入れ病院のコロナ担当医師・看護師だけであるという“ただし書き”を言い添える知恵が無かったのにあきれました。
 彼らにしてみれば、その辺を適当にごまかして、医師・看護師にはワクチン接種があたかも全員済んだかのような印象を与えて国民を安心させようとする意図でもあったのてしょうか?政府・関係省庁の信じがたい馬鹿さ加減です。
 さらに信じがたいのは、今日(5月2日)の事ですが、今から救急隊員へのワクチン接種を始めると発表していました。この発表を聞いてビックリした国民も多いことでしょう。
 救急隊員は医師・看護師と並んで優先順位の高い接種対象だと皆が思っていましたから、医療従事者には当然含まれるものと思っていたのですが、今この時点でそのワクチン接種を始めると発表する能天気さとピンズレな発表に国民一同唖然とします。
 さらに言い添えますと一昨日(4/30)首相は7月末までに高齢者のワクチン接種を終わる態勢を整えると言っていましたが、その為には毎日何人の医師・看護師を動員して、何カ所程度の接種場所で、1日当たり何十万人程度の接種を実行しなければ成らないという極めて当然の具体的な計画の内容さえも発表できない見通しの低いレベルの発言でした。その程度の具体性の発表が当然必要なのだと言うことを認識できない状況でした。

 こういった状況の政府関係者に原発事故の解決能力があるようには思えません。そして、アポロ計画の様なプロジェクトを実現するのは到底無理です。ケリーの書籍は、それらのことを含めて、我々に深く考えさせる内容を持った本でした。

 

[2021年5月7日追記]
 一昨日(5月5日)米国防省は次のように発表していました。
 「中国が4月29日に打ち上げた大型ロケット長征5号の残骸が大気圏に再突入し、地球上に落下することが懸念されている。」
長征5号は中国の宇宙ステーションの中核となる天和を搭載して打ち上げられたのですが、そのブースターロケットが巨大故に、打ち上げ後大気中に落下した際に燃え尽きることができずにそのまま地上に落下する可能性があると言うことです。米国発表によると、この残骸が海上に落下するか地上に落下するかは8日頃にならないと解らないと言うことのようです。
 この事実について、中国は今までのところ何も説明・発表しておらずだんまりを決め込んでいます。
 それにしても、2007年の1月12日にミサイルによる人工衛星(自国の気象衛星)破壊実験に成功したと発表していましたが、その後、この人工衛星破壊実験によって、大量のデブリ(宇宙ごみ)が発生しており、同実験によるデブリの発生は史上最大規模であることがわかりました。そのため、国際宇宙ステーションをはじめ低軌道を周回する数多くの人工衛星を危険にさらすことになり、世界中から非難されたことを思い出します。
 このような低レベルの実験を行う、中国の国家体制、技術者集団のお粗末さにあきれました。
 今回の残骸放置の国家体質も、信じがたい低レベルの宇宙開発状況を示しているように思います。

[2021年5月9日追記]
 正確を記するために、前記のロケット残骸放置のその後の顛末を記します。
 中国政府は5月7日になって『ほとんどの部品は大気圏に再突入する過程で燃え尽きてなくなる。危険が生じる確率は極めて低い。』と主張して、この残骸の飛行情報は公開しませんでした。
 この報道を受けて、各国の報道機関は2020年5月に同じ長征5号の残骸がコートジボアールに落下して、家屋にも被害が生じた事実をそのときの落下物の映像と共に放映して、アメリカが随時発表している残骸軌道の現状とその落下時間、落下場所の予測を紹介していました。
 おそらく、各国の報道を見て、中国当局もさすがにまずいと思ったのでしょう、その後はロケット残骸の飛行状況や落下予測の報道をする様になりました。最終的に、ロケット残骸はアラビア半島上空を通過してインドの南側のインド洋上に(日本時間の9日11時すぎに)落下して、取りあえず地上への落下は免れました。
 中国当局が正常な思考回路を取り戻されて、次回の打ち上げ時には、このような事が起こらない様な対策を取られることを希望します。

 打ち上げロケットの最終ブースター部分は、旨く大気圏に再突入させて燃え尽きさせて廃棄するしか方法は無いのですが、長征5号の様に、巨大なブースターでは燃え尽きずに地表まで落下する可能性があります。その場合は、指定された規制海域に確実に導いて制限された海域にピンポイントで落下させて燃え尽きさせねばなりません。
 そのため、大気圏に突入させるための逆噴射機構や飛行経路を制御するための機構を廃棄するブースターにあらかじめ設置する必要があります。
 ただし、燃え尽きるときにバラバラに分解しますので、燃え尽き切れなかった残骸も数十kmの範囲にわたって分散する可能性があります。そのため、元々の構造をできるだけ確実に燃え尽きる可能性の高い構造や大きさにすることが求められます。
 
 
 更に補足します。国際宇宙ステーションの運営チームは国際宇宙ステーションの軌道高度を周回する人工衛星や宇宙デブリを常に監視している様です。たとえば
https://sorae.info/space/20200923-iss.html
によると、
 NASAは日本時間2020年9月23日国際宇宙ステーション(ISS)において未確認のスペースデブリ(宇宙ゴミ)との接近を回避するための軌道変更(デブリ回避マヌーバ)が同日6時19分に実施されたことを発表しました。ロスコスモスはISSがデブリと衝突する危険性が高い「レッドゾーン」にあったとしており、緊急の回避マヌーバが必要と判断されたとしています。
 ISSに滞在している第63次長期滞在クルーの宇宙飛行士3名は万が一の場合に備えて「ソユーズ」宇宙船がドッキングしているISS後方のロシア区画で待機していましたが、実際に飛行士たちが危険にさらされることはなく、デブリは同日7時21分にISSから1.39km以内を通過していったとされています。
 軌道の変更はISSの最後部にドッキングしているロシアの無人補給船「プログレスMS-14」のエンジンを2分30秒間噴射することで行われました。NASAのジム・ブライデンスタイン長官によると、ISSのデブリ回避マヌーバは今年に入って3回実施されたといいますが、ISSとの衝突が懸念される危険度の高いデブリの接近は過去2週間だけでも3件あったといいます(NASAによると、1999年から2018年までに計25回行われている)。
 ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのJonathan McDowell氏は、今回ISSに接近したデブリ(同氏によるとデブリの国際衛星識別符号は「2018-084CQ」)が三菱重工の「H-IIA」ロケット40号機に由来するものだとしています。
 日本時間2018年10月29日に打ち上げが実施されたH-IIAロケット40号機には、温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号(GOSAT-2)」、アラブ首長国連邦(UAE)ムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター(MBRSC)の観測衛星「ハリーファサット(KhalifaSat)」、それに国内の大学が開発した小型衛星4基が搭載されており、打ち上げは無事成功しています。
 McDowell氏によると、軌道上に残されたH-IIAロケット40号機のロケットステージは残った燃料を使い切るための運用が行われたものの、2019年2月に何らかの理由で分裂。確認されたデブリのうち5つはすでに大気圏へ突入したものの、残る72個が現在も軌道を周回中とされています。
 また、米空軍で宇宙状況把握の任務にあたる18 Space Control Squadronは、H-IIAロケット40号機の打ち上げで生じたデブリのひとつ(国際衛星識別符号「2018-084C」)が分裂し、関連する53個のデブリが確認されたことを今年の7月に発表しています。
 打ち上げに使われたロケットの一部や何らかの理由で運用を終えた人工衛星がデブリ化する問題はH-IIAに限らず、どのロケットや衛星でも起こり得ます。近年ではスペースXの「スターリンク」のように数千〜数万の衛星で構成される衛星コンステレーションが構築されつつありますし、2019年にはインドの人工衛星破壊実験によって追跡できるものだけでも60個のデブリが生じており、衛星と衛星、あるいは衛星とデブリの衝突に対する懸念が高まっています。
 数を増すデブリを除去したりデブリを生み出したりするのを防ぐための取り組みは、国内外で進められています。三菱重工とJAXA(宇宙航空研究開発機構)は、宇宙ステーション補給機「こうのとり」の打ち上げに使われていた「H-IIB」ロケットの2段目を安全な海域に制御落下する実験を行ってきました。不要になったロケットステージを制御できるうちに落下させてしまえば、後にデブリ化するのを防ぐことができます。
 また、今年6月にはスカパーJSATがデブリ除去の事業化を目指すことを発表。人工流れ星の実現を目指すALEも、JAXAと共同で衛星のデブリ化を防止する装置の共同実証を行うことを今年の3月に発表しています。

 参考までに、その当たりの説明文章を 青木宏著「ロケットを理解する為の10のポイント」森北出版株式会社(2017年刊) より引用しておきます。[拡大図







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